SPring-8-IIに向けSACLAを高性能入射器として利用 -グリーンファシリティ実現への第一歩-(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年11月23日
- SACLA
2021年11月22日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター先端ビームチームの原徹チームリーダーらと高輝度光科学研究センターの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]施設「SACLA[2]」の線型加速器[3]を大型放射光施設「SPring-8」[4]の蓄積リング[5]の入射器として活用することに成功しました。 論文情報 |
SPring-8蓄積リング入射点近傍で観測した入射電子ビームの大きさ
注1)2021年8月23日プレスリリース「SPring-8・SACLA グリーンファシリティ宣言」
https://www.riken.jp/pr/news/2021/20210823_2/
背景
現在、地球温暖化による気候変動が大きな社会的問題となっています。環境問題解決のためのさまざまな研究を推進する強力なツールとして、大型放射光施設「SPring-8」とX線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」が利用されていますが、施設自体の稼働に必要なエネルギーや資源についても、消費電力の削減や効率的な運営を通して、よりグリーンなファシリティを目指す必要があります。
SPring-8の次期計画である「SPring-8-II」は、現在の老朽化した蓄積リング(円形加速器)を大幅に改修し、現在よりも飛躍的に明るい放射光を提供することにより、持続可能な社会の構築に向けてさらに強力な実験ツールになります。その一方で、SPring-8-IIでは、蓄積リングの電子ビーム収束用磁石が非常に強くなるため、入射ビームを受け入れられる領域が小さくなり、従来の入射専用加速器では入射ビームの品質が悪すぎて入射効率が著しく悪くなるという懸念がありました。
放射光施設とXFEL施設は世界中に数多くありますが、SPring-8とSACLAは同じキャンパス内に隣接しているというユニークな特徴を備えています。これまで、放射光とX線レーザーという二つの光の同時利用を進めてきましたが、今回電子ビームについても両施設を有効に活用し、SACLAの高品質電子ビームをSPring-8へ入射することに取り組みました。
SACLAはXFEL運転を行いながらビームを入射するため、入射専用加速器のようにビーム入射だけのために加速器を稼働させる必要がありません。SPring-8-IIに先駆けてSACLAを入射器としても利用すれば、老朽化した従来の入射専用加速器の維持経費や消費電力の削減にもつながります。
研究手法と成果
SACLAでは、X線レーザー発振に必要な高品質電子ビームを線型加速器と呼ばれる直線型の加速器で生成します。線型加速器では電子ビームを直線的に加速するため、電子銃から放出される電子ビームの品質を保ったまま加速できます。SACLAの電子ビームの繰り返しは最大60 Hzで、現在2本のXFELビームライン(図1中BL2とBL3)へ電子ビームを供給し、X線レーザーを発生させて利用実験に使っています。SPring-8とSACLAは、SACLAと同時に建設したビーム輸送路XSBTで結ばれています(図1)。SPring-8へ電子ビームを入射するときは、線型加速器終端にあるキッカー電磁石で電子ビームをSPring-8の方向へ曲げ、XSBTを通して入射します。
図1 SPring-8キャンパスの写真
SACLA線型加速器で加速した電子ビームは、キッカー電磁石で曲げられ、ビーム輸送路XSBTを通ってSPring-8蓄積リングへ入射される。
SACLAはビーム入射だけでなく、同時にXFEL利用実験にも電子ビームを提供しなければなりません。SPring-8では入射時のビームエネルギーが8 GeVで一定なのに対し、XFELでは利用実験ごとに使用するレーザー光の波長が異なり、電子ビームのエネルギーが変わるため、ビームエネルギーはパルスごとに変えて加速する必要があります。また、XFELのレーザー発振には電子ビームの品質だけでなく、ビーム軌道の安定性も重要で、軌道が髪の毛1本分ずれただけで発振が止まってしまいます。いかにして加速器のパラメータを60 Hzのパルスごとに制御するか、ビーム入射というレーザー発振にとっての外乱をいかに小さくするかが大きな課題でした。
共同研究グループは、高速通信ネットワークを用いた制御システムの構築、タイミングの異なるニつの加速器をビーム入射時に1兆分の1秒の精度で同期させるタイミング系の開発、10万分の1の精度を持つキッカー電磁石電源の開発などを経て、これらの課題を克服しました。また、SACLAが止まるとSPring-8キャンパスの研究活動が全て停止するため、機器の信頼性向上や二重化[10]を行いました。
図2は、従来のSPring-8の入射専用加速器とSACLAの入射電子ビームの大きさをSPring-8の入射点近傍で比較したもので、SACLAのビームが著しく小さいことが分かります。電子ビームの断面方向の大きさはエミッタンス[11]という量で表すことができ、エミッタンスが小さいビームほど品質が良く、レンズなどを使って小さく集束できます。
SPring-8-IIでは、リング内を電子が安定に周回することができる領域(アクセプタンス)が、現在のSPring-8に比べて非常に小さくなり、ビームを入射するときもこの小さなアクセプタンスの中にビームを入れる必要があります。これは、入射ビームの大きさが大きいと、周回途中で真空槽の壁などに電子が当たり失われてしまうからです。SPring-8-IIのアクセプタンスが10 nm-radのオーダーであるのに対し、従来の入射専用加速器のビームの大きさは200 nm-radであり、ほとんどの電子は入射されずに失われてしまうことが予想されていました。これに対し、SACLAの電子ビームの大きさは0.1 nm-radです。SACLAからSPring-8までのビーム輸送路XSBTで品質が若干悪化するものの、SPring-8の入射点では1 nm-rad程度と従来の約1/100の大きさのビームが得られました。これは、将来のSPring-8-IIへの入射を考えても十分な品質のビームです。
図2 SPring-8蓄積リング入射点近傍で観測した入射電子ビームの大きさ
(左)従来のSPring-8入射専用加速器で加速した入射ビーム。
(右)SACLA線型加速器で加速した入射ビーム。
図3は、SACLAからSPring-8蓄積リングへビームを入射した時の蓄積電流の変化を示しています。10 Hzで電子ビームを入射することで、0 mAから最大蓄積電流である100 mAまでにかかる時間を約10分と、1 Hzだった従来の入射専用加速器に比べ大幅に短縮できました。100 mA到達後はトップアップ入射[12]に移行し、蓄積電流値を一定に保ちながら放射光を使ったさまざまな利用実験を行うことができます。トップアップ入射中は1分間に1~2回SPring-8へビームを入射し、残りの電子ビームはXFELの利用実験に使用されます。
図3 SACLAからSPring-8へのビーム入射時の蓄積電流の変化
0 mAから100 mAまで10 Hzで入射後、最大定格電流100 mAをトップアップ入射で保っている。
今後の期待
共同研究グループは、約3年かけてXFEL運転とビーム入射の両立のために必要な電源、制御系や同期タイミング系機器の開発、ビーム輸送路の整備などを行い、SACLAの入射器としての利用を2020年9月より本格的に開始しました。
稼働開始から約四半世紀を経過したSPring-8は、随所で老朽化が進行していますが、今回の成果により、入射器の老朽化対策が終了し、残すは蓄積リング本体のみとなりました。次期蓄積リング(SPring-8-II)では、放射光の利用エネルギー領域を保ったまま、蓄積電子エネルギーを8GeVから6GeVに変更し、しかも放射光輝度を現在の100倍程度向上させることを目標としています。
今回、SACLAを入射器として利用し、従来の入射専用加速器と置き換えることで、SPring-8加速器の消費電力を2~3割削減できました。SPring-8-IIでは電子ビームエネルギーを6 GeVに下げ、電磁石に代えて永久磁石を使用するなど、施設のグリーン化をさらに進め、最終的に施設のエネルギー消費を半減することを目指します。その実現に不可欠な高品質電子ビームが得られたことは、今回の重要な成果といえます。
補足説明
[1] X線自由電子レーザー(XFEL)
X線領域におけるレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力することができる。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
[2] SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から供用運転が開始され、利用実験が始まっている。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル(nm 、100億分の1メートル)以下という短波長のレーザー光の生成能力を有する。
[3] 線型加速器
電子銃から放出された電子ビームを、RF電磁場を用いて加速する直線型加速器。サイン波であるRF電磁場を用いるため、電子ビームは連続ではなく、電子の集団ごとにパルス的(間欠的)に加速される。また直線で加速するため、放射光放出などによるビーム品質の劣化が円形加速器に比べ小さい。
[4] 大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
[5] 蓄積リング
電子が平均的に一定のエネルギーで周回する円形の加速器。放射光施設の加速器として利用され、電子が周回中にアンジュレータや偏向電磁石などを通過するとき、加速度を受けて放射光を放出する。
[6] 入射専用加速器
蓄積リングへのビーム入射のみを目的とした加速器。SPring-8では、1 GeV線型加速器と8 GeVシンクロトロン(円形加速器)で構成され、電子ビームを8 GeVまで加速して蓄積リングへ入射している。
[7] 特別高圧受変電設備
電力会社から77 kV の特別高圧電力を受電し降圧後、加速器などの施設へ電力を供給する設備。
[8] SPring-8-II
SPring-8-IIは、SPring-8の大幅な性能向上を目指した次期計画の名称。「8-II」には電子ビームの蓄積エネルギーを8 GeVから6GeVへ下げる(8マイナス2)という意味も込められている。
[9] 持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
[10] 二重化
施設稼働に対する信頼性を向上させるため、故障時に施設全体が停止してしまうような重要な機器について、同一のバックアップ機器を用意することで冗長性を持たせること。
[11] エミッタンス
ビームの断面積と角度拡がりを掛けた値で、電子ビームの品質を表す指標の一つ。エミッタンスが大きいと低品質で大きく拡がりやすい電子ビーム、エミッタンスが小さいと小さくシャープで良質な電子ビームといえる。単位はnm-radなど。
[12] トップアップ入射
蓄積リングを周回する電子は、時間の経過とともに徐々に失われる。失われた分の電子を入射によって補い、蓄積電流を一定に保つ手法のこと。
発表者・機関窓口 |
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