世界最高の水素分離性能を有する酸化グラフェン膜を開発 -耐湿性を飛躍的に改善し、実用化に大きく前進-(プレスリリース)
- 公開日
- 2021年12月17日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2021年12月17日
京都大学アイセムス(高等研究院 物質-細胞統合システム拠点)
科学技術振興機構(JST)
量子科学技術研究開発機構(QST)
高輝度光科学研究センター(JASRI)
・ナノダイヤモンド(ND)注1)の導入によりナノグラフェン間の静電反発を抑え込み、酸化グラフェン(GO)注2)分離膜の致命的な欠点であった「低耐湿性」を抜本的に改善
・水素製造プロセスの革新による低コストでクリーンな水素の安定供給が可能になり、脱炭素社会の実現に大きく貢献
京都大学アイセムスのシバニア・イーサン教授、べナム・ガリ特定准教授、杉本邦久特定准教授(兼 高輝度光科学研究センター 主幹研究員)、量子科学技術研究開発機構量子生命・医学部門量子生命科学研究所の五十嵐龍治グループリーダーらの研究グループは、酸化グラフェン(GO)膜にナノダイヤモンド(ND)を組み込むことで、水素のみを透過させる物理的なフィルターの機能を保ちながら、最大の課題であった耐湿性を著しく向上させることに成功し、実用化に向けて大きく前進しました。本研究成果は、12月17日に英国科学誌Nature Energyに掲載されました。 論文タイトル・著者 |
背景
水素は、利用する際には二酸化炭素を発生させないため、脱炭素社会の実現に向けた新時代のエネルギーとして需要が高く、大規模な低炭素化が求められる電力・運輸・鉄鋼部門等で積極的な活用が検討され始めています。特に、再生可能エネルギーから製造される「グリーン水素」や、二酸化炭素貯留(CCS)等を組み合わせて化石燃料からCO2を排出せずに製造される「ブルー水素」は、カーボンニュートラルを実現する鍵として世界的に大きな注目を集めています。本格的な水素社会の実現に向けて、水素の需要は急激に増加することが予想されており、安価な水素の安定供給のためにエネルギー効率の高い水素製造プロセスの開発が急務となっています。
現在、水素は化石燃料の水蒸気改質プロセス注3)により大規模に製造されています。この水素の製造工程では、改質時のみならず、改質後の混合ガス(水素、二酸化炭素)の分離・精製にも多くのエネルギーを消費します。従って、大規模な水素供給を可能にするためには、より効率的な水素製造法の確立が求められています。
現在、金属系膜、多孔質無機膜、高分子膜等が水素分離用として工業的に利用されていますが、膜の価格、分離性能の低さ等のため、低価格で高純度な水素製造には至っていないのが現状です。これを解決する手段として、近年、二次元膜材料を使った物理的な水素分離技術が注目を集めています。なかでも、GOが、極めて高い分離性能を有する二次元膜材料として注目されています。GOナノシート(図1)を積層・圧縮して作製したGO分離膜は、二酸化炭素や酸素を含む多くの混合ガスから水素を分離する能力が卓越しており、工業的に使用されている高分子膜の10倍もの分離ポテンシャルを有していることが知られています。しかしながら、GOナノシートは水との親和性が高いため、従来のGO分離膜は水に弱いという致命的な欠点を有しています。そのため、水蒸気を含む混合ガスが発生する化石資源からの水素製造プロセスへの適用は極めて難しいとされていました。この課題を解決するために、世界各国で精力的な研究が展開された結果、GOナノシート間を化学的に連結することによって耐湿性を向上する技術が確立されました。しかしながら、この方法では、水素フィルターの役割を担うナノシート間の空隙距離の制御が極めて困難になるため、本来有していた水素の分離性能が著しく損なわれます。
本研究グループは、ナノシート同士の静電反発が水による膨潤を促進しているのではないかという仮説の下に膜材料設計を行った結果、耐湿性があり、且つ、水素のみを透過させる分離膜技術を確立し、世界最高の分離性能を有する水素分離膜の開発に成功しました。
本技術は、新しい水素製造プロセスの創出を実現するだけではなく、併産する二酸化炭素の高純度回収も同時に達成できるため、二酸化炭素貯留(CCS)や資源活用(CCU)への応用も大いに期待できます。また、これらを併用することで、クリーンな水素「ブルー水素」の供給も可能になります。このように、本技術は地球温暖化対策に大きく貢献することが期待されます。
図1 GOナノシートのAFM画像(スケールバー:2µm) (挿入図: 高さプロファイル)
研究内容と成果
GOナノシートの表面には水酸基等の極性基が存在します。そのため、GOナノシートは水との親和性が高く水に分散します。GOナノシートを積層したGO膜に水を作用させると、GOナノシートがマイナスに帯電し、それらが反発しあう(静電反発)ことにより層間が広がります(図2a,b)。そして、その空隙に水が侵入することによって膨潤状態となり、構造が徐々に壊れてしまいます。従来の研究では、これを防ぐために化学的な結合によって繋ぐことによりGOナノシートを固定化するという対策を施していました。この方法により水によるGO膜の膨潤を抑えることには成功しましたが、本来持っていた水素分離性能の大きな低下を伴いました。これは、強制的にGOナノシートを拘束したため、ナノシート間の空隙の制御が困難になり、物理フィルターとしての機能が損なわれたものと考えられます。
本研究では、GOナノシート間の静電反発を防ぐことができれば、高い水素分離性能を維持したまま水の膨潤性を改善できるのではないかという、従来とは全く違った着想の下で研究を進めました。その結果、プラスの電荷を帯びさせたND導入により、狙い通りこれを防ぐことに成功しました。(図2)。 また、本研究で開発した分離膜は、大型放射光施設SPring-8注4)の粉末結晶構造解析ビームライン(BL02B2)を利用し、分離膜の特性の起源となる構造的な評価を行いました。
図2 GO膜とGO/ND+複合膜の模式図 (a)密に積層したGO膜 (b)GO膜が水分により膨潤し、積層が崩れる (c)GOの積層を大きく変えずに、ND+を導入した膜 (d)高湿度下においてND+が電荷を打ち消し、GO膜を安定させる。
NDはダイヤモンドの結晶構造を持つナノ粒子であり、ダイヤモンドとしての圧倒的な機械的・化学的安定性に加え、その表層に化学修飾を施すことで粒子表面の性質を変えることもできます。粒子表面を精密制御したNDは医療や環境分野、触媒分野等への活用に期待が持たれ、この材料は日本が開発をリードしています。またNDは非常に安価であることから、シャープペンシルの芯やエンジンオイルの添加剤、研磨剤などとしても幅広く利用されています。
本研究グループは、NDが機械的にも化学的にも極めて安定である点、5ナノメートルの極微小かつ均一なサイズの粒子を調製可能である点、粒子表面を化学的に修飾することでプラスにもマイナスにも電気を帯びさせること(帯電)ができるという点に着目し、プラス電荷を帯びさせた極微小のNDをGO膜に組み込むと、GO膜の構造を損なうこと無くGO膜内の電気的な性質が制御できるのではないかと考えました。この仮説に基づいて検討を進めた結果、NDはGOナノシート同士の静電反発を打ち消すことができ、高湿度下でも水によるGO膜の膨潤を防ぐことがわかりました。実際に、高湿度条件下でガス分離性能を測定したところ、NDを導入していない分離膜では100時間後に透過性が55%、選択性が70%減少しましたが、NDを導入した分離膜ではそれぞれ5%、10%しか減少しないことがわかりました(図3)。
このようにして、GO分離膜の高い水素分離性能を維持したまま、耐湿性を改良することに初めて成功しました。
図3 GO, GO/ND+膜のガス分離性能 (a) H2透過率 (b) H2/CO2分離能
工業化されている各種分離膜との水素分離性能(GPU: Gas Permeation Unit)の比較を図4に示します。図4から、NDを導入したGOナノシート膜(●)の水素分離性能は、従来膜に比べて圧倒的に高いことが示されました。また、NDの含有量により水素透過性能を制御することも可能であり、添加量30%までは、無添加GO膜(〇)と同等の選択性を保ったまま透過度を最大4倍程度まで向上できることが判りました。
図4 本研究で開発したGO/ND+水素分離膜と既存水素分離膜のH2透過率とH2/CO2分離能(右上にいくほど高性能を示す。赤丸●下の数字はND+含有量を示す。)
さらに、この材料設計指針はプラスに帯電する性質を持つ材料であれば、ND以外の材料でも適用できることを見出しました。例えば、プラスに帯電させたPolyhedral Oligomeric Silsesquioxanes (POSS) 注5)をGOシート間に組み込んだところ、少し弱いながらも耐水性の向上が確認できました。この結果より、本研究の技術がGOとNDという特定の材料の組み合わせにおける現象ではなく、より広範囲にわたる材料の組み合わせにおいて応用できることを証明しました。
今後の展開
今回開発したガスの分離技術により、水素製造プロセスコストの大幅な削減に加えて、地球温暖化対策に活用可能な二酸化炭素分離・回収・再利用(CCUS)の促進、ブルー水素の安定供給等が大きく期待されます。さらには、水素と二酸化炭素の分離のみならず、将来的には、スーパーキャパシタやセンサーなど、他のGOを用いた応用技術における耐湿性の課題も解消することが期待できます。
用語解説
注1 ナノダイヤモンド(ND):
近年、安価で入手可能になった人工的に作られたダイヤモンドのナノ粒子であり、ダイヤモンドの優れた安定性(硬度、熱伝導度、電気伝導度、親油性など)を有することから、研磨剤やエンジンオイルの添加剤などに利用されています。表面を化学修飾することによって様々な特性を付与することができます。
注2 酸化グラフェン(GO):
黒鉛(グラファイト)を酸化させることにより、ナノレベルまで単層化し得られる炭素材料です。他のナノ炭素材料(カーボンナノチューブやグラフェン)とは異なる様々な特性(水分散性、電気絶縁性、高強度性、高表面積など)を有します。近年、次世代電池材料、水浄化用、触媒等の各種機能材料用途への展開が期待されています。
注3 水蒸気改質プロセス
メタンを主成分とする天然ガスや液化石油ガスあるいはナフサなどの炭化水素系原料にスチームを加え、高温下で改質して水素を生成することができます。このプロセスでは水素と同時に二酸化炭素を生成するため、水素の精製過程では二酸化炭素の分離が必要となります。
注4 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが利用者支援等を行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光とは、光速に近い速度まで電子を加速し、その進行方向を電磁石によって曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8ではこの放射光を用い、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
注5 Polyhedral Oligomeric Silsesquioxanes(POSS):
有機物に親和性を持つ無機物であり、無機シリコン化合物に替わるナノ材料として研究されています。カゴの構造や官能基を変化させることで様々な性質の材料を作ることができます。
研究プロジェクトについて
本研究は、JST未来社会創造事業(JPMJMI17E3) の支援を受けたものです。
JST未来社会創造事業「地球規模課題である低炭素社会の実現」領域 探索研究研究開発課題名「CO2分離機能とエイジング耐性を兼備した多孔性複合膜」
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