次世代自動車用鋼板の外力による内部組織の変化を直接観察 ―複合X線CT解析技術の開発―(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年05月16日
- BL20XU(医学・イメージングII)
2022年5月16日
京都大学
九州大学
高輝度光科学研究センター
次世代自動車用鋼板として用いられ始めているTRIP鋼は、外⼒が加わると⾦属組織の構造が変化する「相変態」というユニークな特徴を持っています。これは、フェライトに残留オーステナイトと呼ばれる準安定相を数⼗%分散させたもので、外⼒がかかると軟質な残留オーステナイトが硬いマルテンサイトに相変態するものです。しかしながら、この相変態は、研磨や切削でも容易に起こってしまうことから、TRIP鋼の相変態の様子を観察・解析するには非破壊で行うことが必須となります。 <論文タイトルと著者> |
図 残留オーステナイトの3D像。
左図の3D像では、残留オーステナイトの結晶方位を色で表しています。右図は青丸で囲まれた残留オーステナイトの負荷増大による変態の様子を3D像で表しています。同時に同じ負荷段階のある断層像における変態の様子も示しています。残留オーステナイトは、一様に変態するのではなく、局所的に変態することがわかります。
背景
TRIP鋼注1は、外⼒が加わると⾦属組織の構造が変化する相変態注2というユニークな特徴を有しています。これは、フェライトに残留オーステナイトと呼ばれる準安定相を数⼗%分散させたもので、外⼒がかかると軟質な残留オーステナイトが硬いマルテンサイトに相変態するものです。これにより、TRIP鋼は優れた強度・延性バランスを有しながら、衝撃吸収能にも優れるため、次世代自動車用鋼板として期待されています。しかしながら、この相変態は、研磨や切削でも容易に起こってしまうことから、TRIP鋼の相変態の挙動を観察・解析するには非破壊で行うことが必須となります。これまでに、X線回折注3を用いたその場試験によりTRIP現象注1の研究が行われていますが、主に比較的広い領域の平均値や挙動を得ることに重点が置かれており、結晶粒ごとの局所的な挙動を検出することは困難でした。結晶粒ごとの局所的な相変態挙動の直接計測は、破壊の起点となるミクロ組織の特徴を把握し、破壊特性の真の理解やその最適化のためのミクロ組織設計を可能にするためにも、必要不可欠です。
本研究は、放射光注4を用いたX線CT(X線ナノトモグラフィー)注5と3ミクロン程度まで細く集光したX線ビームを、試料を回転させながらラスタースキャン注6するペンシルビーム回折トモグラフィー注7によるマルチモーダル解析技術を開発およびTRIP鋼に応用した研究成果になります。
研究手法・成果
研究グループは、大型放射光施設SPring-8注8のBL20XUにおいて、X線ナノトモグラフィーとペンシルビーム回折トモグラフィーを実施しました。新たに開発された20-30keVの高エネルギーのX線ナノトモグラフィーは、0.16マイクロメートルと非常に高い空間分解能注9を有しています。図1は、X線ナノトモグラフィーを用いて、外部負荷を加えたときの残留オーステナイトの相変態挙動を観察した結果です。図1(a)-(i)のようにサンプルが伸びる(負荷が増大する)に連れて、残留オーステナイトが一様ではなく、局所的に消滅(相変態)していることがわかります。図2は、一つの残留オーステナイトの相変態挙動を3D注10で示したものになります。一つの残留オーステナイトにおいても、一様に相変態することはなく、一部分から相変態が起こっていることが明瞭に観察されています。過去の他の研究者による2Dでの解析では、粗大な残留オーステナイトは相の安定性が低く、相変態を起こしやすいとされていました。しかし、今回の3Dでの解析では、粗大な残留オーステナイト(初期サイズが2.5マイクロメートル以上)は高い安定性を有しており、微細な残留オーステナイト(初期サイズが2.5マイクロメートル未満)と比較して2倍以上の外部負荷を加えないと完全に変態しないことが明らかになりました(図3)。これは、大きな残留オーステナイトから複数のマルテンサイトへと相変態することに起因していると考えています。また、相変態の初期とそれ以降では、その機構が異なることも証明されました。
図1 同一断面における残留オーステナイトの連続観察結果。
白い領域は残留オーステナイト、黒い領域はマイクロポアと呼ばれる材料中に存在する欠陥、その他の領域がフェライトです。残留オーステナイトがマルテンサイトへと相変態することでフェライトと密度差が小さくなり消失しているように観察されます。残留オーステナイトが0.3-0.4%伸びた後に一部相変態を開始し、2.5%伸びた後に相変態が急激に進行しています。
図2 個々の残留オーステナイトの変態挙動の3D連続観察結果。
緑色と灰色の領域は残留オーステナイト、その他の領域がフェライトです。3Dで観察しても個々の残留オーステナイトは、一様に変態するのではなく、一部から相変態が開始し、3.5%引張後に一気に変態している様子がわかります。
図3 個々の残留オーステナイトの平均サイズの変化を初期のサイズで分けて評価。
初期サイズが2.5マイクロメートル以上の残留オーステナイトでは、完全に変態したときの平均伸びが4.7%であるのに対して、初期サイズが2.5マイクロメートル未満では2.0%となっています。
波及効果、今後の予定
今回の実験は、X線ナノトモグラフィーとペンシルビーム回折トモグラフィーを組み合わせた技術を外部負荷中の鋼材のその場観察に対して初めて適用した結果です。本結果は、同一サンプルで本技術を適用できていないものの、残留オーステナイト間の相互作⽤が直接可視化され、ミクロ組織設計の明瞭な指針が得られました。最近、研究グループでは、本技術を同一サンプルに適用可能な解析技術へと発展させつつあります。
また、マルチモーダル解析の適⽤により、局所的な相変態現象に直接計測の光が当たれば、衝撃吸収特性や破壊特性の真の理解が得られ、その最適化のためのミクロ組織設計も可能になります。これは、⾼価な合⾦元素や特殊な製造装置を⽤いずとも、⾼度な学術知⾒に基づき既存材料の⼒学特性を極⼤化できるという、21世紀にふさわしい構造材使⽤法に繋がると期待しています。
研究プロジェクトについて
本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(21H04624)の助成を受けて実施されました。
<研究者のコメント>
本研究で開発したマルチモーダル解析技術は、金属材料の設計・開発に非常に有用な技術であります。これからも、高度な解析が可能となる技術へと発展させていきたいと考えています。(平山恭介)
用語解説
(注1)TRIP鋼
TRIP鋼は、母相である体心立方構造のフェライトと室温で準安定な面心立方構造の残留オーステナイトからなる複合組織です。TRIP鋼に外力が加わることで、残留オーステナイトが硬質な体心正方格子のマルテンサイトへと相変態します。TRIP現象は、相変態によって伸びが増加する変態誘起塑性(Transformation Induced Plasticity)のことで、このTRIP現象を発現する鉄鋼材料をTRIP鋼と称しています。
(注2)相変態
金属、合金やセラミックスが、温度や圧力を変化もしくは外力を加えることで一つの相から異なった相へと変化したり、一つの相の中に別の相が形成されて二相共存状態になったりする現象。
(注3)X線回折
X線回折は、物質にX線を照射すると物質の原子・分子の配列状態によって特有の角度にX線が曲がって出てくる現象です。X線回折で得られる情報は多岐にわたっており、今回の研究で用いた結晶の向きだけでなく、物質の同定、材料に内在する歪みなども調べることができます。
(注4)放射光
放射光とは、ほぼ光速で直進する電子の進行方向を、磁石によって曲げたときに発生する超強力な電磁波(赤外線、可視光線、紫外線、X線)のことです。
(注5)X線CT
CTはComputed Tomography(コンピュータ断層撮影法)の略語。病院では骨や臓器を3Dで非破壊観察するのに用いられます。X線CTのうち、特に高空間分解能なものをナノトモグラフィーと称しています。SPring-8のナノトモグラフィーは、病院のCT装置に比べて、千~1万倍も高い解像度での観察が可能で、金属材料の内部組織の超高分解能3D観察などに利用されています。
(注6)ラスタースキャン
点で1次元的にスキャンして線を得て、次いでその直角方向にその線でスキャンして、2次元の面で画像を得る手法。
(注7)ペンシルビーム回折トモグラフィー
回折トモグラフィーは、X線回折を利用して3Dでの結晶の向きや物質の同定、材料に内在する歪みを測定する手法。今回の実験で用いたペンシルビーム回折トモグラフィーは、ペンのように細く絞ったX線を利用してX線CTとラスタースキャンを組み合わせた測定をしており、他の方法では難しいとされていた変形した試料にも適用可能な手法です。
(注8)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する播磨科学公園都市(兵庫県)にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っています。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い研究が行われています。
(注9)空間分解能
近い距離にある2つの物体を独立した2つのものとして見分けることのできる最小の距離ことです。この距離が小さいほど、より微細な物体の観察が可能となります。
(注10)3D
3 Dimensional(3次元)の略語。2Dも同様です。
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