高レベル放射性廃液中の元素を光で選別、分別回収の革新的原理を実証 ーデザインされた光により、光反応の元素選択性と反応性を両立させることに成功ー(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年05月20日
- BL22XU(JAEA 重元素科学I)
2022年5月20日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
公立大学法人大阪 大阪公立大学
公益財団法人レーザー技術総合研究所
【発表のポイント】
● 高レベル放射性廃液に含まれるアクチノイドやランタノイドと呼ばれる元素群は化学的な性質(イオン半径)がほぼ同じため、通常の化学的な手法で分別するのは大変です。一方、各元素は吸収する光の波長が異なるため、光吸収により元素を選んでエネルギーを付与できます。この特徴が分別に役立つのではと考えられました。しかし、単純な光吸収ではエネルギーが足りないため化学反応を誘起できず分別の原理としては不完全でした。
● 我々は、エネルギーを補うための別の光吸収を同時に起こすことで、アメリシウムの光誘起反応の観測に世界で初めて成功しました。また、この原理を使い、ランタノイドが共存する溶液中から光反応したアメリシウムだけ回収できることを実証しました。
● 放射性廃棄物分別工程の簡素化や希少金属の超高純度精錬への貢献が期待されます。
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長:小口正範、以下「原子力機構」という。)物質科学研究センターアクチノイド科学研究グループの松田晶平博士研究員(当時)ら及び中島信昭大阪市立大学名誉教授(現・公益財団法人レーザー技術総合研究所(理事長:高西一光、以下「レーザー総研」)特別研究員)は、アメリシウムに特徴的な吸収波長のレーザーを硝酸水溶液中のアメリシウムに照射することにより酸化反応が誘起されることを見出しました。また、そのメカニズムを解明すると共に、この現象を用いたアメリシウムの分離実証試験を行いました。 放射性廃棄物の地層処分の負担を減らすには、長期的な有害性が高い放射性元素(特にアメリシウム)を放射性廃棄物から分別することが重要です。使用済み燃料中に含まれるアクチノイド2) もしくはランタノイド1) と呼ばれる元素群は、同じ酸化状態では、原子の最外殻の電子3) の配置が同じであり、サイズがほとんど同じであるため、化学的性質が類似しています。そのため化学的手法による分離は難しいことが知られています。とりわけ周期表上で隣り合う元素同士の分離は極めて難しくなっています。一方、最外殻電子とは対照的に、内殻の電子3) の数は原子番号と共に1つずつ増えます。その影響で、可視光領域での光の吸収波長が元素ごとに異なります。つまり全ての元素は「色」が違います。この色の違いにより元素を峻別できる可能性があります。 反応のしくみを解明するために大型放射光施設SPring-8における放射光X線吸収分光5) および原子力機構の大型計算機による量子化学計算6) を行い、光吸収した後の電子のふるまいを明らかにしました。 これらの結果は、今回の手法が放射性廃棄物の分別原理として新たな選択肢となりうることを示唆しています。また、アメリシウム以外のランタノイド・アクチノイドに対しても有効な選別原理になると考えられるため、希少金属の再利用を促進する超高純度精製法への発展が期待できます。持続可能な資源循環型社会の実現に貢献する日本発の新技術が誕生する可能性があります。 本研究成果は、5月18日付(日本時間)の「Science Advances誌」に掲載されました。 【論文情報】 |
【これまでの背景・経緯】
ランタノイド・アクチノイドは使用済み核燃料中の生成物として原子力分野で重要な元素ですが、それ以外にも高温超伝導や超強力磁石、水素吸蔵合金などの機能性材料開発、新奇物性研究の分野でも重要な役割を演じています。そのため、これらの元素同士の精密な分離・精製技術は産業や科学技術において広く必要とされています。しかし、これらの元素の化学的性質は類似しているため、通常の化学的分離法では効率が悪く、分離操作を何度も繰り返す必要があります。特に、放射性廃棄物処理においては処理施設の巨大化・複雑化や二次廃棄物発生を抑制するために、できるだけ簡単かつ高効率な分離法が求められています。
これらの元素の個性は内殻軌道3) の電子配置と密接に関係しています。例えば元素が吸収する光の波長は、電子配置によって決まるため、元素ごとに全く異なる吸収スペクトルが観測されます(図1)。この特徴を利用すれば鋭敏な元素選別が可能になるはずです。
図1.酸化数7) がⅢの状態のランタノイドとアクチノイドの吸収スペクトルを濃淡で表現した図。
元素ごとに異なる多くの吸収線により構成されていることから優れた選択原理となる可能性があります。図中の点線は今回の実験で使った光の波長(503nm)を示しています。
このアイデアは1970年代に提唱されましたが現在に至るまで実現していません。単純な可視光の吸収では、付与できるエネルギーが足りず化学反応が起こらなかったからです。これを克服するために、エネルギーが散逸する前に2段目の光吸収を起こすことが考えられました(図2)。
図2.光の吸収により付与されるエネルギーと選択的な化学反応の関係。
(左)単純な紫外線の光吸収では連続状態に直接上がります。連続状態は最外殻軌道と相関しているため反応は起こせますが、離散準位(内殻電子配置と相関)を経由しないため元素選択性はありません。(中央)単純な可視光の吸収では離散準位を使い元素選択的にエネルギーを付与できますがエネルギーが足りず反応を起こせません。(右)2段階の可視光吸収により離散準位を経由した元素選択的反応が可能になります。
この考えに基づいていくつかのグループが実験を行い、1990年代から現在までにランタノイドのうち3つの元素(Eu, Sm, Yb)において光誘起反応(酸化状態の変化)が観測されました。一方、アクチノイドは準安定な酸化状態が複数存在するため光誘起反応をより起こしやすいと考えられますが、放射性物質のため実験的な制約が多く、これまで成功していませんでした。また、ランタノイドの3つの報告例でも反応の電子的なしくみやその後の反応過程は未解明のままでした。
【今回の成果】
我々は、アクチノイドでの光誘起反応の初観測を目指すにあたり、放射性物質の試料調整・分析と精密なレーザー照射実験を一体的に行える体制を組みました。これにより、試料組成、濃度、レーザー照射波長などさまざまな実験条件を随時変更しつつ試行錯誤を繰り返せる、小回りが効く実験が可能になりました。その結果、アクチノイドの一つであるアメリシウムに、瞬間的な強度が極めて高いレーザー光を制御して照射することにより、ある条件下で光誘起反応(酸化反応)が起きることを突き止めました。また、実際に元素分離の実証試験を行い、この原理が元素分離に適用可能なことを確認しました。さらに、大型放射光施設SPring-8 (BL22XU)での放射光分析及び原子力機構のスーパーコンピュータを駆使して反応中の電子のふるまいを解析し、本研究を発展させるための重要な知見を得ることに成功しました。
具体的には以下の手順で実験を行いました。溶液中で最も安定な酸化数7) Ⅲの状態のアメリシウムは緑色の光を吸収します。これは、吸収スペクトルの503nm付近に見られる鋭い吸収ピークに対応します(図1)。そこで、アメリシウムを溶かした硝酸水溶液に波長503nmのレーザー光を照射し、溶液中のアメリシウムの状態変化を吸収スペクトルの変化として観察しました。照射の際は、ホットスポット8) による試料の破壊を防ぐため、照射位置での光の強度分布が均一になるよう像転送9) と呼ばれる技法を用いました(図3)。
図3.レーザー照射実験のレイアウト。
レーザー光が発生する結晶内部のきれいな像を試料セル内部に像転送することにより均一な集光強度分布を得ました。
観測された吸収スペクトルの変化から、溶液中のアメリシウムの一部で酸化数7) がⅢからⅤへと増加していることが分かりました。さらに、光反応による元素の選別と溶媒抽出を組み合わせた「レーザーアシスト元素分離」試験を実施しました(図4)。核分裂生成物の模擬としてランタノイドの一つであるプラセオジム(Pr)を混合したアメリシウム溶液に同様の光照射を行ったところ、プラセオジムは変化せずアメリシウムだけが酸化されることが確認できました。照射後の試料溶液に有機溶媒と抽出剤10) を加えて攪拌することで、照射時間内に光酸化しなかったアメリシウム及び全てのプラセオジムは有機相に取り込まれ、光酸化したアメリシウムだけが水相に残りました。この結果から、全てのアメリシウムを光酸化すればアメリシウムとランタノイドをほぼ完全に分離できることが期待されます。
図4.レーザーアシスト元素分離試験の流れ(左図)と吸収スペクトルの変化(右図)。
アメリシウムとプラセオジムの混合溶液からアメリシウムを分別することを目指しました。右下のスペクトルから光反応したアメリシウムはほぼ完全に分離できたことがわかります。図中のAm(III)は酸化数Ⅲのアメリシウム、Am(V)は酸化数Ⅴのアメリシウム、Pr(III)は酸化数Ⅲのプラセオジムを表します。
この研究を発展させるためには、観測された酸化反応がどのようなしくみで起こっているのか理解することが重要です。そこでまず、照射するレーザーの波長を少しずつ変えながらアメリシウムが酸化する速度を測定しました。その結果、図5左に示すように吸収ピークをなぞるように酸化速度が増減しました。この吸収ピークの波長は内殻電子配置由来の離散準位(図2)のレベルに対応しているため、この酸化反応は離散準位を経由していることが確かめられました。続いて、レーザー光のエネルギー密度を変化させながら酸化速度を測定しました。その結果が図5右です。このグラフの傾きが1を超えていることから、2段階以上の光吸収が関与していることがわかりました。その他にも、(1)硝酸濃度依存性の観測結果からは、硝酸イオン1個とアメリシウム1個が弱く結合した錯体11) が今回の光反応の出発物質となっていること、(2)放射光分析の結果からは、その錯体中で硝酸イオンの3個の酸素原子のうち2個がアメリシウムに接していること(図6左)、(3)量子化学計算の結果からは、アメリシウムの酸化数がⅢ→Ⅳ→Ⅴと錯体の構造変化につれて段階的に変わることなどが明らかになりました(図6右)。
図5.条件を変えて測定した光反応の速さ。(左)レーザーの波長を変えて測定した結果。酸化数Ⅲのアメリシウムの消失速度(○)と酸化数Ⅴの生成速度(□)がほぼ重なることから酸化数ⅢからⅤへの酸化反応だけが起きていることがわかります。また、アメリシウムの吸収スペクトル(薄いオレンジ色の領域)と波長依存性が一致していることから内殻電子配置を利用していることがわかります。(右)光のエネルギー密度を変えて測定した結果。直線の傾きが約1.5であることから2段階以上の光吸収が起きたことがわかります。
図6.光反応の起点となる錯体の構造と反応経路の理論予想。(左)量子化学計算により得られた錯体の安定構造の一例。アメリシウムイオンの周りを7個の水分子(屈曲した棒)と1個の硝酸イオン(NO3-)が取り囲んでいます。硝酸イオンの配向と水分子の数は放射光分析の結果と一致しています。(右)アメリシウムイオンが硝酸イオンの2個の酸素を取り込む反応の構造変化とエネルギー変化の関係を表現した図。この図以外にも、各構造での内殻電子軌道の電子数を計算した結果と合わせて考えることにより、反応の進行に合わせてアメリシウムから硝酸イオンに2個の電子が段階的に移動することがわかりました。
【今後の展望】
今回はアメリシウムについて光による酸化反応を観測することができましたが、他の同族元素でも同様の光反応が期待できます。どのような条件下でどのような光反応が誘起されるのか、対象元素をどこまで広げることができるのか、効率向上の追求も含めて今後の基礎研究により明らかにしていく必要があります。また、今回の手法は、原理的に極めて高い選別能力が予想される反面、現在のレーザー技術では処理速度を大幅に高めることは難しいと考えられます。最も早く実用化される可能性があるのは、希少な元素の精密な分離や高純度の精製を要する場面での活用法と考えられます。
【各機関(各研究者)の役割】
<原子力機構>
松田晶平(博士研究員(当時)):実験、解析、考察
横山啓一(研究主幹):実験、解析、理論計算
矢板毅(副センター長):実験、解析、統括
小林徹(研究副主幹)、金田結依(主査)、Marie Simonnet(研究員)、関口哲弘(研究主幹)、本田充紀(研究副主幹)、下条晃司郎(研究主幹)、土井玲祐(研究副主幹):実験、考察
<大阪公立大学>(2022年4月、大阪市立大学は大阪府立大学と統合し大阪公立大学として開学)
中島信昭(大阪市立大学名誉教授):指導監修
<レーザー総研>
中島信昭(特別研究員):指導監修
【参考文献】
”希土類イオンのレーザー化学”, 中島信昭,レーザー研究, 24(1996)787-795.
【助成金】
本研究は日本学術振興会の科学研究費助成事業JP20K19999及び福島復興研究活動に関する日本原子力研究開発機構の予算による助成を受けました。
【用語の説明】
1)ランタノイド
原子番号57から71の元素で下の周期表の水色に塗られた15種類があります。最外殻の電子軌道3) を回る電子の数は全て同じで、内殻の電子軌道3) の電子数が原子番号順に増えます。Pm以外は安定な元素として天然に存在し、希少資源として磁石などに産業利用されています。また、ウランの核分裂で生成するものもあります。
2)アクチノイド
原子番号89から103の元素で上の周期表のピンク色に塗られた15種類があります。ランタノイドと同様に内側の電子軌道の電子数が原子番号順に増えます。不安定な放射性物質として存在し原子炉や加速器で人工的に作られるものが大部分を占めます。
3)最外殻の電子、内殻の電子
原子核の周囲を回る電子は特定の軌道上を運動します。その中で最も外側の空間まで広がった軌道を最外殻電子軌道と呼びます(下図)。最外殻電子は周囲の原子と相互作用しやすいため化学的性質に大きく関与します。これに対して、内側の軌道を回る電子(内殻電子)は化学的性質にはほとんど関与せず元素固有の物理的性質を担っています。
4)溶媒抽出
水と油のように2相に分離する液体の間で、溶けている化学物質をやり取りすること。物質分離に用いられる単位操作の一種。
5)放射光X線吸収分光
高速に運動する電子から発生するX線を用いた吸収分光法。指定した元素の化学的状態や周辺の原子配置を調べることができます。本研究では大型放射光施設SPring-8のビームラインBL22XUを利用しました。
6)量子化学計算
原子核と電子の相互作用に基づいて量子力学的に運動方程式を解く計算方法。原子核と電子の位置と運動量を求めることができます。今回は、光吸収によりエネルギーを付与された状態も計算できる手法を用いました。
7)酸化数
単原子イオンの場合はイオンの電荷の数に一致します。一般的には、イオンの電子密度の目安となる数で、酸化数が大きいほど電子密度が小さくより酸化された状態と言えます。Ⅲ、Ⅳ、Ⅴのようにローマ数字で表記されます。
8)ホットスポット
レーザービームを集光した際に、元々のビーム品質や伝播距離に応じて集光面に生じる強度分布のムラ、特に強度が強い点のことを言います。集光面内の平均強度が損傷閾値を超えていなくてもホットスポットから破壊が起きることがあります。そのため、強いレーザーを物質に照射するときは強度の均一性に注意が必要になります。
9)像転送
空間の一点から出た光がレンズの反対側の所定の位置で結像する性質を利用して、ある地点での光の強度分布をレンズの反対側に再現する技法。強度分布が波の伝播によって劣化するのをキャンセルできます。
10)抽出剤
溶媒抽出の際に、抽出すべき物質(標的物質)と結合し、抽出を促進する化学物質。通常は、標的物質と結合する親水性の部分と有機相に溶けやすい疎水性の部分からなります。
11)錯体
金属イオンに分子やイオンが比較的弱く結合して一塊になっている状態。特に今回の実験では、水相中の酸化数Ⅲの金属イオンが抽出剤と結合して錯体を形成し、有機相に抽出されます。
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