ECMOでも使用!抗血栓性高分子の機能発現メカニズムを解明 ~血液成分をバリアする層の足場となる水分子の解析に成功~(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年01月17日
- BL07LSU(東京大学放射光アウトステーション物質科学)
2022年1月17日
国立大学法人 東京大学物性研究所
九州大学先導物質化学研究所
【研究成果のポイント】
・抗血栓高分子PMEAの抗血栓性発現のメカニズムを世界で初めて解明
・血液成分をバリアする層の足場となる水分子の解析に成功
東京大学物性研究所の原田慈久教授、山添康介特任研究員、倉橋直也特任研究員、九州大学先導物質化学研究所の田中賢教授、村上大樹助教、西村慎之介学術研究員らの共同研究グループは、大型放射光施設SPring-8(注1)の東京大学放射光アウトステーションビームラインBL07LSU(注2)を用いて、ECMOの回路内壁コーティングにも使用されている抗血栓性高分子(注3)ポリ(2-メトキシエチルアクリレート)(PMEA) 近傍における血液成分をバリアする層の足場となる水分子の検出に成功しました。 (論文情報) |
【研究の背景】
新型コロナウィルス感染症が世界的な問題となっている近年、体外式膜型人工肺(ECMO)が重症患者の命を繋ぐ砦として利用されています。しかし、ECMOの利用には血液循環に伴う回路内部での血栓形成が原因で長期間にわたる使用が不可能という制限があり、これが医療スタッフの不足という深刻な問題の原因の1つとなっています。この問題を解決するために、長期間の使用に耐えうるような、優れた抗血栓性を有する材料の開発が求められています。現在実用化されている材料にPMEAがあります。PMEAは優れた抗血栓性を示すことが知られており、これまでの研究から PMEAと血液成分との界面には特殊な構造の水がバリア層として存在していることが予想されていました(図1)。しかしながら、バリア層の形成メカニズムははっきりしておらず、さらに優れた抗血栓性を示す材料の開発は、経験則に頼らざるを得ないという状況でした。
【研究の成果】
共同研究グループは、軟X線発光分光と原子間力顕微鏡(注5)を組み合わせることにより、抗血栓性高分子PMEAの表面状態および界面に存在する水の水素結合(注6)を詳しく調べることで、抗血栓性の起源となる水分子のバリア層の形成メカニズムの解明に挑みました。軟X線発光分光は水素結合に直接関与する電子の状態を観測できるため、水素結合の数やひずみの大きさなど、他の手法では得られない独自の情報が得られます。図2(a)にPMEA界面の水の軟X線発光スペクトルを示します。ここでは、隣接する湿度間の差スペクトルを表示しており、各湿度で段階的に取り込まれる水の情報を与えています。一方原子間力顕微鏡でも段階的に加湿を行い、図2(b)の模式図に示すように、PMEAの表面構造は水がなければ均一で、加湿に伴ってミクロ相分離構造が現れることが明らかになりました。この実空間の情報と軟X線発光スペクトルの組み合わせから、差スペクトルに矢印で示した527 eV付近のピークは、ミクロ相分離によってPMEAがまばらな領域が形成され、新たに露出したC=Oサイトに水が吸着して不凍水となった結果とわかりました。一方で、525~526 eVに現れる幅の広い構造は、疎水的なPMEAの凝集領域に積もった、水素結合の発達した四面体配位の水に主に由来すると考えられます。このように、ミクロ相分離の発達に合わせて不凍水の領域と四面体配位の水の領域に分かれてゆく様子を捉えることができました。赤外分光による先行研究においても、PMEAの C=Oサイトが完全に不凍水で覆われた後に、バリア層として働く水が形成されることが示されており、今回の研究結果は、ミクロ相分離の発達に伴って、不凍水を足場にしてバリア層が形成されることを示唆しています。つまり、PMEA と水分子の相互作用が引き起こすミクロ相分離によって露出した PMEA の少ない領域にバリア層として働く水が多く存在することが、抗血栓性の発現に関わっていると考えられます。
【今後の展開】
本研究の成果は、高分子と水分子の相互作用による形態変化を捉え、水の役割を正しく理解することによって、既製品を超えたより優れた性能を持つ、新たな抗血栓性材料の設計指針を与えるもので、今後のバイオマテリアル創製に広く適用できると考えられます。これは新型コロナウィルス対策に限らず、今後の超高齢社会を支える医療技術の躍進のためにも重要で、幅広い展開が期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金・新学術領域研究(研究領域提案型)「水圏機能材料」(JP19H05717、JP19H05720)および挑戦的研究(萌芽)(19K22195)、日本医療研究開発機構(AMED)ウイルス等感染症対策技術開発事業「体外式膜型人工肺(ECMO)配管内壁コーティング材料の改良に関する研究開発(JP20he062203)」、AGCリサーチコラボレーション制度の助成を受けて行われました。
図1. PMEA表面の水の吸着の様子。
抗血栓性を示すPMEA表面に吸着した水が相分離構造(A)を引き起こし、さらに加えられた水が、特定の部位B(polymer-poor)に吸着することが電子状態解析により示された。またBへの水の吸着によって、表面の凸凹が緩和される様子が原子間力顕微鏡(注5)観察で捉えられた。
図2. PMEAの軟X線発光スペクトルの湿度依存性。
新たに高分子に吸着した水の構造を調べるために湿度間の差スペクトルを示している。右図は原子間力顕微鏡で得られた各湿度における表面構造の模式図。
【用語解説】
注1)大型放射光施設SPring-8
SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8ではこの放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注2)東京大学放射光アウトステーションビームラインBL07LSU
2006 年 5月に総長直轄の組織として発足した放射光連携研究機構物質科学部門がSPring-8の長直線部に所有する世界最高水準の軟X線アンジュレータビームライン。3つの常設の先端分光実験ステーションとユーザーが任意に装置を持ち込める1つのフリーポートを有し、2009 年10月から共同利用を開始している。
注3)抗血栓性高分子
血液と接触しても血栓を作らない高分子、またはその総称。
注4)軟X線発光分光
物質中の電子の状態分布を調べる手法のひとつ。物質を形作る原子はそれぞれ固有のエネルギーで束縛された内殻電子を持っている。それら内殻電子を、軟X線を使って電子の埋まっていない価電子帯へ遷移する過程を軟X線吸収と呼び、逆に価電子が内殻に遷移する過程で生じる軟X線は軟X線発光と呼ばれる。軟X線吸収・発光分光はこれらのエネルギースペクトルを取得する方法であり、物質の電子構造や化学状態に関する情報を得ることができる。
注5)原子間力顕微鏡
様々な環境下(真空・大気・溶液)で高分子材料の表面構造や組成などの分布をナノスケールで可視化可能な表面観測装置のひとつである。
注6)水素結合
弱い陽性の電荷をもつ水素原子を介して、陰性の電荷をもつ原子(酸素、窒素など)間に作られる弱い結合。水素結合を介して分子同士が弱くつながる。
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