大型放射光施設 SPring-8

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X線を使ったホログラフィー技術で鉛フリー圧電材料高性能化の鍵因子を特定 ~環境にやさしい電子デバイスの創生に大きく貢献~(プレスリリース)

公開日
2022年02月04日
  • BL13XU(表面界面構造解析)

2022年2月4日
名古屋工業大学
高輝度光科学研究センター
広島市立大学

【発表のポイント】
・鉛フリー圧電材料の原子配列を、X線を使ったホログラフィー技術で3次元的に可視化し、本材料に含まれるカルシウム原子が大きく変位していることを明らかにしました。
・有害な鉛を含む圧電材料における鉛の役割を、生体親和性の良いカルシウムが担っている可能性を示すことに成功。
・環境や人体に優しい新しい鉛フリー圧電材料の開発につながると期待されます。

 名古屋工業大学大学院工学研究科の木村耕治助教、林好一教授、柿本健一教授、山本裕太氏(物理工学専攻 博士後期課程3年)、川村啓介氏(工学専攻物理工学系プログラム 博士前期課程1年)、杉本陽菜氏(研究当時:生命・応用化学専攻 博士前期課程2年)、エアランゲン=ニュルンベルク大学のKyle G. Webber教授、Ahmed Gadelmawla氏(大学院生)、高輝度光科学研究センター(JASRI)の田尻寛男主幹研究員、広島市立大学大学院情報科学研究科の八方直久准教授らのグループが、近年注目されているBaTiO3ベースの鉛フリー圧電材料に最先端の構造解析手法である蛍光X線ホログラフィーを適用し、添加したCa原子が大きく変位していることを明らかにしました。この大きな変位が、この材料の持つ高い圧電特性の源になっていると考えられます。現在、有害な鉛を含むPb(Zr,Ti)O3が圧電材料として主に用いられていますが、本成果は鉛フリー圧電材料の高性能化や新規開発を進めるための設計指針を提供すると期待されます。

本研究成果は、2022年2月1日に「Applied Physics Letters」に掲載されました。

【論文情報】
論文名:Significant Displacement of Calcium and Barium Ions in Ferroelectric (Ba0.9Ca0.1)TiO3 Revealed by X-ray Fluorescence Holography
著者名:Y. Yamamoto, K. Kawamura, H. Sugimoto, A. Gadelmawla, K. Kimura, N. Happo, H. Tajiri, K. G. Webber, K. Kakimoto, and K. Hayashi
掲載雑誌名:Applied Physics Letters
公表日:2022年2月1日
DOI: 10.1063/5.0076325

【研究の背景】
 現在、人体に有害な鉛(Pb)を含む工業製品を非鉛材料で代替する「鉛フリー化」が世界的な潮流となっています。鉛フリーはんだや鉛フリーガソリンの普及など、身近なところでも鉛フリー化が進んでいます。一方で、鉛フリー化が達成できていない材料に圧電材料1)があります。圧電材料は、電気エネルギーと機械エネルギーを相互に変換できる材料で、センサー、アクチュエーター、インクジェットプリンター、精密モーターなど様々な用途で使われています。そのため、圧電材料の鉛フリー化は喫緊の課題です。しかし、現在広く使われているチタン酸ジルコン酸鉛(PZT)の圧電特性が極めて優れているため、鉛フリー化が進んでいないのが現状です。
 その中で、バリウム(Ba)、カルシウム(Ca)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、酸素(O)からなる化合物(Ba,Ca)(Zr,Ti)O3(BCZT)が、PZTに置き換わる鉛フリー圧電材料として有望視されています。図1(a)に示すように、BCZTの圧電特性は、100℃以下の比較的低い温度領域ではPZTを凌駕しています。そのため、室温付近で機能する発電床などエネルギーハーベスティング2)の観点から注目されています(図1(b))。しかし、BCZTがこれほど大きな圧電特性を示すメカニズムは分かっていません。BCZTの使用可能温度域の拡大や新しい鉛フリー圧電材料の創生には、そのメカニズム解明が不可欠です。

図1

図1 (a)(Ba,Ca)(Zr,Ti)O3(BCZT), (Pb,Zr)TiO3(PZT)および(K,Na)NbO3(KNN)の圧電特性と使用可能最高温度との関係。(b) BCZTの応用が期待されている歩行による発電の模式図。

【研究の内容・成果】
 圧電現象は、正負に帯電した原子が元の位置からずれることで生じる分極4)が起源となっています。PZTでは、正に帯電したPb原子位置のずれが大きな圧電特性の起源になっていることが知られています。BCZTにおいても、Pbのように大きく変位する元素が含まれている可能性があります。このような観点から、研究グループは、BCZTを構成する元素のうちCaに着目しました。Caは、他の元素に比べてサイズが小さく、周囲に隙間があって動きやすいと考えられるからです。
 そこで、本研究では蛍光X線ホログラフィー3)という技術をCaのみを添加した(Ba0.9Ca0.1)TiO3に適用しました。この手法は物質を構成する各元素に関して三次元的な原子配列を可視化できます。もともとは、微量に添加したドーパントの位置を決定する手法として発展してきましたが、ここ10年ほどの研究で圧電体の原子位置のずれを精密に評価できることが分かってきました。実験は、大型放射光施設SPring-85)のビームラインBL13XUで実施しました。
 図2に得られた結果を示します。左側にあるようにCaおよびBaのホログラムを取得し、原子像再生と呼ばれる数値処理を行うことで右側の原子像を導出しました。Caまわり原子像は黄色い矢印の方向に伸びているのに対し、Baまわり原子像にはそのような伸びはなく対称的な形状をしています。この結果は、まさにCa原子が動いていることを示しています。原子像の形状を詳細に解析することで、Ca原子は0.36 Å6)程度変位していることが分かりました。
 ここで得られた0.36 Åという値は、これまで報告されているPZTにおけるPbの変位量とおおよそ一致します。このことから、図3に示すようにBCZTのCa原子は、PZTにおけるPbの役割に相当する効果を生み出していることが示唆されました。

図2

図2 (a)蛍光X線ホログラフィーによって得られたCaおよびBaのホログラム。(b) ホログラムから再生したCaおよびBaまわりの原子像。


図3

図3 BCZTにおけるCaとPZTにおけるPbの原子位置のずれの類似性。

【社会的な意義】
 本成果は、BCZTの更なる高性能化や新規鉛フリー圧電材料の開発を進めるための足掛かりとなる知見を提供しています。特に、Caは人間の骨の主成分となっている元素であり、生体親和性が非常に良いです。Pbの役割をCaに担わせることができれば、環境や人体に優しい圧電材料の開発につなげることができます。さらに、BCZTではCa原子のサイズが小さいことがポイントとなっていたことから、このアイデアに基づいた新しい元素の組み合わせが見つかるかもしれません。この研究により、鉛フリー圧電材料の探索と創生が一層加速すると期待されます。

【今後の展望】
 今後は、BCZTを構成するCa以外の元素についても、蛍光X線ホログラフィーで解析を進める予定です。さらに、電圧を印加した状態で原子の変位を観測する、「その場測定」についても技術開発を進めています。この技術が確立できれば、様々な圧電材料の性能発現メカニズムの更なる詳細を解明できると考えています。

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費 学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」(代表者:林好一)等の支援を受けて実施しました。


【用語解説】

1)圧電材料
 図4に示すように、外部から変形を与えると電圧を発生し、逆に電圧を与えると変形する材料。これらの効果はそれぞれ圧電効果、逆圧電効果と呼ばれる。圧力センサー、アクチュエーターなど広く使われている。

図4

図4 圧電材料の示す圧電効果と逆圧電効果の模式図。

2)エネルギーハーベスティング
 身の回りの環境から電気エネルギーを取り出して利用することを指し、エネルギー問題解決のための鍵となる技術として注目を集めている。圧電材料を利用して歩行によって発生する振動エネルギーを電気エネルギーに変換する技術や、熱電材料によって排熱を電気エネルギーに変換する技術などがある。

3)蛍光X線ホログラフィー
 ホログラフィーは物体を三次元的に可視化する手法である。紙幣やクレジットカードの偽造防止など身の回りで活用されている。図5の「可視光の場合」に示すように、まず、物体に散乱された光(物体波)と散乱されずに通過した光(参照波)との干渉パターンを写真乾板などに記録する。この干渉パターンはホログラムと呼ばれ、元の物体の立体的な情報が含まれている。ホログラムに参照波を照射することで、元の物体があたかもそこにあるかのように、三次元的な像を再生することができる。蛍光X線ホログラフィーは、この技術を原子レベルのスケールに応用したものである。図5の「X線の場合」に示すように、標的元素(今の場合Ca)にX線を照射すると蛍光X線と呼ばれるその元素固有の電磁波が発生する。蛍光X線が周辺原子に散乱された波が物体波、散乱されずに通過した波が参照波に相当し、これらの干渉パターンをX線検出器で記録することでホログラムを取得する。このホログラムには、立体的な原子配列の情報が含まれている。ホログラムに像再生アルゴリズムを適用することで、標的元素周りの3次元的な原子配列を再生することができる。

図5

図5 可視光およびX線をつかったホログラフィーの原理。

4)分極
 正負に帯電した原子の位置が電場によってわずかに変位することを指す。より正確にはイオン分極と呼ばれる。BCZTの場合、Ba, Ca, Zr, Tiが正に帯電した原子、Oが負に帯電した原子である。このわずかな変位が圧電性の起源となっている。

図6

図6 圧電材料内の分極の模式図。

5)大型放射光施設SPring-8
 理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、X線の強度が通常の装置よりも何桁も強いため、ホログラムのような微弱なシグナルを精度よく観測するのに大いに役立っている。また、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

6)Å(オングストローム)
 長さを示す単位。1 cm の1億分の1の長さで、おおよそ原子の大きさのスケールに対応する。



 

本件への問い合わせ先
(研究に関すること)
名古屋工業大学大学院工学研究科 工学専攻物理工学系プログラム
 助教 木村耕治
  TEL:052-735-5362
  E-mail:kimura.kojiatnitech.ac.jp

名古屋工業大学大学院工学研究科 物理工学専攻
 教授 林好一
  TEL:052-735-5308
  E-mail: hayashi.koichiatnitech.ac.jp

名古屋工業大学大学院工学研究科 生命・応用化学専攻
 教授 柿本健一
  TEL:052-735- 7734
  E-mail: kakimoto.kenichiatnitech.ac.jp

高輝度光科学研究センター(JASRI)放射光利用研究基盤センター
 回折・散乱推進室
 主幹研究員 田尻寛男
  TEL:0791-58-2785
  E-mail:tajiriatspring8.or.jp

広島市立大学 大学院情報科学研究科 情報工学専攻
 准教授 八方 直久
  TEL:082-830-1553
  E-mail:happoathiroshima-cu.ac.jp

(広報に関すること)
名古屋工業大学 企画広報課
  TEL:052-735-5647
  E-mail: pratadm.nitech.ac.jp

広島市立大学 企画室(企画グループ)
  TEL:082-830-1666
  E-mail:kikakuatm.hiroshima-cu.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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