高強度アルミニウム合金の破壊防止法を確立 ~そのさらなる高性能化、軽量化の実現に道~(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年02月09日
- BL20B2(医学・イメージングI)
2022年2月9日
九州大学
岩手大学
京都大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)
科学技術振興機構(JST)
ポイント
① 金属に水素が入り込むと、その強度が低下します。「水素脆化」と呼ばれるこの現象により、航空機や鉄道などに用いられる高強度アルミニウム合金のさらなる高強度化は、3四半世紀の間、停滞しています。
② 最近解明された水素脆化のナノレベルの機構に基づき、水素脆化が有効に防止できることが分かりました。これは、ありふれた元素からなる化合物の粒子に水素を吸蔵させ、水素脆化の元となるナノ粒子の水素を低減するというものです。
③ 安価な添加元素で済むため、提案法は、アルミニウムの水素脆化を防止できる工業的手法となり得ます。これにより、高強度アルミニウム合金のさらなる高性能化や構造部材の軽量化が期待できます。また、リサイクル材の利用などと組み合わせることで、資源やエネルギーの節減、コスト削減なども期待されます。
高強度アルミニウム合金は、航空・宇宙分野や、新幹線、スポーツ用品などに広く使われてはいるものの、水素脆化(※1)や応力腐食割れと呼ばれる、水素が関係する破壊現象のため、そのさらなる高性能化が阻まれていました。 【論文情報】 |
【研究の背景と経緯】
図1の様に、アルミニウムの強度は長らく大幅には向上していません。これは、鉄鋼の強度が飛躍的に向上しているのとは対照的です。例えば、航空機などに用いられるアルミニウム合金(Al-Zn-Mg-Cu)では、添加する亜鉛(Zn)量を増やせば強度が増すことは、以前から知られていました。しかし、それではアルミニウム合金中の水素が水素脆化による破壊を誘発し、実用に耐えられませんでした。つまり、水素が材料の強度に及ぼす影響を解明すれば、最終的にはアルミニウム合金の高強度化にもつながります。しかし、水素は最も小さな元素で、その存在を可視化したり解析したりすることは非常に困難なため、長らく様々な対立する学説が発表されるも、どれも確証を欠くという状況にありました。近年、軽量かつ高強度な炭素繊維複合材料(CFRP)が航空機などの新たな構造部材として使われています。しかし、製造・加工・修理のコストと信頼性の観点から、軽量で高強度なアルミニウム合金の開発が期待されてきました。
図1 金属材料の強度向上の歴史
では、水素を取り除けば良いと思われるかも知れません。しかし、図2に示すように、アルミニウムの液体と固体では水素が溶ける量が20倍近く異なるため、固体のアルミニウムには多量の水素が含まれます。しかも、水素が材料の特性に悪影響を及ぼすからと言って、水素を除去することも容易ではありません。そこで、たとえ水素が多量に含まれていても高性能なアルミニウム合金を得られる手法が望まれていました。
アルミニウム合金の水素脆化は、長らく転位と呼ばれるナノレベルの欠陥に起因して生じるとされていました。研究グループは、これまで大型放射光施設SPring-8でのBL20B2における4D観察とスーパーコンピューターを用いた原子シミュレーションを組み合わせ、ナノ粒子(化学組成:MgZn2)が水素脆化を引き起こすことを報告しました(※5令和2年4月7日プレスリリース)。これは、これまで水素が存在しないと考えられてきたナノ粒子に材料中のほとんどの水素が集まり、この水素の集中によってナノ粒子の自発的な破壊が生じ、アルミニウムの破壊につながるという興味深いものでした。
【研究の内容と成果】
ナノ粒子の自発的破壊という興味深い破壊機構に基づけば、アルミニウムの水素脆化を防止するためには、水素脆化をもたらすナノ粒子よりも水素を引き付け易い場所を導入すれば良いことになります。
研究グループは、再びスーパーコンピューターを用いた原子シミュレーションを駆使し、アルミニウムと銅、鉄の3つの元素を含むミクロ粒子(化学組成:Al7Cu2Fe)から成る「水素脆化防止剤」がナノ粒子よりも水素を引き付け易いことを発見しました(図3。専門的には、水素トラップエネルギーがナノ粒子の0.35~0.55eVに対し、Al7Cu2Feでは0.56eV)。
図2 アルミニウム(図中Al)、鉄(Fe)、銅(Cu)への水素の溶解度(水素が金属にどのくらい溶けるか)。
アルミニウムのみがその融点(670℃程度)で水素の溶解度が大きく変化するため、固体のアルミニウムには水素が多量に含まれる。黄色のバンドは、実用されているアルミニウムの常温での水素濃度。固体のアルミニウムには多量の水素が含まれ、除去もできない
図3 大型計算機で解析した材料各部位の水素濃度。
ミクロ粒子(Al7Cu2Fe)が水素を引き付け、多くの水素を蓄える
図4 ミクロ粒子添加前後(左:前、右:後)でのナノ粒子、ミクロ粒子の水素量変化
図4に示すように、ミクロ粒子を導入することで、水素脆化を引き起こすナノ粒子にある水素が全体の94.5%から34.6%に激減し、ミクロ粒子にアルミニウム中の大多数の水素(63.4%)が集中することを明らかにしました。この発見は、別に特許として申請しています(「アルミニウム合金材およびアルミニウム合金材の水素脆化防止剤」、令和3年6月2日国際出願、発明者:戸田裕之、清水一行等)。
しかし、水素を多く含むアルミニウム合金が水素脆化により破壊するように、水素を多く含むミクロ粒子「水素脆化防止剤」自体も水素脆化により破壊する可能性があり、もしそうなら、かえってアルミニウム合金の特性を低下させかねないという強い懸念がありました。そこで研究グループは、アルミニウム合金中の水素濃度を極限的に高めた後、大型放射光施設SPring-8での4D観察で1本の試験片に含まれる約10万個の「水素脆化防止剤」のミクロ粒子の破壊挙動を調べました(図5)。
図5 ミクロ粒子の破壊の高分解能4D観察
その結果、力がかかった時にサイズの大きな「水素脆化防止剤」ほど高い割合で優先的に破壊し、より微細な粒子は破壊しないという、一般的に水素が無い場合に見られるものと同様の傾向がはっきりと現れました(図6)。これにより、「水素脆化防止剤」の水素脆化は生じず、「水素脆化防止剤」による水素脆化防止が有効に機能することが明らかになりました。
図6 高分解能4D観察による10万個のミクロ粒子の破壊割合(縦軸)と直径(横軸)の関係
【今後の展開】
提案する水素脆化防止法は、実用的なアルミニウムでも有効に機能すると期待されます。これは、アルミニウム合金のさらなる高強度化を可能にし、カーボンニュートラル時代に各種輸送用機器などで加速する軽量化を実現するための重要な手段になると期待されます。
それだけではありません。アルミニウムは、その製錬に大きな電力を必要とするため、アルミニウムのリサイクルによりその製造に投入するエネルギーを抑制できることは、カーボンニュートラルに大きく貢献します。しかしながら、アルミニウムのリサイクル時には鉄の混入が不可避的に生じ、鉄濃度が上昇してアルミニウムの特性が低下してしまうことからアルミニウムのリサイクルが拡大しない要因の一つとなっていました。この研究成果を応用し、リサイクル時に増える有害な鉄を有益な水素脆化防止剤として活用することで、高強度なアルミニウムのリサイクルを促進する効果も期待されます。
現在、アルミニウムの水素脆化の防止のためにさらに有効なミクロ粒子を探すべく、原子レベルの大規模シミュレーションによる探索を進めています。Al7Cu2Feよりさらに水素を引き付け易い粒子も見つかり始めています。
【用語解説】
(※1)水素脆化
金属材料に水素が入り、破壊が促進されて強度が低下するなどし、伸びが減少する現象。アルミニウム合金や鉄鋼材料をはじめ、多くの金属材料で報告されています。そのメカニズムには不明な点が多く、未だに多くの研究者が精力的に研究に取り組んでいます。
(※2)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する、播磨科学公園都市(兵庫県)にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。放射光とは、電子を光速とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、超強力な電磁波のことです。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い研究が行われています。
(※3)CT
Computed Tomography(コンピューター断断層撮影法)の略語。病院では骨や臓器を3Dで観察するのに用いられます。一方、SPring-8では、金属材料の組織の超高分解能3D観察が可能で、病院のCT装置に比べて、千~1万倍も高い解像度での観察ができます。
(※4)4D
四次元。3D(三次元)に時間軸を足したものです。4D観察は、一眼レフカメラの連写の様に3D画像を連続的に取得することです。現実の物体は全て3Dであり、4D観察ではその変化を克明に記録することができるため、様々な現象の理解や解明に非常に有効な手段となります。
(※5)令和2年4月7日プレスリリース
アルミニウムの自発的破壊現象の解明
~水素でアルミがもろくなる原因の解明と、計算科学による高強度合金への期待~
https://www.kyushu-u.ac.jp/ja/researches/view/439
【謝辞】
本研究は、JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)CREST、JPMJCR1995の支援を受けたものです。また、本研究の一部は、JSPS科研費 JP21H04624の助成を受けています。
【研究グループ】
九州大学 大学院工学研究院 機械工学部門 | 主幹教授 | 戸田 裕之 | (トダ ヒロユキ) |
特任助教 | 王 亜飛 | (ワン ヤフェイ) | |
岩手大学 理工学部 物理・材料理工学科 | 助教 | 清水 一行 | (シミズ カズユキ) |
高輝度光科学研究センター 散乱・イメージング推進室 顕微・動的画像計測チーム | |||
主幹研究員 | 竹内 晃久 | (タケウチ アキヒサ) | |
主幹研究員 | 上椙 真之 | (ウエスギ マサユキ) | |
京都大学 大学院工学研究科 材料工学専攻 | 助教 | 平山 恭介 | (ヒラヤマ キョウスケ) |
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