バイオ素材の生産を効率化する酵素の発見 -温泉土壌メタゲノム解析で得られた超耐熱性セルロース分解酵素-(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年03月22日
- BL38B1(構造生物学III)
2022年3月22日
株式会社ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン
公益財団法人かずさDNA研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
【研究成果のポイント】
・“第2世代”バイオ素材生産技術の肝となるセルロース分解酵素において最高の耐熱性を有する
・今後、食料と競合する“第1世代”とは異なるバイオ燃料の生産効率化に期待
ホンダ・リサーチ・インスティチュート・ジャパン、かずさDNA研究所、高輝度光科学研究センターを主体として構成する研究グループは、95℃の高い耐熱性を有する新たなセルロース分解酵素(セロビオヒドロラーゼ)を環境中から発見し、セルロースを原料とするバイオ燃料やバイオプラスチックの生産効率化に有用な性質を持っていることを明らかにしました。 【論文情報】 |
【研究の背景】
持続可能な脱炭素社会の実現において、化石燃料に依存しない再生可能なエネルギーや原材料への転換が急務となっています。例えばバイオプラスチックは、現在の主流である「第1世代」の生産方法では、サトウキビの糖分やトウモロコシのデンプンを原料にして作っており、食料との競合が指摘されています。この課題を解決するため、非可食の植物系バイオマスの主成分で難分解性のセルロースを利用する「第2世代」の方法が研究されています。
第2世代の方法では、セルロース分解酵素を複数混ぜた「酵素カクテル」を使って、高分子のセルロースを単糖であるグルコースに分解します(図1)。しかし、トウモロコシに含まれるデンプンとは異なり、セルロースは集合すると結晶性を有する特徴をもち、ヒトなどの多くの生物はそれら結晶を酵素で消化できません。このため、木材を腐らせる菌(腐朽菌)に由来するような複数の分解酵素の協同が必要です。そのなかでも、集合したセルロースに取り付いて分解させるセロビオヒドロラーゼと呼ばれる酵素の性質が鍵となります。工業生産では高温で酵素反応を行うことが好ましいとされますが、酵素はタンパク質由来の性質のため、高温になるほど構造が破綻し、働きも失われます。このため高温条件で働く熱に耐える酵素(耐熱性酵素)の探索や人工的な改良が進められています。
【研究内容と成果】
そこで、今回新しい耐熱性セロビオヒドロラーゼを発見し、その働きを分析しました。
期待する性質を持つ酵素を遺伝子のプールである自然環境から探索するため、宮城県鬼首温泉付近の河川の堆積物を採取しました(図2)。それに含まれる遺伝子をすべて次世代シーケンサーで読み取り、所望の酵素に類似した核酸配列を探索すると、多数の候補が見つかりました。これらすべてを大腸菌のタンパク質発現系を用いて調製を試みたところ、2種類の酵素たんぱく質を得ることができました。
これを調べたところ、これまでに発見されていた酵素には見られない、水が沸騰する温度に近い95℃の高温で働く性質があるものを1つ見出しました。この性質はセルロースの分解には有利な条件です。さらに立体構造を大型放射光施設SPring-8 BL38B1にて調べた結果(図3)、この酵素は高温でも構造を維持するために、塩橋と呼ばれるアミノ酸側鎖の正負の電荷による相互作用や、土壌にも存在するカルシウムやマグネシウムのイオンの結合を多く有すること、セルロースへの結合や熱安定性の維持に有用なトリプトファン残基の存在も明らかになりました。
【今後の展開】
今回の研究から、第2世代のバイオ素材を生産するのに有用な耐熱性酵素を見出すことができました。この分子の構造をもとに、耐熱性をもつ酵素を設計する指針になると考えられます。さらにこの情報を活用して、他の機能を持つ酵素を組み合わせて、より有効な酵素カクテルが作られ、効率的なセルロース糖化が実現されることが期待されます。
図1.セルロースの酵素分解
天然に見られるセルロースはその線維が束になっていて、解すのが難しい。このために複数の酵素が協同して分解していく必要がある。
図2.試料採取場所の様子
宮城県鬼首温泉付近の河岸
図3.解析された酵素の構造
一般に、タンパク質は弱い化学結合によって長い鎖が折りたたまれて球状の構造をとる。本酵素はセルロース鎖(橙色)から連続的に糖鎖を切断できるようにトンネル構造を有し、耐熱性を持たせるために金属イオン(青色)を配位するなど種々の構造的な特徴を持っている。
【用語解説】
※1 バイオ燃料
植物等から得られる糖分を発酵により変換したバイオエタノールと、主に植物油を主成分とするバイオディーゼルからなります。バイオエタノールは、食料にもなるサトウキビやトウモロコシの糖分を用いる「第1世代」と植物系廃棄物や草木など非可食性バイオマスを原料とする「第2世代」があります。また、「第3世代」と称される微細藻類バイオ燃料も注目を集めています。
※2 バイオプラスチック
植物由来成分を原料としたプラスチックと生分解性を持つプラスチックの総称です。例えば、3Dプリンタでも使われるポリ乳酸(PLA)は、糖分を発酵により変換した乳酸から作ることができます。
※3 セルロース糖化
植物細胞壁の40%程度を占めるとされるセルロースは、デンプンと同じくグルコースを単糖とした高分子です。しかし、人間も消化できるデンプンと異なり、これを効率的に分解する酵素は木材を腐らせる腐朽菌など限られた生物に存在します。また、セルロースは集合すると堅くなる結晶性を有するため、常温での酵素分解処理には、多くの酵素群の競合的な作用が必要と考えられています。なかでも、セルロース鎖に取り付いて二糖ずつ切断するセロビオヒドロラーゼはこの糖化プロセスの鍵酵素の一つとされています。
※4 メタゲノム解析
従来、微生物の遺伝子解析では単離培養された試料を対象としていましたが、超高速に遺伝子を解読する能力を有する次世代高速シークエンサーの開発により、複数の生物の遺伝子をまとめて解読するメタゲノム解析が可能となりました。これによって、特定の環境に生息する微生物の集まりである微生物叢(マイクロバイオーム、フローラ)のように、培養条件が明らかでない微生物群からも遺伝情報を得ることができるため、今回のような新規有用遺伝子の発見にも活用されています。
※5 タンパク質結晶構造解析
遺伝子からの最終生成物であり生体機能を実現するタンパク質について、原子レベルでの3次元立体構造を決定する実験手法の一つで、X線による結晶の回折現象を利用します。現在は放射光施設の高輝度X線利用が一般的となっています。
※6 大型放射光施設SPring-8
SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設です。また利用者選定などは高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速するシンクロトロンにおいて、電子の進行方向を電磁石によって曲げたときに発生する、細く強力な電磁波(光)のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
また、2021年8月には「SPring-8・SACLA グリーンファシリティ宣言」をリリースしました。これは、持続可能な開発目標(SDGs)や2050年カーボンニュートラルの実現に向けた産官学利用者の研究開発活動を従来に増して強力に支援するものであり、我が国のこれからの発展に貢献してまいる所存です。
https://www.riken.jp/pr/news/2021/20210823_2/
http://www.spring8.or.jp/ja/news_publications/press_release/2021/210823/
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