金属の破壊はなぜ起こるのか?複合的な3D可視化技術により解析 -定説と異なる真の破壊メカニズムを明らかに-(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年03月25日
- BL20XU(医学・イメージングII)
2022年3月25日
京都大学
高輝度光科学研究センター(JASRI)
科学技術振興機構(JST)
金属材料が使用されている自動車や飛行機において、金属の破壊は重大な事故に繋がる恐れがあることから、その破壊メカニズムについて古くから研究が行われてきました。しかしながら、従来の手法では、破壊が「いつ」、「どこから」、「どのように」発生・進行していくのかを完全には理解できていないのが現状でした。 <論文タイトルと著者> |
図 3Dイメージング技術の実験・解析の流れ。
(左)実験装置の模式図(中)金属材料の結晶粒の3D再構成像。色は結晶粒の向きを表しています。(右上)破断面の中で格子面と考えられる平坦な領域を黄色、その中でもより平坦な領域を赤色で抽出しています。(右下)赤色の領域の破断面の向きを表しています。定説とされていた破壊メカニズムでは、破断面はある特定の向きに集中するとされていましたが、本結果ではランダムに配向していました。
1.背景
鉄鋼材料やアルミニウム合金などの金属材料は、工場の生産設備、機械装置類、自動車、航空機、電気製品などあらゆる製品に利用されています。自動車や航空機といった輸送機器では、金属材料の破壊により重大な事故に繋がる恐れがあります。特に、水のある環境で金属材料内部に水素が侵入することで金属材料が脆くなり発生する脆性破壊注1は、外形の変化などの前触れもなく起こるため実用的に非常に危険です。そのため、その破壊メカニズムについては、以前から国内外で広く研究が行われてきました。従来の破壊メカニズムは、破断面を観察することで推測されていました。しかしながら、この手法では破壊した後の解析であるため、破壊が「いつ」、「どこから」、「どのように」発生・進行したのかを完全には理解できません。また、脆性破壊は高強度材料ほど発生しやすいことから、材料のさらなる高強度化を進めていくためにも、真の破壊メカニズムの解明が望まれています。
破壊は金属材料の内部もしくは外部から発生し、内部を進行していくため、破壊メカニズムを完全に理解するためには、金属材料内部を含め破壊現象を3D注2で直接観察する必要があります。また、破壊現象と材料の組織、特に結晶粒注3は密接に関わっています。実用材の多くは、結晶粒が集まって形成されている多結晶材料であり、そのサイズや形状、結晶の向き、空間的な分布を制御することで、破壊への抵抗を向上させています。したがって、破壊メカニズムを解析するためには、「破壊の発生・進行の3D直接観察」と「結晶粒の3D情報の取得」を1つの試験片から同時に行う必要があります。
2.研究手法・成果
本研究では、放射光注4を用いたマルチモーダル3Dイメージング技術を開発しました。研究グループは、大型放射光施設SPring-8注5のBL20XUにおいて、X線CT注6とX線回折コントラストトモグラフィー法注7(X-ray Diffraction contrast Tomography:以下“DCT”と表記)を同時に同一試料に対して実施できる実験装置を構築しました。X線CTでは破壊位置の特定およびその発展の様子を、DCTでは結晶粒の形態、向きの情報をそれぞれ画像として取得できます。図1は、実際のセットアップの写真です。2台のカメラがそれぞれX線CT用、DCT用であり、これらを必要に応じて切り替えることで同一の試験片から破壊の発生・進行と結晶粒の3D情報を得ることができます。図2は、X線CTにより得られた像を、再構成したものです。負荷が大きくなるにつれて亀裂(破壊)が進行している様子を3Dで確認することができます。X線CTにより得られた亀裂進展の様子から、変形を加える前の初期状態の試験片における破断面の位置を特定することが可能です。図3(a)は、DCTで得られる結晶粒の3D再構成像です。図中の個々の結晶粒の色は結晶の向きを表しており、他にも結晶粒の形状・サイズや分布といった3D情報を得ることができます。本技術では、特定した破断面と結晶粒の3D情報を組み合わせて、破断面の解析を行います。
本技術を、水素が侵入した高強度アルミニウム合金の脆性破壊メカニズムの解析に適用したところ、従来、定説とされていたメカニズムとは異なる結果が得られました。具体的には、水素が侵入した高強度アルミニウム合金の脆性破壊では、転位と呼ばれるナノレベルの欠陥に水素が集まり、転位が結晶粒のある特定の格子面で活発に動くようになり、最終的に格子面で分離が起こるため、破断面に格子面が現れるとされていました。図3(b)は、破断面の画像とその破断面の中から平坦な格子面と考えられる領域を黄色と赤色で示しています。図3(c)において、その赤色の領域の破断面の向きを黒丸、転位が動く特定の格子面の向きを白丸で表しています。転位に水素が集積しているとすると、特定の格子面が破断面に現れるようになるため、破断面の向きは白丸付近に集中しますが、今回の実験の解析の結果、破断面の向きはランダムに分布していることが明らかになりました。したがって、水素が侵入した高強度アルミニウム合金の脆性破壊メカニズムは、定説であった転位に起因するものではないということを証明しました。この結果は、アルミニウム合金中の水素は転位には集まらないというスーパーコンピューターを用いた原子シミュレーションともよい一致を示しており、マルチモーダル3Dイメージング技術により、高強度アルミニウム合金の真の脆性破壊メカニズムを解明しました。
3.波及効果、今後の予定
本研究で開発されたマルチモーダル3Dイメージング技術は、金属材料の破壊現象だけでなく、温度や圧力を変化させた時の金属内部組織の変化や腐食といった金属の化学反応を理解するための、非常に画期的な手法です。今回の研究と同様に、従来の2Dでの観察では完全には解析できない現象でも、3Dかつ時間変化を直接観察できることで新たな知見が得られると期待しています。それだけではなく、材料設計の観点においても、本技術は非常に有用です。X線CT、DCTで得られる情報は非常に膨大であり、それらの情報を統計的に解析していくことで、材料設計の指針を得ることも可能であると考えています。
4.研究プロジェクトについて
本研究は、JST(国立研究開発法人 科学技術振興機構)CREST、JPMJCR1995の支援を受けたものです。また、本研究の一部は、JSPS科研費 17H01328の助成を受けています。
<用語解説>
(注1)脆性破壊
金属材料の変形には2通りあり、材料に加える外力が一定の値以下だと外力を取り去ったとき元の形に戻る弾性変形と、外力が一定の値以上になると元の形に戻らない塑性変形があります。塑性変形をほとんど伴わない破壊のことを脆性破壊といいます。ガラスやセラミックスの破壊が典型的な脆性破壊です。
(注2)3D
3 Dimensional(3次元)の略語。2Dも同様です。
(注3)結晶粒
金属材料の多くは、原子が周期的な3次元格子状に配列した微結晶が集まって形成されています。その微結晶のことを結晶粒といいます。
(注4)放射光
放射光とは、ほぼ光速で直進する電子の進行方向を、磁石によって曲げたときに発生する超強力な電磁波(赤外線、可視光線、紫外線、X線)のことです。
(注5)大型放射光施設SPring-8
播磨科学公園都市(兵庫県)にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っています。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い研究が行われています。
(注6)CT
Computed Tomography(コンピュータ断層撮影法)の略語。病院では骨や臓器を3Dで観察するのに用いられます。一方、SPring-8では、金属材料の組織の超高分解能3D観察が可能で、病院のCT装置に比べて、千~1万倍も高い解像度での観察ができます。
(注7)X線回折コントラストトモグラフィー法
物質のX線回折現象を利用した結晶粒の形態と向きを非破壊で得る手法。X線回折は、結晶にX線を照射するとある特定の結晶格子でX線が回折する現象です。X線回折で得られる情報は多岐にわたっており、今回の研究で用いた結晶の向きだけでなく、物質の同定、材料に内在する歪みなどがあります。
<研究者のコメント>
放射光を用いた金属材料の研究は、日本国内でもメジャーになりつつあるものの、欧米と比較すると未だマイナーです。本技術だけでなく、これまで観察・測定できなかったものが可能となる様々な技術が放射光にあるので、研究者には是非活用していただきたいと思います。(平山)
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