地球内部に最も多いブリッジマナイトの粘性率の決定 ~火山や地震に影響を与えるマントルダイナミクスの解明に前進~(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年03月31日
- BL04B1(高温高圧)
2022年3月31日
岡山大学
愛媛大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
・地球マントルは対流しており、ブリッジマナイト【用語1】は地球内部で最も多い鉱物であり、その対流に大きな影響を与えています。
・本研究では、ブリッジマナイトの粘性率【用語2】を変形実験により直接測定し、多様な条件下でのブリッジマナイトの粘性率を求めました。
・ブリッジマナイトの粘性率の決定により、地球内部構造とその進化の詳細に大きな制約を与えることができるようになりました。
岡山大学惑星物質研究所の辻野典秀助教、山崎大輔准教授、芳野極教授と愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センターの西原遊教授、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の肥後祐司主幹研究員、丹下慶範主幹研究員の共同研究グループは、地球内部で最も多く存在する下部マントルの最主要鉱物であるブリッジマナイト多結晶体の粘性率を、高温高圧下条件下での変形実験によって決定しました。これにより、これまで地球物理学的観測により報告されていた下部マントルの高粘性率はブリッジマナイトの粘性率でよく説明できることが明らかになりました。さらに、これまで十分に制約することのできなかった地球マントル深部での差応力や鉱物の粒径を初めて見積もることが可能となり、下部マントルの大部分は上部マントルなどとは独立に対流していることが明らかとなりました。 論文情報 |
<現状>
岩石層である地球マントル【用語3】は対流をしており、プレートの沈み込みやプルームの上昇を通じて火山活動や地震活動を引き起こしています。その地球マントルの対流を理解する上で、マントルのレオロジー(流動特性)を知ることは必要不可欠です。特に、レオロジーの中でも粘性率は対流の速さを明らかにするうえで重要な要素であり、直接的な実験に基づく解明が必要と考えられていました。
図1に示すように地球マントルは地震学的観測および鉱物学的検討から3つの層に分けられており、深さ660 km以深の下部マントルはマントル全体の約70 %を占めますが、その下部マントルのおよそ77 %はブリッジマナイトという鉱物が占めます。地球物理学的観測から下部マントルが高い粘性率を持つことが知られており、ブリッジマナイトは下部マントルの最主要鉱物であることから、下部マントルの高粘性率はブリッジマナイトによるものと考えられていました。一方で、間接的な粘性率の見積もりにより、ブリッジマナイトは遷移層や上部マントルの鉱物よりも低い粘性率を持つことが示唆されていましたが、これは大きな不確定性を含んでいました。そこで、実験的に直接粘性率の測定することが待ち望まれておりました。
<研究成果の内容>
ブリッジマナイトは下部マントルの圧力条件に相当する23万気圧以上で安定的に存在できる鉱物です。そのため、ブリッジマナイトのレオロジーを直接調べるには23万気圧以上の高圧力条件下での測定が必要不可欠になります。そこで、我々の研究グループでは、日本発祥の大型高圧発生装置である川井式マルチアンビル型高圧発生装置を、高圧力と同時に変形も可能な試験機へと改良しました。さらに大型放射光施設SPring-8【用語4】のBL04B1や高エネルギー加速器研究機構KEK・PF-AR【用語5】のNE7Aから得られる高輝度X線を用いた応力・歪量の測定技術を組み合わせることによって、下部マントルに相当する高温高圧条件下での変形実験中の粘性率の測定を可能にしました。この技術に基づいて、世界で初めてブリッジマナイトの粘性率を決定することに成功しました。
ブリッジマナイトは、間接的手法による見積もりからは上部マントルや遷移層の主要鉱物よりも粘性率が低いとされてきましたが、本研究の直接測定による結果から他のマントル主要鉱物よりも高い粘性率を持つことが明らかとなりました(図2参照)。また、本研究で決定されたブリッジマナイトの粘性率を基に見積もると、下部マントル中での応力条件とブリッジマナイトの結晶粒径はそれぞれ0.02-0.3 MPaと3-8 mmであることが明らかとなりました。このブリッジマナイトの結晶粒径は、下部マントルが上部マントルや遷移層と一体となって全マントル規模の対流を起こしているのではなく、下部マントルの大部分はその内部で独立に対流していることを示しています。最近、下部マントルには二酸化ケイ素に富んだ太古の岩石が存在するという地球内部進化モデルが提案されていますが、今回の結果はこれと調和的です。(図3参照)
<社会的な意義>
地球内部は対流しており、この対流によって地球表層の火山活動や地震活動が引き起こされています。現在の地球マントルの描像は地震学的観測により詳細が明らかとなってきましたが、これらの観測は現在の地球内部の「スナップショット」にすぎず、現在も進行中のマントル対流に伴う地球表層環境の変化を知る上では、地球誕生から現在までの地球内部進化を知ることが必要となります。本研究で行った地球マントルで最も多いブリッジマナイトの粘性率の測定は地球内部の対流様式を理解するために重要な基礎情報であり、火山活動や地震活動が活発な日本列島の形成・進化過程の理解にも繋がります。
研究資金
本研究は、下記の支援を受けて実施しました。
・日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究(B)18H01314 研究代表者:辻野典秀
・JSPS科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案)18H04369 研究代表者:辻野典秀
・JSPS科学研究費補助金 基盤研究(S)21H04966 研究代表者:芳野極
・JSPS科学研究費補助金 新学術領域研究(研究領域提案型)15H05827 研究代表者:芳野極
図1. 地球マントルとその主要鉱物
図2.マントル鉱物を一定速度で変形させるために必要な応力(クリープ強度)
図3.本研究で明らかとなった地球内部の対流様式
惑星としての「地球」の成り立ちを知るためには、空を見上げて天体観測や探査機を飛ばして調査する方法だけでなく、下を見ながら地球内部から噴出したものを採取し、それらを調べる方法もあります。後者は前者に比べて地味ですが、後者も日本は世界最先端を走っています。ぜひ、注目してください。
補足説明
1) ブリッジマナイト
深さ660-2900 kmに広がる下部マントルの最主要鉱物(77体積%)であると考えられている鉱物です。主な化学組成は(Mg,Fe)SiO3であり、結晶構造はペロブスカイト型構造です。2014年に国際鉱物学連合によりブリッジマナイトという名称が承認された。この名称は高圧物理学でノーベル物理学賞を受賞したパーシー・ブッリジマンに由来します。
2) 粘性率
地球マントルは固体である一方、長時間においては、液体のように流動しています。その流動のしにくさを粘性率と呼び、粘性率の数値が大きいほど粘りけが強く流動しにくいことを示します。レオロジー(流動特性)の重要な要素の一つです。
3) マントル
地球型惑星の金属核の外側に広がる岩石層。地球において、大陸地域では地表下30-70 kmから、海洋地域では海底面下約7 kmから約2900 kmの深さまでに広がっています。また、地震学的観測および鉱物学的検討から深さ410 kmまでを上部マントル、深さ410-660 kmを遷移層、深さ660-2900 kmを下部マントルと呼びます。
4) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設です。また利用者選定、実験支援などは高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8はリング型の大型放射光施設で、電子を光速程度まで加速して得られる非常に強いX線を用いて、様々な研究が行われています。
5) 高エネルギー加速器研究機構KEK・PF-AR
茨城県にある大強度パルス放射光を発生するユニークな放射光源施設。SPring-8と同様に、リング型の施設で、電子を光速程度まで加速して得られる非常に強いX線を用いて、様々な研究が行われています。
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