磁化サイクルを繰り返しても歪まない磁気冷凍材料を開発 -安定に繰り返し使用可能な水素液化システム構築へ-(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年04月01日
- BL25SU(軟X線固体分光)
2022年4月1日
国立研究開発法人物質・材料研究機構
国立研究開発法人科学技術振興機構
国立大学法人東北大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
掲載論文 |
図 水素の液化に必要な全温度範囲(77~20 K)において、大きな冷却効果を示す、Er(Ho)Co2系化合物を基本とした一連の材料を開発しました。
研究の背景
「脱炭素社会」において、二酸化炭素を排出しない太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギーが注目されています。しかし、それらは日中に限られたり、気象条件に大きく左右されたりするなど電力を安定的に供給できないことが大きな課題となっており、再生エネルギーで生み出されたエネルギーを時間的に平準化することが強く求められています。そこで、二酸化炭素を排出せず、長期間安定に貯蔵できる物質に変換することが検討されています。その中でも水素は燃料電池や水素発電でも二酸化炭素を排出しない究極のグリーン燃料です。その場合、大量の水素を貯蔵し、輸送するには、気体状態よりも液体状態で行う方が圧倒的に有利です。今後、液体水素をより社会に普及させるためには、さらなるコストダウンが求められています。現在では、気体の圧縮(発熱)、膨張(吸熱)を繰り返す気体冷凍技術により徐々に水素の温度を下げ液化しています。他方、図1のように磁性体に外部磁場を掛けて整列させた原子磁石が、磁場を消失させた際に向きがバラバラになるために生じる磁気エントロピー(1)の増加分を、周囲(冷媒ガス)からの吸熱で補う現象(磁気熱量効果(2))を利用する方法が磁気冷凍です。この方法は原理的に気体冷凍(冷凍効率25%程度)より高効率な冷却(冷凍効率50%以上)が見込め、大型の圧縮機などを使用しないので装置がコンパクトになり、液体水素の製造コストの大幅減が期待されます。物質・材料研究機構(NIMS)では、磁気冷凍材料開発から、磁気冷凍システムの実証機製作までの開発を進めています。液化温度が20 K(-253 ℃)である水素を冷却するには、常温から液体窒素温度の77 Kまでの温度領域で効率の良い気体冷凍技術により冷却した後、磁気冷凍によって20 Kまで温度を下げます。77~20 Kまでの温度範囲を冷却動作温度が異なる複数の磁気冷凍材料が必要になりますが、磁化と消磁の繰り返しに伴う劣化の少ない材料が求められます。
成果の内容
磁性体ErCo2(エルビウムコバルト)、エルビウムをホルミウムに置換した(Ho1-xErx)Co2系化合物は、磁場を掛けた状態から磁場を消失させたときに原子磁石の向きがバラバラになる程度(磁気エントロピー変化)が、前者で-ΔSm=0.37 J/cm3K(37 K付近における5 T[テスラ]の磁場での等温変化)、後者でも-ΔSm>0.25 J/cm3Kを維持し、77~20 Kの温度領域で動作する磁性体として有望視されてきました。しかし、これらの材料は磁気相転移(図1に模式的に示す)における磁化変化が急峻でそれと同時に起こる構造変化のために内部結晶に大きな体積変化が起こり、冷却サイクルを繰り返すことで材料の劣化が進行することから、長期間安定運転が求められる磁気冷凍システムに組み込むことは困難でした。
図1. 各原子の磁石(原子磁石)の磁場印可による変化(磁気相転移)の模式図
私たちは、これらの問題を解決するために (Ho1-xErx)Co2系化合物のコバルトを同じ3d遷移金属(3)である鉄やニッケルなどでわずかに置換しました。これらの元素は、原子配列の最外殻に同じ価電子構造を持ち、原子半径も近いので置換し易く、他方、ErCo2の磁気秩序にわずかな量でも影響を与えることが知られています。図2に示すように微量の鉄やニッケルなどで置換した物質に磁場を与えたところ、構造変化を伴わずに磁気相転移温度を77~20 Kの間で調整でき、急峻な磁気相転移を緩やかにし、急峻な磁気相転移で引き起こされる体積膨張が起こらないことが実証されました。その例としてErCo2とErCo1.95Fe0.05合金の磁気相転移と体積変化について、極低温X線回折(XRD)および放射光(大型放射光施設SPring-8)(4)のBL25SUを利用した分光測定によって転移温度付近の磁気相転移と結晶体積変化を詳しく解析したところ、ErCo1.95Fe0.05合金ではErCo2で見られたような磁気相転移での大きな体積変化が見られず、ほぼゼロであるため冷却サイクルにおいて材料の劣化を防ぐことが期待できます。
図2. ErCo2系合金の磁気相転移の変化。磁化を1 T [テスラ]の磁場で温度に対してプロットした。ErCo2系でコバルトを鉄やニッケルで置換した系で実施した。左図のErCo2(黒)とErCo1.97Fe0.03(青)は急峻な磁化変化を示していることから、急な磁気相転移と構造相転移が発生している。その他の組成では磁化変化が緩やかなため構造相転移も抑制されている。成分材料配合比率の調整により構造相転移せず、材料の劣化を解消しつつ、磁気相転移温度をErCo2(黒)より高温(図a)や低温(図b)に調整できることを示している。
図3aは、水素を液化するための能動型磁気冷凍 (AMR)システム(5)の模式図です。このシステムには、77 ~20 Kの範囲でそれぞれ大きな冷却効果を発現する球状の磁気冷凍材料を、複数組み合わせて搭載することが必要です。図右から水素ガスなどを流し、各磁気冷凍材料が段階的に冷却し、左端に到達する時にはガス温度は20 Kになります。図3bは、本研究で開発した一連の材料の磁気エントロピーの変化量、すなわち冷却能力を示しており、3d遷移金属でわずかに置換したEr(Ho)Co2系合金は、磁気エントロピー変化(-ΔSm>0.2 J/cm3K)を維持しており、大きな冷却効果を発現し水素の液化に必要な全温度範囲(77~20 K)での動作に適していることが確認されました。開発された材料群は、大きな磁気エントロピー変化を示しかつ体積膨張を引き起こす磁気歪みがほとんどないため、磁気冷凍システムの高効率長時間動作を実現できると期待されます。この発見は、将来のグリーン燃料社会構築に向けて、磁気冷凍冷却技術を用いた水素の液化応用に3d元素置換Er(Ho)Co2系合金群が非常に有望であることを示しました。
図3. a, 水素液化用能動型磁気冷凍装置(AMR)の模式図。b, Er(Ho)Co2系化合物を基本とした3d遷移金属でわずかに置換した一連の材料群の磁気エントロピー変化
今後の展開
AMRシステムは図3aの模式図で示したように、冷媒ガス(水素或いはヘリウムガス)と磁気冷凍材料の熱交換を行う必要があるため、動作温度の異なる直径300 µm程度を持つ試料を大量に用意し、温度勾配に対し多段に配置し、低温側から高温側に熱を移動させ、排熱する必要があります。すでに本課題の磁気冷凍システム開発を担当するグループと協力して、球状試料作製を試みており、冷凍装置で十分作動するレベルを達成しています。2024年度までには本材料群を組み込んだ実証機を完成させる計画です。磁気冷凍による水素液化技術は、液化された水素が輸送・貯蔵の過程で大量に蒸発しないようにする水素再液化(ゼロボイルオフ)を実現する小型・省電力な冷凍機、中・大型高効率水素液化機へと応用が期待されており、これら冷凍機に大量で安価に実装できる磁気冷凍材料の作製技術開発を継続します。
用語解説
(1)磁気エントロピー
磁性体の各原子がもつ磁石(原子磁石)の向きが全体としてどれだけ乱れる/そろっているかを示す量。
(2)磁気熱量効果
磁性体に磁場をかけると各原子がもつ磁石(原子磁石)の向きが一様に揃い、磁気エントロピーが減少しますが、このエントロピー変化に相当するエネルギー分を放熱します(発熱反応)。次に磁場を取り除くと磁力の向きが不規則になり逆に熱を吸収します(吸熱反応)。これらの現象を磁気熱量効果といい、等温変化における磁気エントロピー変化(ΔSm)が大きい磁性体ほど、冷却効果が大きくなります。
(3)3d遷移金属元素
周期表の第4周期で第3族元素(Sc)から第11族元素(Cu)の間に存在する元素の総称で、4sを価電子とし内殻の3d軌道に安定な不対電子を持つことが可能なため多くは常磁性を示す金属元素。
(4)大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
(5)能動型磁気冷凍(AMR)
磁場の印加および消磁の変化によって引き起こされる磁性体の磁気熱量効果と、蓄冷器の役目を兼ねた磁気冷凍材料を利用した高効率冷凍サイクル方式。
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