地球核、鉄とニッケルの密度が過剰に見積られていた -「地球核の軽元素問題」の再考を促す実験結果 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年04月22日
- BL10XU(高圧構造物性)
2022年4月22日
高輝度光科学研究センター
兵庫県立大学
【ポイント】
・地球の内核の主成分である金属鉄とニッケルについて、内核領域を網羅する圧力条件330〜365万気圧を高圧実験で再現し、圧縮特性データの取得に初めて成功した。
・地球の内核条件における金属鉄とニッケルの密度が、これまで数パーセント高く見積もられていたことを明らかにした。
・地球の内核の化学組成や進化の解明が期待される。
公益財団法人高輝度光科学研究センターの平尾直久主幹研究員、大石泰生主席研究員と兵庫県立大学の赤浜裕一特任教授の共同研究グループは、地球の内核の主成分である金属鉄とニッケルに対して、地球中心圧力365万気圧に至る圧力を実験的に再現し、圧縮特性を解明することに初めて成功しました。これまで金属鉄とニッケルの圧縮特性の高圧実験は、圧力発生の技術的難しさによって300万気圧以下の圧力条件に限られており、地球の内核に相当する330〜365万気圧での実験データの取得が大きな課題となっていました。本実験から、地球の内核の圧力領域において、従来考えられてきた金属鉄とニッケルの密度がそれぞれ2.3%、1.5%高く見積もられていたことが明らかになりました。この結果は、地球科学の未解決問題の一つである地球核の軽元素問題の再考を促す非常に重要な成果であるといえます。本研究成果は、米国物理学協会(AIP)が出版する科学雑誌 「Matter and Radiation at Extremes」の2022年4月13日発行のオンライン版に掲載され、米国物理学協会が発行する論文全体対象として,最も顕著な研究結果のみを特集するScilight(science highlight)にも選ばれました。 【論文情報】 |
【研究の背景】
地球の内核は地球内部の最深部に位置し、その圧力環境は330〜365万気圧にも達します(図1参照)。地表から深さ5200キロメートルにある内核は、一見無関係と思われる地表の現象や出来事と密接に関係しています。例えば、地球の磁場(地磁気)は生命に不可欠なものです。その地磁気の持続には、内核の存在が深く関わっています。内核の誕生と進化を解明するためには、地球の内核を構成する物質の性質や化学組成を理解することが重要となります。
これまでの地球物理学的観測データと地球化学的データに基づくと、地球の内核の主成分は金属鉄とニッケルであり、その他軽元素(注1)が含まれていると考えられています。実験室で得られる圧縮特性データ(状態方程式(注2))は、内核の化学組成を制約するために不可欠な物理パラメータです。化学組成の制約は、この状態方程式から計算される密度と、地震波速度データから取得される地球内核の密度の深さ(圧力)プロファイルを比べることで行われます。そのため、状態方程式の信頼性は、見積もられる密度の不確かさに直結し、大きく影響します。また、状態方程式は実験データを取得した圧力範囲を越えて大幅に外挿されると、大きな誤差が生じます。地球の内核を構成する化学組成を解明するためには、内核に相当する圧力条件下で実験データを取得し、信頼性の高い状態方程式を決定することが非常に重要となります。しかしながら、これまで金属鉄とニッケルの圧縮特性データは300万気圧以下の圧力領域に限られていました。数十年間にわたり、地球の内核の圧力領域330〜365万気圧での高品質な実験データの取得が求められていましたが、圧力発生の困難さが課題となり、そのデータ取得は未だ実現されていませんでした。
【研究内容と成果】
本研究グループは今回、ダイヤモンドアンビルセル高圧装置(注3)を用いた高輝度の放射光マイクロX線回折実験(注4)により、これまで報告されていなかった地球の内核の圧力領域330〜365万気圧で、金属鉄とニッケルに対する圧縮特性データの取得に初めて成功しました(図2参照)。実験は、大型放射光施設SPring-8(注5)の高圧構造物性ステーションBL10XUにおいて実施されました。ダイヤモンドアンビルセル高圧装置は超高圧力を実現できる実験装置で、地球や惑星内部の圧力環境を再現することができます。今回研究グループは、対向する二つのダイヤモンドの先端形状を工夫し、その先端径を30 マイクロ(マイクロは100万分の1)メートル以下まで微小化することで、地球中心に相当する圧力条件を達成可能にしました。二つのダイヤモンドの間に挟み込まれる試料は10マイクロメートル程度と非常に小さいため、このような微小な試料から強い信号強度を取得できる大強度の高圧X線回折用X線集光技術が利用されました。高圧下でのX線回折実験は、大気圧から354〜368万気圧の圧力まで実施され、102〜165点と非常に多くの実験データが収集されました。これらの詳細な圧縮実験データに基づいて、地球中心に至る圧力領域で適用可能な信頼性の高い状態方程式が、金属鉄とニッケルについて初めて決定されました。これにより、データを外挿することなく、地球の内核の圧力領域における密度の算出と、地震波観測データの密度プロファイルを直接比較できるようになりました。その結果、地球の内核に相当する圧力領域での金属鉄とニッケルの密度について、データの外挿に基づく従来の実験結果ではそれぞれ2.3%、1.5%高く見積もられていたことが明らかになりました。この研究結果は、地球の内核に存在する軽元素に関して、従来考えられていた存在量の見直しを迫るもので、地球科学上の第一級未解決問題の一つである「地球核の軽元素問題」の解決に向けた大きな一歩といえます。
【今後の展開】
地球内核には軽元素が含まれていると考えられています。それら軽元素と金属鉄やニッケルとの合金に対する圧縮特性データを地球の内核の圧力領域において取得することは、地球内核の化学組成をさらに詳細に制約する重要な役割を果たします。また、近年多くの地球型系外惑星が発見されています。その系外惑星の内部では、地球中心圧力を超える圧力環境が存在します。ダイヤモンドアンビルセル高圧装置は400万気圧を越える圧力を発生できるポテンシャルを持つため、より高い圧力下での圧縮特性データの取得を通して、地球型系外惑星の内部構造の理解への展開も期待されます。
【謝辞
なお、本研究は、日本学術振興会による科学研究費補助金(JP17・6708、JP19740332、JP19K04051、JP17K05550)の助成を受け、SPring-8の利用研究課題として行われました。日本学術振興会および高輝度光科学研究センターの支援に感謝します。
図1.地球内部の構造
図2.本研究から得られた鉄とニッケルの密度と、地震波速度観測モデルから得られる地球内部の密度プロファイル。従来の研究では、今回の実験値よりも数%高く見積もられていた。地球の内核の化学組成の制約に大きく影響する。
【用語解説】
※1. 軽元素
原子量の小さい元素のこと。地球の内核に含まれる元素の候補は、水素、炭素、酸素、ケイ素、硫黄などである。
※2. 状態方程式
物質の温度・体積(密度)・圧力の間に成り立つ関係式のこと。物質の種類毎に異なる。地球や惑星を構成する物質の状態方程式を知ることが、地球や惑星内部の構造や化学組成を制約する鍵となる。
※3. ダイヤモンドアンビルセル
ダイヤモンドを用いた高圧発生装置。最も固い物質とされるダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられる。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料を入れて対向する二つのダイヤモンドアンビルで試料を挟み込むことで高圧力を発生させる。
※4. X線回折実験
規則的に配列した物質中の原子に電磁波(X線)を入射すると、各原子が構成する面の電子からの散乱波が干渉して特定の方向にだけ強い回折波が現れる。これをX線回折現象といい、これにより物質内の原子の配列を調べることができる。超高圧力の発生には試料サイズを小さくする必要があり、高強度・高エネルギーの放射光X線マイクロビームの使用できるSPring-8での実験が必須である。
※5. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターがその運転と利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、光速に近い速度まで電子を加速し、その進行方向を電磁石によって曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8ではこの放射光を用い、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
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