大型放射光施設 SPring-8

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次世代放射光実験中に生じるX線の輝度変動を大幅に低減 -未解決の課題を逆転の発想で解決-(プレスリリース)

公開日
2022年04月25日
  • 加速器他

2022年4月25日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター

 理化学研究所(理研)放射光科学研究センターSPring-8改修検討グループの田中均グループディレクターと高輝度光科学研究センター軌道解析・モニターグループの早乙女光一研究員らの共同研究チーム※は、X線波長領域で回折限界[1]に迫る次世代放射光光源[2]における光の輝度[3]の変動を、精密実験可能なレベルである1%以下にまで低減できる可能性を示しました。
 本研究成果は、現在世界中で建設が進められている高輝度放射光光源の性能を十分に活用するために不可決な技術であり、次世代放射光光源の革新的かつ幅広い成果の創出に寄与するものと期待できます。
 放射光施設では通常、実験ごとに適宜波長などを調整しており、これを独立チューニングと呼びます。この際、電子ビーム[4]軌道上の磁場が変化するのに伴い光の輝度が変動し、精密実験が困難になるという課題がありました。
 今回、共同研究チームは、独立チューニングによる蓄積リング[5]放射減衰[6]の変化を通して電子ビームのエミッタンス[7]が変動することに着目しました。次世代放射光光源では光の輝度を最大化するために、挿入光源設置直線部[8]エネルギー分散[9]がゼロとなる条件が課せられています。この条件を破り、放射励起[10]を発生させるエネルギー分散をあえて導入し、放射減衰の効果を放射励起で相殺することを考えました。輝度を表す物理模型を構築し、その極小条件から輝度変動(エミッタンス変動)を最小化するエネルギー分散値を導き、その最適条件を用いれば、エミッタンス変動が1%以下になることを明らかにしました。
 本研究は、科学雑誌『Physical Review Accelerators and Beams』オンライン版(4月26日付)に掲載されます。

論文情報
<タイトル>
Suppression of Emittance Variation in Extremely Low Emittance Light Source Storage Rings
<著者名>
Toshihiko Hiraiwa, Kouichi Soutome, and Hitoshi Tanaka
<雑誌>
Physical Review Accelerators and Beams
<DOI>
10.1103/PhysRevAccelBeams.25.040703

図1

最適条件により抑制されたエミッタンス変動

※共同研究チーム
理化学研究所 放射光科学研究センター 先端放射光施設開発研究部門
SPring-8改修検討グループ
 グループディレクター  田中 均 (たなか ひとし)
 研究員  平岩 聡彦 (ひらいわ としひこ)
高輝度光科学研究センター 加速器部門 軌道解析・モニターグループ
 研究員  早乙女 光一 (そうとめ こういち)


背景
 2050年のカーボンニュートラル[11]を見据えた産業/エネルギー基盤の早期のグリーン化は人類共通の最優先課題です。グリーン化を加速するには、燃料電池や太陽光発電など、私達の身の回りにある膨大な数のプロセスの動作過程を原子レベルで理解し、効率的に省エネルギー、省資源、脱炭素化を進展させることが不可欠です。
 高エネルギーのX線を用いると、対象物が金属で覆われていてもその内部で何が起こっているか観測でき、私達の身の回りのプロセスの動作過程を調べることができます。原子レベルの空間分解能で観察するには非常に明るい、つまり「輝度」の高いX線が必要になります。この要求に応えるのが、X線波長領域において光の回折限界に近いコヒーレント[12]な高輝度X線を提供する「次世代放射光光源」であり、現在世界中で建設が進められています。
 次世代放射光光源では「エミッタンス」の低い電子ビームが用いられます。エミッタンスとは輝度と1対1に対応する、光源の空間的な大きさを規定する物理量で、エミッタンスが小さいほど輝度は高くなります。従って、次世代放射光光源では、電子ビームのエミッタンスを極限まで下げる必要があります。しかし通常、実験の要請により、独立チューニングと呼ばれる光の波長などの特性の調整がビームラインごとに行われており、それにより輝度(エミッタンス)が不規則に大きく変化し、精密実験が困難になるという課題がありました。

研究手法と成果
 共同研究チームは、実験時の独立チューニングにより輝度、すなわちエミッタンスが大幅に変動する要因が、「放射減衰」の変動にあることに着目しました。電子ビームのエミッタンスは「放射励起」による振動振幅の増大と放射減衰による振動振幅の減少の動的平衡(釣り合い)で決まるため、放射減衰のみが変化すると釣り合うエミッタンスも変わってしまいます。大型放射光施設「SPring-8」[13]などの第3世代放射光光源に比べて、極低エミッタンス条件下の次世代放射光光源の蓄積リングでエミッタンスが大きく変動する理由は以下の二つです。
 (1) 蓄積リングを構成する偏向磁石[5]の放射パワーが低く、挿入光源の放射パワーが相対的に大きい。
 (2) 光の輝度を最大化するために、挿入光源設置直線部のエネルギー分散(エネルギーの違いにより電子の軌道が異なる現象)がゼロとなる条件(アクロマット条件)が課されている。
 そこで、独立チューニング時に挿入光源のパラメータが変化しても放射減衰だけが変わらないように、放射励起を同時に発生させるエネルギー分散をわずかに挿入光源設置直線部に導入し、相殺させることを思いつきました。
 田中均グループディレクターらは1996年、挿入光源設置直線部にエネルギー分散が存在する場合に、輝度に直結するパラメータとして、エミッタンスに代わり「有効エミッタンス[14]」という新たなパラメータを定義しました注)。その物理模型を参考に、ランダムに変動する挿入光源のパラメータに蓄積リング一周の積分値に対応する平均化を施し、平均値の幅として独立チューニングを物理模型に取り込み、有効エミッタンス、すなわち輝度の変動が最小化するエネルギー分散の最適値を求める式を導出しました。
 導出された式は、有効エミッタンスの値と独立チューニングの条件の関数で表され、有効エミッタンスが小さくなるにつれて、相殺に必要なエネルギー分散も小さくなります。10ピコメートルラジアン(pmrad、1pmradは1兆分の1メートルラジアン)の有効エミッタンスでのエネルギー分散の最適値は、おおよそ4mmです。この物理模型により、現実的な独立チューニングの範囲に対して最適なエネルギー分散を挿入光源設置直線部に設定するだけで、輝度変動が1%未満に抑えられる可能性が示されました。
 そこで、本方式を実際の蓄積リングに適用した場合に有効エミッタンス、すなわち輝度の変動がどの程度抑制されるかを検証しました。検証には、大型放射光施設「SPring-8」において、実験中にパラメータを頻繁に変える13台の真空封止アンジュレータ[15]の10日間にわたるデータを平均化せずに用いました。その結果、エネルギー分散の最適値15mm(赤線)において、有効エミッタンスの変動が約0.5%と十分小さく抑えられていることが分かりました()。


図2

図 10日間の利用実験におけるピーク磁場と有効エミッタンスの変動

左:13台の真空封止アンジュレータのギャップの開閉に伴うピーク磁場(縦軸)の変化。13色の線が各アンジュレータの変化を表す。

右:左図のデータを基に、有効エミッタンス(輝度)の変動を挿入光源設置直線部のエネルギー分散値 ηx_STをパラメータとして示したグラフ。赤線が最適なエネルギー分散値15mmの場合で、有効エミッタンスの変動は約0.5%であった。

注)H. Tanaka and A. Ando, "Minimum Effective Emittance in Synchrotron Radiation Sources Composed of Modified Chasman Green Lattice", Nucl. Inst. and Meth A369, 312-321 (1996)


今後の期待
 今回提案した方式は、特別な測定系やアクティブな補正装置を必要とせず、基本的に全ての光源施設において適用可能です。シンプルで安価、信頼性の高い輝度の安定化方式は、世界中で広く利用され、今後の標準となることが期待できます。
 さらに、この方式を導入することで、X線波長領域で回折限界に近い次世代放射光光源の幅広い利用を促進することが期待できます。


補足説明

[1] 回折限界
顕微鏡や望遠鏡などの光学系における、光の回折に起因する分解能の理論的な限界。

[2] 次世代放射光光源
X線などの短波長領域で光の回折限界を目指した低エミッタンス放射光光源。

[3] 光の輝度
光源からある方向に放射された単位立体角あたりの光の明るさ。蓄積電流100mA、光中心波長からの相対的な波長偏差±0.1%で定義されることが多い。

[4] 電子ビーム
真空中に引き出された多数の自由電子の塊。

[5] 蓄積リング、偏向磁石
蓄積リングは、電子が平均的に一定のエネルギーで周回する円形の加速器。放射光施設の加速器として利用され、電子が周回中にアンジュレータや偏向磁石などを通過するとき、加速度を受けて放射光を放出する。偏向磁石とは、電子ビームを円形に周回させるために、垂直磁場により電子を水平方向に曲げる磁石のこと。

[6] 放射減衰
放射光を出すことで、電子ビームの振動の振幅が減少する現象。

[7] エミッタンス
ビームの断面積と角度拡がりを掛けた値で、電子ビームの品質を表す指標の一つ。エミッタンスが大きいと低品質で大きく拡がりやすい電子ビーム、エミッタンスが小さいと小さくシャープで良質な電子ビームといえる。単位はnm-radなど。

[8] 挿入光源設置直線部
一電子の干渉効果により高輝度の放射光を発生するアンジュレータを設置するための、放射光光源におけるフリーな(磁石の設置されていない)直線部。

[9] エネルギー分散
電子のエネルギーの違いで偏向磁石の曲げ角が変わるために、電子の軌道が異なってしまう現象。エネルギー分散値はmmで表される。

[10] 放射励起
放射光を出した電子が、放射光の粒子性により振動を起こす現象。

[11] 2050年のカーボンニュートラル
2020年10月、第203回臨時国会の所信表明演説において、菅義偉内閣総理大臣が「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言した。

[12] コヒーレント
多数の波の位相がそろっている状態。

[13] 大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

[14] 有効エミッタンス
光の光源点において、エネルギー分散が存在する条件で放射される光の断面積を示す物理量。

[15] 真空封止アンジュレータ
上向きと下向きの磁場が交互に並べられた永久磁石(一般的にはネオジム磁石)の磁場により電子を水平方向に周期的に曲げることで、一電子の干渉効果により高輝度の放射光を発生する装置をアンジュレータという。真空封止アンジュレータは真空槽内に収められたアンジュレータのこと。



 

発表者・機関窓口
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせください。
理化学研究所 放射光科学研究センター 先端放射光施設開発研究部門
SPring-8改修検討グループ
 グループディレクター 田中 均(たなか ひとし)
 author
高輝度光科学研究センター 加速器部門 軌道解析・モニターグループ
 研究員 早乙女 光一(そうとめ こういち)

<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
 E-mail:ex-pressatriken.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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