B型肝炎ウイルス感染受容体であるヒト膜タンパク質の構造を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年05月18日
- クライオ電子顕微鏡
2022年5月18日
東京大学
京都大学
理化学研究所
日本医療研究開発機構(AMED)
発表のポイント:
・NTCPは肝細胞膜に多量に存在して、門脈血中から肝細胞への胆汁酸循環(注1)を担うトランスポーターであると同時に、B型肝炎ウイルスの感染受容体としても機能することが知られています。本研究では、長年謎であったNTCPの立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析(注2)を用いて世界で初めて解明しました。
・構造解析、変異体解析および胆汁酸輸送解析により、B型肝炎ウイルスのエンベロープタンパク質LHBs(注3)はNTCPの膜貫通トンネルの細胞外側領域によって認識されることを見出しました。
・NTCPを介したB型肝炎ウイルスの感染機構解明およびB型肝炎に対する新規治療薬の開発に役立つと期待されます。
東京大学大学院薬学系研究科の浅見仁太 大学院生、清水敏之 教授、大戸梅治 准教授、京都大学大学院医学研究科の木村(寺角)香菜子 研究員(現 京都大学医生物学研究所 助教)、岩田想 教授、野村紀通 准教授、京都大学医生物学研究所の藤田陽子 大学院生、野田岳志 教授、理化学研究所の重松秀樹 研究員(現 高輝度光科学研究センター 研究員)らの共同研究チームは、B型肝炎ウイルス感染初期にウイルスタンパク質が肝細胞表面に結合する際の標的となるヒト膜タンパク質NTCPの立体構造を、クライオ電子顕微鏡単粒子解析により解明しました。本研究成果は2022年5月17日付 (英国夏時間:17日午後4時、日本時間:18日午前0時) でNatureに掲載されました。 発表雑誌 |
【研究の背景】
B型肝炎ウイルス (HBV) の感染者は世界に約2.9億人いると言われ、持続的なHBV感染は肝硬変や肝細胞がんを引き起こす主要な原因となっています。ナトリウム依存性胆汁酸トランスポーター NTCP (Na+―taurocholate co-transporting polypeptide ;別名SLC10A1) は肝細胞の基底膜に多量に発現し、胆汁酸の腸肝循環を担う脂質代謝に重要な膜タンパク質であることが1990年代から知られていましたが、2012年にHBV の肝細胞侵入を仲介する受容体としても働くことが報告されました。NTCPはHBVのエンベロープタンパク質LHBsのN末端領域(ミリストイル化PreS1領域)と直接結合することで、HBVの肝細胞表面への吸着を仲介すると考えられています(図1)。しかしながら、NTCPの立体構造はこれまで解明されておらず、HBVの認識、侵入機構に関する構造学的知見は不十分でした。
【研究方法と結果】
本研究チームは、培養細胞からヒト、ウシ、ラットNTCPを精製することに成功しました。得られたNTCPについて、独自に作製した抗NTCP構造認識抗体Fab(注4)との複合体を調製し、東京大学のクライオ電子顕微鏡Titan Krios(注5)を用いて立体構造を解明しました。その結果、NTCPは9本の膜貫通αヘリックスからなり、ヘリックスの束は「コアドメイン」と「パネルドメイン」と呼ばれる2つのドメインを形成することが明らかになりました(図2)。2つのドメイン間には、膜領域を貫通する疎水性トンネルが存在し、輸送基質である胆汁酸はこのトンネルを経由し、細胞膜中を通過すると考えられます。今回解明された電子顕微鏡画像に胆汁酸由来の電子顕微鏡密度は確認されませんでしたが、トンネル内に脂質と思われる細長い電子顕微鏡密度が観測されました(図3)。これはNTCPの可溶化精製時に加えたコレステロール誘導体もしくは内因性の脂質に由来するものであると考えられます。この脂質様の電子顕微鏡密度は多くの疎水性残基と近接しており、胆汁酸が肝細胞内に輸送される際にNTCPと胆汁酸が一時的に結合する部位に位置していることが示唆されます。
さらに本研究チームは、LHBsのN末端領域に存在しNTCPとの結合に必須な部分を模倣して人工的に合成した「ミリストイル化PreS1ペプチド」を作製しました。LHBs−NTCPの分子間相互作用の解明に向けて、ミリストイル化PreS1ペプチド存在下でNTCPのクライオ電子顕微鏡解析を実施すると、NTCPのトンネルの細胞外側ゲート内部にNTCP単体の構造解析では見られなかった電子顕微鏡密度が観測されました(図4)。この密度に近接していたNTCPのアミノ酸残基グリシン158とセリン267を変異させるとミリストイル化PreS1ペプチドとの結合能が消失したことから、この追加的な電子顕微鏡密度はミリストイル化PreS1ペプチドに由来するものであることが示唆されます。NTCPを発現するヒト細胞にミリストイル化PreS1ペプチドを添加した状態で胆汁酸の細胞内への輸送活性を測定した場合、輸送活性が大幅に抑制された結果が得られたため、ミリストイル化PreS1領域の一部分は胆汁酸の輸送経路であるトンネル領域に競合的に結合することが示唆されました。これらの結果から、LHBsのミリストイル化PreS1領域がNTCPのトンネルの細胞外側ゲートに特異的に結合することによって、HBVが肝細胞表面へ安定に吸着し、その後の細胞侵入・感染成立への一連の過程が発動すると考えられます。
【研究の意義と今後の展開】
本研究の成果は、NTCPを介したHBVの感染機構を構造生物学的な面から理解する上で重要な手がかりを与える第一歩です。今後、NTCPとLHBsがどのように相互作用しているのかについて、さらに詳細に可視化するための研究を進めたいと考えています。
現在、HBVの治療薬として核酸アナログ製剤(注6)とインターフェロン製剤(注7)が広く使用されています。しかし、これらの治療薬はHBVを体内から完全に排除することができないため、新規メカニズムに基づく抗HBV薬の開発が求められています。NTCPはHBVの細胞内侵入に必須の感染受容体膜タンパク質であることから、今回得られたNTCPの立体構造データに基づいてHBV感染抑制・予防に効果のある医薬品を分子設計する研究方針が可能となります。HBV既往感染者をドナーとする肝移植例でのHBV感染予防や、既往感染者の肝臓にわずかに残存する完全閉環二本鎖DNA (cccDNA) からのHBV再活性化による感染を制御するための抗HBV薬の開発につながることが期待されます。
本研究は、文部科学省 科学研究費補助金(課題番号19H03164, 19H00976, 18K05334, 19H00923)、AMED創薬等先端技術支援プラットフォーム(BINDS)、Knut and Alice Wallenberg foundation、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST)、日本学術振興会(JSPS)研究拠点形成事業(Core-to-Core Program)、京都大学ウイルス感染症・生命科学先端融合的共同拠点などの外部資金支援を受けて行われたものです。
発表者
浅見仁太(東京大学大学院薬学系研究科 博士課程3年)
木村(寺角)香菜子(研究当時:京都大学大学院医学研究科 研究員/現:京都大学医生物学研究所 助教)
藤田陽子(京都大学医生物学研究所 博士課程3年)
野田岳志(京都大学医生物学研究所 教授)
重松秀樹(研究当時:理化学研究所 研究員/現:高輝度光科学研究センター 研究員)
岩田 想(京都大学大学院医学研究科 教授)
清水敏之(東京大学大学院薬学系研究科 教授)
野村紀通(京都大学大学院医学研究科 准教授)
大戸梅治(東京大学大学院薬学系研究科 准教授)
用語解説
(注1)肝細胞への胆汁酸循環
胆汁酸は、肝臓でコレステロールから生合成されるステロイド化合物であり、胆汁の主成分として胆嚢・胆管を経て十二指腸に分泌される。小腸からの食物由来の脂質の消化・吸収などで使われた後、回腸まで到達した胆汁酸の約95%は腸管上皮に存在する胆汁酸トランスポーターASBTの作用により再吸収され、門脈を経由して肝臓に戻る。肝細胞基底膜に存在する胆汁酸トランスポーターNTCPは、門脈血中の胆汁酸を肝細胞内に取り込む役割を果たしている。肝臓に取り込まれた胆汁酸は、再び胆汁に含まれて腸管内に分泌される。このサイクルのことを腸肝循環という。
(注2)クライオ電子顕微鏡単粒子解析
タンパク質の立体構造解析の手法の一つ。タンパク質分子を薄い氷中に閉じ込めマイナス180℃程度の低温下で電子線を照射し、その透過像を観察する。タンパク質分子は氷中で様々な方向を向いているので、様々な向きの投影像が得られる。数万~数十万分子からの投影像を組み合わせることでタンパク質の立体構造を再構築することができる。
(注3)LHBs
HBVのエンベロープに発現する4回膜貫通型糖タンパク質。PreS1、PreS2およびSドメインからなる。このうちPreS1ドメインはNTCPを介したHBVの感染に重要であると考えられている。
(注4)Fab
ヒト体内の血液、組織液に存在する最も一般的な抗体の種類である免疫グロブリンG (IgG) 分子は、タンパク質分解酵素パパインによる処理でFabフラグメント(抗体の重鎖のN末端領域と軽鎖からなる断片)2つとFcフラグメント1つに切断して分離することができる。こうして得られるFabフラグメントは抗体フラグメントの一種であり、IgGと抗原が結合するのに必要な可変領域を含んでいる。NTCPのように分子量が比較的小さい膜タンパク質の立体構造をクライオ電子顕微鏡単粒子解析法で決定する際には画像解析が技術的に難しい面がある。それを克服するため、膜タンパク質の立体構造に特異的に認識して結合する抗体(構造認識抗体)を作製し、そのFabフラグメントを膜タンパク質に結合させた状態で画像を撮影すれば、Fabフラグメント部分が単粒子画像の形状と方位を正確かつ効率よく揃えて重ね合わせるための目印 (画像位置合わせマーカー;fiducial marker)として機能するため、膜タンパク質の立体構造解析の成功率が飛躍的に向上する。本研究でもそのような工夫によって、NTCPの立体構造を決定することができた。
(注5)Titan Krios
FEI社製の加速電圧300 kVの電子顕微鏡。
(注6)核酸アナログ製剤
ウイルスの持つ逆転写酵素に結合し、その働きを阻害することでウイルスの増殖を直接的に抑制する薬剤。
(注7)インターフェロン製剤
ウイルスに感染した細胞が作るタンパク質であるインターフェロンを用いた、ウイルスの攻撃や増殖の抑制を目的とした薬剤。
図1.本研究の概要
B型肝炎ウイルス (HBV) は、肝細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)を介して 肝細胞に低親和性の吸着をし、引き続きウイルスエンベロープタンパク質LHBsと感染受容体NTCPとが高親和性の結合をする。その後,NTCPは上皮成長因子受容体(epidermal growth factor receptor: EGFR)などとの相互作用をしながら、エンドサイトーシスが誘導されて細胞内へ侵入する。NTCPはHBVの感染が成立するために必須の宿主側の膜タンパク質である。本研究ではNTCPの立体構造をクライオ電子顕微鏡を用いて解明した。
図2.ヒトNTCPの立体構造
NTCPはコアドメインとパネルドメインから構成されていた。2つのドメイン間には、膜領域を貫通する疎水性トンネルが形成されていた。
図3.ヒトNTCP構造データの中に観測された脂質様の電子顕微鏡密度
疎水性トンネルの内部に、コレステロール誘導体もしくは内因性の脂質に由来すると考えられる二つの脂質様の電子顕微鏡密度が観測された。これらの密度は多くの疎水性残基と近接しており、胆汁酸が肝細胞内に輸送される際にNTCPと胆汁酸が一時的に結合する部位付近に位置していると考えられた。
図4.ヒトNTCPのトンネル内部に存在するPreS1の一部と思われる電子顕微鏡密度
NTCP/ミリストイル化PreS1/Fab の3者を含む試料のクライオ電子顕微鏡解析の結果、トンネルの細胞外側ゲート部分に、ミリストイル化PreS1と予想される電子顕微鏡密度が観測された。この結果から、NTCPのトンネル領域がミリストイル化PreS1との結合に利用されることが示唆された。
問い合わせ先 |
- 現在の記事
- B型肝炎ウイルス感染受容体であるヒト膜タンパク質の構造を解明(プレスリリース)