胃酸抑制剤の結合構造を解析 ~胃酸抑制剤の論理的なドラッグデザインに道~(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年05月24日
- BL41XU(生体高分子結晶解析 I)
- BL45XU(生体高分子結晶解析 II)
2022年5月24日
東海国立大学機構 名古屋大学
理化学研究所
【ポイント】
・胃酸分泌を担う膜タンパク質・胃プロトンポンプに胃酸抑制剤が結合した構造を解析。
・薬剤として韓国などのアジア諸国で上市されているテゴプラザン、レバプラザンを含む合計4つの化合物の結合構造を解析。
・新しい胃酸抑制剤デザインのための方向性を示唆。
国立大学法人東海国立大学機構 名古屋大学細胞生理学研究センターの阿部 一啓 准教授は、ラクオリア創薬株式会社、南デンマーク大学(デンマーク)、理化学研究所 放射光科学研究センター ゲーレ・クリストフ 研究員、重松 秀樹 研究員(研究当時)らの研究グループと共に、胃酸の分泌を担う膜タンパク質である「胃プロトンポンプ」に胃酸抑制剤が結合した構造を複数解析することに成功しました。この成果によって、既存の薬剤がどのようにタンパク質に作用するかが分子レベルで明らかになりました。 【論文情報】 |
【研究背景と内容】
我々が食物を摂取すると、胃酸(塩酸)が分泌され、胃の内部はpH (ペーハー)1という、非常に酸性度の高い状態になります。この強酸性環境(塩酸に換算して0.1 mol/l)は、タンパク質分解酵素ペプシンの活性化に必要で、タンパク質の消化にとってなくてはならないものです(図1左)。また、この強酸性環境はバクテリアの繁殖を抑える効果もあります(図1中)。このように、「消化」という我々の生命の営みにとって欠くことが出来ない重要な働きを担う胃酸ですが、時としてこの強酸性環境は自身に牙を剥きます。暴飲暴食、様々なストレス、ピロリ菌の感染などにより、胃酸と胃粘膜分泌のバランスが崩れると、胃酸は胃本体を傷つけ、不快な胸焼けや、ひどい場合には胃潰瘍や逆流性食道炎といった重篤な症状を呈します。このような症状の治療には、胃酸抑制剤が用いられます(図1右)。
図1 胃のはたらき
胃酸はタンパク質の消化に大切ですが、胃酸過多やピロリ菌の感染は胃潰瘍や逆流性食道炎の原因になります。
胃内部の強酸性環境を生み出すために中心的な役割を果たしているのが、胃プロトンポンプと呼ばれる、 “酸(プロトン、H+)”を胃の中に汲み出す(ポンプする)タンパク質です(図2)。胃潰瘍などの炎症は、胃酸の強酸性溶液が自身を傷つけることによって引き起こされるので、これを治療するためには、単純明快、胃酸の分泌を止めることが効果的です。そのため、胃プロトンポンプは、以前から胃酸に関連した疾患治療のドラッグターゲットして研究されてきました。
図2 胃プロトンポンプ H+,K+-ATPase
胃壁細胞に特異的に発現する膜タンパク質。ATPをエネルギー源としてH+を細胞外へ排出し、K+を細胞内へ輸送することで、胃の酸性化を担う。
【胃酸抑制剤の種類】
胃プロトンポンプを直接阻害する薬剤として、プロトンポンプインヒビター (Proton Pump Inhibitors; PPI)と呼ばれるクラスの薬剤が現在でも治療に用いられます(例:パリエット®(エーザイ)、タケプロン®(武田薬品工業))。このPPIというクラスの薬剤は、服用する際には不活性な化合物ですが、胃の中の酸性環境によって活性化し、胃プロトンポンプの特定のシステイン残基と共有結合を形成することで胃酸分泌を抑制します。そのため副作用も少なく大きな治療効果が得られることで知られていましたが、同時に最大効用が得られるまでに時間がかかる等の改善点も叫ばれていました。そこで登場したのが、PPIよりも速やかに、かつ持続的に胃酸分泌を抑制するという特長を持つ新しいクラスの薬剤K+拮抗型アシッドブロッカー (Potassium-Competitive Acid Blockers; P-CAB)と呼ばれる新しいクラスの薬剤です。我が国では武田薬品工業からvonoprazan(ボノプラザン、商品名:タケキャブ®)が販売されていますが、韓国や中国といったアジア諸国では、ラクオリア創薬が創製したtegoprazan(テゴプラザン)がHK inno.N(HKイノエン)や罗欣药业(ルオシン)などの導出先企業によって販売されています。この他にも臨床試験段階に進んだP-CABが多くありますが、本研究グループが以前報告したvonoprazan, SCH28080(Abe et at., 2018, Nature)以外の多くの化合物の結合構造は未知でした。
【胃酸抑制剤結合構造解析】
研究グループは、tegoprazan、 soraprazan(ソラプラザン)、PF-03716556、revaprazan(レバプラザン)という4つの異なる化合物が結合した構造をX線結晶構造解析注1)や、クライオ電子顕微鏡による単粒子解析注2)によって『タンパク質の構造を視る』ことにより明らかにしました(図3)。4つの異なる化合物の結合状態がアミノ酸レベルで解析され、変異体を用いた機能解析によっても検証されました。
図3 胃酸抑制剤と胃プロトンポンプの結合構造
【テゴプラザン結合構造】
特にtegoprazanとrevaprazanは、韓国などのアジア諸国で臨床使用されていることもあり、その結合状態に興味が持たれます。ラクオリア創薬が創製したtegoprazanは、類縁化合物同様に胃プロトンポンプがイオンを輸送する経路を塞ぐ形で結合していました(図4)。この化合物に特徴的なdifluorochromanyl基がVal331と疎水的な相互作用を形成することで、強い酸性度のために薬剤とタンパク質の静電的な相互作用が期待しにくい環境においても疎水的相互作用が担保されています。
図4 テゴプラザンの結合構造
【薬剤開発のヒント】
インドや韓国で上市されているrevaprazanは、既存の薬剤とは明確に区別される状態で結合していました。
SCH28080はtegoprazanと類似した位置に結合しており(図5、白いエリア)、vonoprazanは結合ポケットのより奥深くに結合しています(図5、黄色いエリア)。revaprazanは、この2つの化合物の結合サイトにまたがる形で結合していることがわかりました。しかしながら、revaprazanと結合ポケットの間には、他の2つの化合物と比べて隙間があるので、revaprazanの結合親和性それ自体は、さほど高いものではありません。従って、SCH28080とvonoprazanの結合サイトを繋ぎ、かつタイトな結合を実現できれば、親和性の高い化合物を創り出すことができると考えられます。
図5 Revaprazanの結合状態と既知化合物結合構造との比較
Revaprazan(ピンク)は、SCH28080(白)とvonoprazan(黄色の結合部位に跨る形で結合している。
【成果の意義】
4つの異なる化合物tegoprazan, soraprazan, PF-03716556, revaprazanが、どのように胃プロトンポンプに結合しているかが明らかになりました。
また、結合ポケット内でのP-CABの結合にとって重要な部位が複数明らかになり、構造に基づいた既存薬剤の改良や新規薬剤の開発に向けての道筋を提案しました。
【用語解説】
注1)X線結晶構造解析:
タンパク質の構造解析法の1つ。X線をタンパク質の三次元結晶に照射して回折像を収集し、そのデータをコンピューター によって解析することで、タンパク質の立体構造を得る。
注2)クライオ電子顕微鏡による単粒子解析(Cryo-EM):
タンパク質を薄い氷の中に閉じ込めて、クライオ電子顕微鏡(クライオ=低温という意味)で画像を撮影する)。画像には、いろいろな方向を向いたタンパク質が映っているが、それ自体はノイズが多い。コンピューター上で同じ方向を向いている粒子を重ね合わせ、数十万粒子の画像から立体構造を構築する。この方法によって高い解像度でタンパク質の立体構造が得られる。この方法の開発に貢献した3名の研究者が、2017年にノーベル化学賞を受賞した。COVID-19のスパイクタンパクをはじめ、様々なタンパク質の構造に基づいた創薬研究にも世界的に広く利用されている。
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