層状複水酸化物が水中で示す硝酸イオンに対する“好き嫌い”の機構を解明 ~有害な硝酸イオンを海水中からも除去できる材料として期待!(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年05月25日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2022年5月25日
国立大学法人島根大学
国立大学法人広島大学
立命館大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
島根大学総合理工学部の笹井亮教授、田中宏志教授、藤村卓也助教、広島大学大学院先進理工系科学研究科の森吉千佳子教授、立命館大学理工学部の藤井康裕講師、高輝度光科学研究センター回折・散乱推進室の河口彰吾主幹研究員らの研究グループは、構成金属であるニッケルとアルミニウムの構成比を変えることで硝酸イオンを水中から選択的に除去できる能力をもつ層状複水酸化物注1)を開発し、その能力が海水のような他の陰イオンが大量に存在する状況でも有効に働くことを明らかにしました。 論文情報 |
■研究の背景
“水”は、私たちの生命維持に欠かせない重要な物質です。この水の安全性や清澄性の確保は非常に重要であり、2030年までの達成目標として世界が掲げるSDGsにも、6(安全な水とトイレを世界中に)や14(海の豊かさを守ろう)などとして、その重要性がうたわれています。これを実現するために世界中で日々開発されている水処理材料のうち、層状複水酸化物は無機化合物の中ではまれな“陰イオン交換特性注2)”を示す物質です。この特性から日本をはじめとした世界中で古くから水処理への応用が期待されてきた物質です。この層状複水酸化物を実際の水処理素材として、様々な水中に存在する有害陰イオン種の除去に利用するためには、層状複水酸化物が示す特定の陰イオン種に対する選択性を制御し、目的とする陰イオン種を水中から除去する層所複水酸化物を創製する必要があります。
図1. 一般的な層状複水酸化物の結晶構造.
本研究では、2価金属(MII)はニッケル、3価金属(MIII)はアルミニウム、陰イオン種(An−)は塩化物イオンもしくは硝酸イオン
■研究の成果
硝酸イオンなどに代表される硝酸性窒素は、富栄養化の原因物質の一つであるため湖沼や湾などの閉鎖水域、陸上養殖、アクアリウムなどにおいてその除去が求められています。しかし、様々な陰イオン種が共存する水から硝酸イオンを効率的に除去する物理化学的処理に利用可能で有効な素材はほとんどない状況でした。この課題の解決に向けて、私たちは層状複水酸化物に注目して研究を行ってきました。
本研究で私たちが注目した層状複水酸化物は、2価金属であるニッケルと3価金属であるアルミニウムを構成元素とする金属水酸化物(図1)です。構成元素であるニッケルとアルミニウムの構成比が2:1と4:1の層状複水酸化物を合成し、層間の塩化物イオンと水中の硝酸イオンとの陰イオン交換反応を調査した結果、ニッケルとアルミニウムの構成比が4:1の場合に、高い硝酸イオン選択性を示すことを見出しました(図2)。このニッケルとアルミニウムの構成比による硝酸イオン選択性の差異の原因を追究すべく、大型放射光施設SPring-8注3)の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2を用いて得られた精密結晶構造と立命館大学で実施されたラマン分光法注4)により得られた層間に存在する水分子と硝酸イオンの状態から、塩化物イオンから硝酸イオンへの陰イオン交換が進行しやすいかどうかが、層間の塩化物イオンと硝酸イオンとの運動性の差により説明できることを初めて明らかにしました(図2)。さらに大型放射光施設SPring-8の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2でミリ秒オーダーでの放射光X線回折実験を行い、様々な硝酸イオン濃度において塩化物イオンから硝酸イオンへの陰イオン交換反応時の構造変化の追跡にも成功しました。その結果、陰イオン交換反応は数秒以内という非常に速い反応であり、反応のスピードは選択性が高い方がわずかに早いのですが、反応自体は選択性が違っても同じように進行しました。
図2.得られた精密結晶構造と選択性および層間の陰イオンの運動性の関係
このような高い硝酸イオン選択性を有するニッケルとアルミニウムからなり、その構成比が4:1の層状複水酸化物ですが、他の共存陰イオンが存在する、例えば海水のような水からも硝酸イオンが除去できなければ、実際の水処理素材として利用することはできません。そこで人工海水中からの硝酸イオンの除去について調査を行った結果、塩化物イオンや硫酸イオンなどを含む人工海水中でも今回の層状複水酸化物が示す硝酸イオン選択性は維持されました(図3)。このことは、今回私たちが合成したニッケルとアルミニウムからなり、その構成比が4:1の層状複水酸化物が実用素材として期待できることを示すものです。
図3.人工海水中での硝酸イオン除去能.
ニッケルとアルミニウムの構成比 2:1(〇)、4:1(□)
■今後の展望
今回私たちは、ニッケルとアルミニウムからなる層状複水酸化物の硝酸イオン選択性が構成元素比により制御できることとその起源、さらにはこの硝酸イオン選択性が人工海水中でも維持されることを世界で初めて明らかにすることに成功しました。
この結果は、層状複水酸化物の構成元素やその構成比を制御することにより水処理法として利用される物理化学的処理(イオン交換処理)のための有用な素材として期待できることを示したものとなります。しかし、実際の水処理素材として利用するためには、例えば通水処理に適用可能な材料化(粒状セラミックス化や膜化など)といった課題を解決する必要があります。また、水処理分野で除去されるべきその他の陰イオン種、例えばフッ化物イオン、ヒ酸イオンや亜ヒ酸イオンなどを選択的に除去できる層状複水酸化物の開発も必要となります。
今回の結果は、層状複水酸化物の陰イオン選択性を制御するための設計指針の確立のための大きな一歩でもあります。今後は、設計指針の確立に、現在注目されているマテリアルインフォマティクス、計算機シミュレーション、今回も利用した放射光X線回折など実際の現象を可視化できる最先端計測技術などを合わせることで、層状複水酸化物が秘める可能性を示していきたいと考えています。
■用語解説
注1)層状複水酸化物:
2価金属水酸化物が形成する二次元層中の2価金属の一部が3価金属に置換することにより陰イオン交換特性を示す無機化合物。マグネシウムとアルミニウムからなる層状複水酸化物は、胃薬の主成分として知られている。
注2)陰イオン交換特性:
固体内に取り込まれている陰イオン種が、水中に存在する他の陰イオン種と交換し、取り込まれるという性質。
注3)大型放射光施設 SPring-8:
理科学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高レベルの性能の放射光を生み出す大型放射光施設。利用者選定等はJASRIが行っている。SPring-8は、放射光を用いた物質化学などの基礎研究から産業利用まで幅広い研究が行われている。
注4)ラマン分光:
レーザー光を用い、物質中の各種化学種の化学結合状態を知ることができる手法。本研究では、層状複水酸化物の層間に存在する水分子や硝酸イオン分子の化学状態、特に運動性の解明のために利用した。
■研究プロジェクトについて
本研究は、科学研究費(17H03129、18K18310、19K12628、20H04466)、JASRI(課題番号:2010A1287、 2010B1279、 2011B1703、 2012B1770、 2013B1677、 2014A1684、 2016A0074、 2017A1483、 2017A0074、 2017B1196、 2017B0074、 and 2018A1004)の支援を受け、実施されました。
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