CO2からメタノールへの変換を活性化させる触媒の構造を解明 効率的な触媒開発でCO2回収・利用の推進に期待(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年06月21日
- BL14B2(XAFS II)
2022年6月21日
茨城大学
高輝度光科学研究センター
東京大学
茨城大学大学院理工学研究科(工学野)の多田 昌平 助教、城塚 達也 助教、高輝度光科学研究センター(JASRI)の本間 徹生 主幹研究員、東京大学大学院工学系研究科の伊與木 健太 講師らの研究グループは、亜鉛ジルコニア(ZnxZr1−xO2−x )触媒を用いてCO2を高効率にメタノールに変換する水素化反応におけるZn含有量の影響を調べ、実験と計算により活性点構造を見出しました。Zn含有量が少ない場合、Zn-O-Zrサイトが触媒表面に形成され、特異的な触媒活性を示すことを実証しました。一方、ZrO2に過剰のZnを添加すると、Zn がZrO2中で偏在するというメカニズムについても、結晶構造の安定性から説明することに成功しました。 論文情報 |
背景
ゼロ・エミッション社会の実現へ向けて、CO2回収・利用(CCU)はCO2ネットゼロを実現するための戦略として世界的に検討されています。CCUは、大気中もしくは燃焼排ガスから回収したCO2を有効利用する技術で、回収されたCO2は燃料や化学品の原料として使用することができ、エネルギー問題の解決につながるものとして有望です。
CCU技術のなかでも近年、再生可能エネルギー由来の電力を用いて水の電気分解により水素を製造し、その水素とCO2からメタノールを合成する試みが注目されています。メタノールは燃料や化学品の出発原料として現在でも重要な物質であり、CO2からメタノールを高効率に合成する固体触媒の開発がこれまで盛んに行われてきました(図1a)。
図1 (a) 金属酸化物触媒による二酸化炭素(CO2)と再生可能エネルギーを活用したゼロ・エミッション社会の構想. (b) 固体触媒の活性温度領域.
CO2からメタノールを合成する水素化反応について、これまではCu系触媒(反応温度250℃前後、反応圧力3〜5MPa)の利用が活発に研究されてきました(図1b)。メタノールは固体酸触媒(400℃以上)を用いてオレフィンや芳香族などの有価燃料や化学物質に変換することができるため、メタノール合成能の向上が望まれます。このシステムの大きな問題の一つは、CO2からメタノールを合成する反応が熱力学平衡に強く制約されてしまうことです。これにより、システム全体のCO2変換効率を左右してしまいます。特に、日本のように高圧反応器の設置が制限されている国では、これは重要な問題です。
先述のCu触媒に代わるメタノール合成触媒として、近年注目を集めているのが金属酸化物触媒です。金属酸化物触媒は特異な反応特性を示すことから、既存のプロセスの延長ではない、新しいプロセスを可能にします。金属酸化物触媒のうち、亜鉛ジルコニア触媒(ZnxZr1−xO2−x )は比較的高温(>300℃)でメタノールを生成できるため、上記のメタノール変換の反応温度範囲(≥400℃)と重なります。したがって、金属酸化物触媒(CO2→メタノール水素化用)と固体酸触媒(メタノール転化用)を一つの反応器に併設すれば、CO2→メタノール水素化から始まる多段階反応を1パスで実現することができます。1パスで複数の反応を経て有用な物質を生成することで、生成物の空時収量[注1]を高めることができます。そのような二元機能触媒(ZnxZr1−xO2−x + ゼオライト)を用いたこれまでの研究では、1.0 MPa の低圧条件下でも、低級炭化水素の高い収率を示しています。
現状の課題の一つに、1パス合成プロセスの空時収量が実用レベルに達していないことが挙げられます。これは、金属酸化物触媒のメタノール合成性能はまだ不十分であることが原因です。高性能な金属酸化物触媒の開発指針を得ることを考えると、メタノール合成が進行する触媒表面の構造解明が重要となります。
研究手法・成果
【メタノール生成における亜鉛導入量の影響を確認】
本研究グループは、図2aに示す固定床流通式反応器を用いて、ZnxZr1−xO2−x の触媒性能を評価しました。ZnxZr1−xO2−x 中の亜鉛(Zn)の含有量を増加させたとき、Zn含有量x = 0.25においてメタノールの空時収量が最大となることを見出しました(図2a)。
図2 (a) 本研究で使用した装置の模式図,(b) 装置の写真,(c) メタノールの空時収量.
【亜鉛含有量と触媒構造の関係を解明】
DFT計算[注2]を活用しZn含有量と触媒構造の関係を検討したところ、Zn含有量が少ない場合、Zn種はZnxZr1−xO2−x 表面で容易に露出し、Zn-O-Zrサイトを形成していることがわかりました(図3)。このDFT計算の結果は大型放射光施設SPring-8[注3]のビームライン(BL14B2)により孤立したZnOxクラスター[注4]が観測されたこととも一致します。また、電子顕微鏡と表面分析装置を駆使し、ZnxZr1−xO2−x 構造を原子レベルで分析したところ、Zn種を含むクラスター領域がジルコニア(ZrO2)表面近傍に偏在していることを明らかにしました(図4)。一方で、Zn含有量が多い場合、Zn種を含むクラスター以外に、ZnOナノ粒子の形成が確認されました(図3)。触媒性能評価試験と構造解析の結果を統合すると、ZnOナノ粒子はメタノール合成反応に関与しておらず、Zn-O-Zrサイトの数がメタノール合成性能を決定づけることがわかりました。
図3触媒構造のイメージ.
図4 x = 0.25における亜鉛ジルコニア触媒(ZnxZr1−xO2−x )の電子顕微鏡像.
また、Zn含有量が増大すると、反応物である水素(H2)の吸着が強くなる(図5a)こと、同時にCO2の吸着力が弱まることがDFT計算により判明しました。この結果から、触媒中のZnサイトがH2吸着に、またジルコニウム(Zr)サイトがCO2活性化に重要な役割を担っていることがわかりました(図5b)。以上を総括すると、表面に形成されたZn-O-ZrサイトにCO2とH2の両方が吸着し、これらが出会うことでCO2水素化反応が進行することがわかりました。DFT計算による表面構造や挙動の詳細な理解により、さらに良好な触媒開発につながるものと期待されます。
図5 (a) 二酸化炭素(CO2)と水素(H2)の吸着エネルギーと (b) 吸着構造.
今後の展望
本研究ではメタノール合成に最適な触媒組成を見出し、メタノール合成が進行する触媒表面の構造を特定できましたが、燃料をはじめとした有用物質へのCO2変換を見据えると更なる材料探索による高性能化が必要です。また、実験と計算科学の協働が有効であることを実証できたため、今後はインフォマティクスなども組み合わせることにより新規触媒開発を推進します。
天然資源が乏しい日本が「ゼロ・エミッション」を達成するかどうかは脱炭素化技術の成否にかかっています。しかし、CO2からのメタノール合成反応は、現状商用プラントが世界でも数基設立されているのみであり、国際的にもまだ発展途上の技術であると言えます。メタノールが様々な化学物質合成の起点として有望であることを踏まえると、本研究はCO2から有用化合物を合成する試みの大きな一歩となると考えています。
【用語解説】
[注1] 空時収量:
反応物質が触媒層を通過するときに、単位触媒当たり単位時間に生成される目的生成物の量のこと。
[注2] DFT計算:
DFT=density functional theory。密度汎関数理論に基づいて計算機により電子状態をシミュレーションすること。
[注3] 大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センター(JASRI)が利用者支援等を行っている。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
[注4] クラスター:
原子あるいは分子が相互作用によって数個から数十個、もしくはそれ以上の数が結合した集合体を指す。今回の場合、亜鉛イオンと酸素イオンからできるクラスターに着目している。亜鉛ジルコニア触媒中での亜鉛イオンの配置がクラスターの形を決定づける。
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