新しく小細孔ゼオライトの組成チューニング法を開発し、耐久性向上を実現 ―環境問題の解決へ向け、窒素酸化物を浄化する触媒応用に期待―(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年06月23日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2022年6月23日
NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)
国立大学法人東京大学
NEDOが進める「ムーンショット型研究開発事業」で東京大学は、自動車用排ガス触媒などに利用される小細孔ゼオライトの新しい組成チューニング法を開発しました。自動車用排ガス触媒は長期間にわたり利用されるため高い耐久性が求められます。東京大学は小細孔ゼオライトの細孔を拡大させながら物質を移動させたり、細孔内に取り込まれた有機分子によって構造の崩壊を防いだりすることで、耐久性の向上を実現しました。 |
1.ムーンショット型研究開発事業について
内閣府の総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)※1において、日本発の破壊的イノベーションの創出を目指し、挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進するものとして、「ムーンショット型研究開発制度※2」が創設されました。本制度に基づき、CSTIが決定したムーンショット目標※3と、経済産業省が策定した研究開発構想を踏まえ、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は、ムーンショット目標を達成するために、挑戦的な研究開発(ムーンショット型研究開発事業※4)を実施しています。
2.本プロジェクトの背景
二酸化炭素(CO2)を原料とした合成燃料(e-fuel)や動植物から生まれたバイオマス燃料を用いるエンジンは、大気中のCO2を増加させないためにカーボンニュートラルが実現したあとも日常の交通手段や物流を支える必要不可欠な存在として期待されています。一方、e-fuelやバイオマス燃料を用いたエンジンでも、排ガス中に含まれる有害な窒素酸化物は酸性雨や窒素循環の乱れなどの原因となる課題があります。特にバスやトラックに利用されるディーゼルエンジンは窒素酸化物の主要な排出源の一つであり、対策が急務となっています。さらにエンジンの燃費向上と窒素酸化物の排出削減はトレードオフになるというジレンマがあり、将来エンジンの運転条件の改善により燃費が向上すると、排ガス処理技術に対する要求も格段に高くなることが予想されます。
このため、有害な窒素酸化物を無害な窒素に分解するための触媒が必要であり、優れた触媒活性を示す小細孔ゼオライト※5がその候補として注目されています。しかし、自動車の排ガス触媒は新車に搭載してから廃車までの長期間にわたって利用できることが求められるため、小細孔ゼオライトの利用においては耐久性が課題となっていました。
このような背景の下、NEDOのムーンショット型研究開発事業で国立大学法人東京大学(大学院工学系研究科 博士2年 吉岡達史、講師 伊與木健太、教授 脇原徹、教授 大久保達也らの研究グループ)は、自動車用排ガス触媒などに利用される小細孔ゼオライトの新しい組成チューニング法※6を開発し、耐久性向上を実現しました。
従来は小細孔ゼオライトの孔が小さいため物質が出入りしにくいなど、無理に組成チューニングを行うとゼオライトの骨格構造が崩壊してしまう課題がありました。今回、東京大学は、細孔を拡大させながら物質を移動させることで、構造の崩壊を防ぐ新しい手法を開発しました。本手法により組成を改善したゼオライトは優れた耐久性を示し、環境問題の解決へ向け、特にディーゼルエンジンの排ガスに含まれる窒素酸化物を浄化する自動車用排ガス触媒として長期間にわたる安定した利用への応用や他の材料への展開が期待できます。
なお本研究成果は、2022年6月23日(日本時間)付で米国科学振興協会発行の学術誌「Science Advances」に掲載されました。
3.今回の成果
【1】新しく小細孔ゼオライトの組成チューニング法を開発
ゼオライトの耐久性を高めるために重要なのがシリコン(Si)とアルミニウム(Al)の比率(Si/Al比)を用途に応じて最適化することです。このため、比較的容易に合成できるAl含量の多いゼオライトから、合成後にAlを除去するという組成チューニング法が広く用いられています。しかし、小細孔ゼオライトではAlの除去が難しいとされてきました。これは、Al種が小細孔ゼオライトの狭い細孔[図1(a)]を通り抜けることができず、細孔内にとどまりゼオライトの構造自体を破壊するためです。
これに対し東京大学の研究グループは、ゼオライト細孔内に有機物が入っている状態であればAlを除去し、骨格構造も保つことができることを活用し、これに同グループが独自に開発している欠陥修復処理技術※7を組み合わせることにより、安定性の向上を目指しました[図1(b)]。
図1 (a)小細孔ゼオライトの酸素8員環細孔、(b)本研究のスキーム
本研究では代表的な小細孔ゼオライトの一つである「AFX型」のゼオライトを使用し、まずSi/Al比が3.6の一般的なAFX型ゼオライト(Si/Al比が4以下となる合成例が多い)を合成しました。有機物が残存した状態で酸処理を行ったところ、Si/Al比は9.1にまで向上し、結晶性を保ったままで脱Alすることに成功しました。
【2】細孔ゼオライトの耐久性向上を実現
この手法を応用し、「AEI型」、「CHA型」、「ERI型」といった3種類のゼオライトについても結晶性を保ったままSi/Al比を向上することに成功しました。また、欠陥修復処理技術を組み合わせることにより、Al除去により生じた構造欠陥を修復できることを見出しました。得られたゼオライトは、800℃のスチームで7時間処理した後も触媒試験で高い活性と著しい水熱安定性の向上を示しており、耐久性が向上したことが分かります(図2)。
図2 窒素酸化物分解の触媒試験結果(800℃のスチームで7時間処理)
また、なぜ小細孔ゼオライトの小さい細孔にもかかわらずAlが除去できたのかを解明し、この新しいメカニズムを「細孔拡大移動プロセス(pore-opening migration process, POMP)」と名付けました(図3)。このメカニズムでは、まずゼオライト中のナトリウムイオンなどの無機陽イオンが液体部分へ溶け出し、この無機陽イオンの正電荷をつなげていた骨格内Alが骨格外に脱離し、骨格外Alとなります。
骨格外Alはサイズが大きく、そのままではゼオライトの小さな細孔を通過できませんが、細孔が部分的に切れ(開裂)、細孔径が広がることにより、骨格外Alが通過できることをアルゴンの吸着測定や高エネルギー全散乱測定※8などで検証しました。
図3 「細孔拡大移動プロセス(POMP)」のスキーム
4.今後の予定
本事業で得られた成果は、窒素酸化物無害化のための触媒の性能を高めることを通じて、大気汚染などの問題の解決に寄与するとともに、二酸化炭素排出削減のために求められるディーゼルエンジンの性能向上への貢献が期待できます。
今後NEDOと東京大学は、本事業で得られたゼオライトの特長を生かした適用先を開拓し、社会実装に結びつけます。
【注釈】
※1 総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)
内閣総理大臣、科学技術政策担当大臣のリーダーシップの下、各省より一段高い立場から、総合的・基本的な科学技術・イノベーション政策の企画立案および総合調整を行うことを目的とした「重要政策に関する会議」の一つです。
※2 ムーンショット型研究開発制度
本制度の詳細については、以下をご参照ください。
https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/index.html
※3 CSTIが決定したムーンショット目標
2020年1月ムーンショット目標1~6が決定。2020年7月には健康・医療戦略推進本部においてムーンショット目標7が決定。2021年9月ムーンショット目標8~9が決定。
ムーンショット目標1:2050年までに、人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現
ムーンショット目標2:2050年までに、超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現
ムーンショット目標3:2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現
ムーンショット目標4:2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現
ムーンショット目標5:2050年までに、未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出
ムーンショット目標6:2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現
ムーンショット目標7:2040年までに、主要な疾患を予防・克服し100歳まで健康不安なく人生を楽しむためのサステイナブルな医療・介護システムを実現
ムーンショット目標8:2050年までに、激甚化しつつある台風や豪雨を制御し極端風水害の脅威から解放された安全安心な社会を実現
ムーンショット目標9:2050年までに、こころの安らぎや活力を増大することで、精神的に豊かで躍動的な社会を実現
※4 ムーンショット型研究開発事業
NEDOはムーンショット目標のうち、ムーンショット目標4「2050年までに、地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現」の達成に向けて、挑戦的な研究開発を実施しています。
https://www.nedo.go.jp/activities/ZZJP_100161.html
※5 小細孔ゼオライト
酸素8員環(0.3~0.4nm、原子数個分程度の非常に小さい細孔)を最大の細孔としてもつゼオライトをいいます。ゼオライトとは、原子~分子サイズの極めて小さな細孔を規則的にもつ結晶性多孔質アルミノシリケートです。ゼオライトの骨格構造は250種類以上が知られており、アルファベット3文字の構造コードにより表されます。
※6 組成チューニング法
触媒や吸着材として用いられるゼオライトには酸素(O)、ケイ素(Si)、アルミニウム(Al)などの原子が含まれており、特にケイ素とアルミニウムの比(Si/Al比)により耐久性や親疎水性などが変わります。ここでいう組成チューニングとはこのSi/Al比を最適化する技術を指します。
※7 欠陥修復処理技術
ゼオライトの構造欠陥を修復する技術です。この技術の開発は科学技術振興機構さきがけ(JPMJPR21N3)の支援により実施されました。なお、東京大学大学院工学系研究科 講師 伊與木健太は、JSTさきがけ研究員を兼任しています。
※8 高エネルギー全散乱測定
X線をサンプルに照射し、散乱されたX線を測定します。本測定はSPring-8のBL04B2ビームラインにて実施しました(課題番号2020A0687および2021A1152)。本研究では測定結果をフーリエ変換することにより二体分布関数を算出し、ゼオライトの中距離(0.2~0.5nm)スケールの秩序構造を明らかにしました。高い分解能を得るためにはSPring-8のBL04B2で得られる高エネルギーX線(61.4keV)が必須です。これらの研究は科研費学術変革領域研究(A)「超秩序構造」(課題番号:JP20A206/20H05880)の支援により実施されました。
(SPring-8 / SACLAに関すること) |
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