高強度レーザー照射による物質表面の超高速構造変化をナノスケールで観測 ~新たなその場観測技術によるレーザーナノ加工制御技術の進展に期待~(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年07月15日
- SACLA
2022年7月15日
European XFEL
University of Siegen, Germany
高輝度光科学研究センター
理化学研究所
Helmholtz-Zentrum Dresden-Rossendorf
Technical University Dresden, Germany
Johannes Gutenberg-University Mainz, Germany
Technical University Dortmund, Germany
大阪大学レーザー科学研究所
量子科学技術研究開発機構
欧州X線自由電子レーザー研究所(European XFEL)[1]の中堤基彰研究員、独国Siegen大学のChristian Gutt教授らの国際共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)[2] 施設「SACLA[3]」を用いて、フェムト秒レーザーの照射に伴う固体表面のアブレーション[4]のダイナミクスを、ナノメートル[5]の深さ分解能とピコ秒[6]の時間分解能で計測することに初めて成功しました。 【論文情報】 |
【背景】
高強度レーザーは物質の加工や強靭化、コンパクトな高輝度粒子源、核融合に代表される次世代エネルギー源など、さまざまな分野への応用が期待され、現象の最適化や制御を目指した基礎研究が盛んに行われています。
ピコ秒よりも短い時間パルス幅を持つ超短パルス高強度レーザーを固体に照射すると、固体表面内部の表皮長と呼ばれる数十ナノメートルの空間内に存在する電子とレーザーが相互作用を起こします。レーザーからエネルギーを得た電子はピコ秒の時間スケールで固体内部へ伝搬し物質を超高速で加熱します。その際、固体表面は蒸発してアブレーションが起こります。このアブレーションの起こる空間スケールはナノメートルであるため、この現象を活用することでナノ微細加工による機能性を持った物質を作り出すことができます。さらに、高輝度粒子源などに用いられる“超”高強度レーザーと呼ばれる、集光強度が1018 W.cm-2を大きく超えるようなレーザーと固体との相互作用では、レーザー照射中に起こる超高速な表面構造変化がレーザーの吸収効率や発生粒子のエネルギー分布などに影響を及ぼすことが分かっています。そのため、レーザーが照射された固体表面付近のナノスケールの構造変化を実時間で計測する手法が求められてきました。
しかしながら、このような高強度レーザー照射下におけるナノスケールでのダイナミクスを実験的に解明するためには、非常に高速に精密な構造を観測することが求められるため、これまでに観測された事例はありませんでした。
【研究内容と成果】
本共同研究グループは、SACLAによる微小角斜入射小角X線散乱(GISAXS)を用いることで、この超高速ナノダイナミクスを観測しました(図1)。GISAXSはこれまで、スパッタリングによる薄膜生成など、ミリ秒程度の比較的ゆっくりとした表面成長プロセスを可視化する手法として放射光で用いられてきました。今回、SACLAを用いることで従来のミリ秒からピコ秒と、9桁に及ぶ時間分解能の改善が初めて実現されました。また、空間ポインティングに非常に敏感なGISAXSにおいては、SACLAの非常に安定なX線ビームが重要な役割を果たしました。
この観測手法では、サンプルにはナノ多層膜サンプルが使用され、X線はtotal external reflection angleと呼ばれる全反射角(約0.5度程度)よりもわずかに大きな入射角で入射されます(図2)。これらの非常に浅い入射角度では、X線が固体へ侵入する深さは数十ナノから数百ナノメートルに制限され、表面の構造変化に非常に敏感なプローブとして作用します。輝度の非常に強い鏡面反射をビームストップによりブロックし、表面付近の電子密度分布によって散乱された、鏡面反射よりも何桁も強度の低い散漫散乱をSACLAで開発された高性能2次元X線検出器で計測しました。
SACLAの高輝度なX線を利用することで、わずかフェムト秒のシングルパルスで解析に可能な十分な信号が得られることが初めて示されました。これらの散漫散乱パターンを解析することでナノメートルの深さ分解能を持つ電子密度プロファイルが再構築され、さらに、得られた密度プロファイルを最先端のプラズマシミュレーションと比較することで新たな知見も得られました。これまで本レーザー強度領域で頻繁に用いられていた流体コード[7]と実験結果との間には大きな差異が見られた一方、粒子衝突が支配的となる本プラズマ領域での使用は不適切と考えられてきたParticle-in-cell(セル内粒子)コード[8]では、粒子衝突モデルを改善することで実験結果を比較的良く再現できることも分かりました。
【今後の展開】
今回原理実証されたこの手法はこれまで間接的な観測あるいはシミュレーションモデルに頼っていた高強度レーザー・固体相互作用の初期の表面ダイナミクスの実時間観測を可能にし、レーザーによる精密ナノ加工の最適化による高機能物質の生成、レーザー駆動粒子加速の最適化によるコンパクトな粒子治療への応用が期待されます。
図1.SACLA EH6で得られたナノ多層膜からのシングルショット微小角斜入射小角X線散乱(GISAXS)画像。中心の黒い丸は非常に強い鏡面反射成分をブロックするビームストップである。横方向のプロファイルはQz, 即ち深さ方向への電子密度分布を反映したおり、縦方向のプロファイルはQy, 即ち表面構造(ラフネスなど)の情報を反映している。
図2.実験で用いた金属多層膜サンプル。各サンプルは4 x 7 mmの大きさで、レーザーショットごとに新しいサンプルを使用した。
【用語解説】
[1] 欧州X線自由電子レーザー研究所(European XFEL)
EU加盟国などが協力してハンブルクのドイツ電子シンクロトロン(DESY)に建設されたX線自由電子レーザー施設。2017年から利用運転が開始された。
[2] X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。大型放射光施設SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてナノメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
[3] SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まった。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにもかかわらず、0.1 nm以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を持つ。高い空間コヒーレンス、短いパルス幅、高いピーク輝度を備えたX線領域のレーザーを発生させる。
[4] アブレーション
強いレーザー光を固体表面に照射し、局所的に高温となった表面層が蒸発し飛散する現象。ナノ加工などの精密産業応用の他、アブレーションの反作用力により物質を圧縮し、惑星や恒星内部状態を模擬しその性質を調べる基礎研究にも用いられる。
[5] ナノメートル
10のマイナス9乗メートル、あるいは100万分の1ミリ
[6] ピコ秒
10のマイナス12乗秒、100万分の一秒の更に100万分の一
[7] 流体コード
流体方程式を数値的に解く手法。普段は固体として扱われる金属も、レーザーの照射によって溶解、プラズマ化するため、流体としての取り扱いが可能となる。
[8] Particle-in-cell コード
流体シミュレーションとは異なり、各々の粒子(電子、イオンなど)の動きや、粒子同士の相互作用を運動論的に取り扱い、マクスウェル方程式や運動方程式を計算機によって数値的に解く手法。
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