リチウムイオン電池正極の低結晶層状構造を支える2種類の支柱(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年09月02日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2022年9月2日
高輝度光科学研究センター
徳島大学
京都大学
高輝度光科学研究センター回折・散乱推進室の廣井慧博士研究員(現研究プロジェクト推進室任期制専任研究員)、尾原幸治主幹研究員、徳島大学の大石昌嗣准教授、京都大学の下田景士特定准教授、内本喜晴教授の研究グループは、大型放射光施設SPring-8のBL04B2を利用した構造解析を行い、リチウムイオン二次電池(Lithium-ion battery, LIB)のリチウム過剰系層状酸化物(Li-rich layered oxide, LLO)正極において、2種類の性質の異なる支柱を有する低結晶相が形成され、多量のリチウムイオンの脱離挿入を実現し、高い充放電特性を示すことを明らかにしました。 【論文情報】 |
【研究の背景】
リチウムイオン二次電池(Lithium-ion battery, LIB)は、既に数多くのポータブルデバイスに組み込まれており、もはや現代社会において欠かすことができません。既存のデバイスの長時間駆動を実現し、電気自動車の普及や大規模蓄電システムの構築に伴う需要の高まりに応えるためにも、LIBの充放電容量のさらなる向上が求められています。LIBは、大別すると正極、負極、電解質から構成されていますが、正極はLIBの充放電容量に大きく寄与する部材であることから、これまでにさまざまな正極材料が開発されてきました。次世代正極材料として注目されているリチウム過剰系層状酸化物(Li-rich layered oxide, LLO)は、リチウム層と遷移金属層が交互に積層した層状結晶構造(図1)で構成され、大きな充放電容量を示すことが知られています(図2)。通常の正極材料では、過充電によってリチウムイオンを過剰に脱離させると結晶構造が変化してしまうため、充放電容量が大幅に低下してしまいます。一方で、Li2MnO3とLi(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2を混合することで得られるLLO材料は、骨格構造を保ちながらもより多量のリチウムイオンを可逆的に脱離挿入できることから、その充放電容量は既存材料と比べて1.5倍にも達します。しかしながら、このLLO正極材料がどのようなメカニズムによって結晶構造を安定化し、これほど大きな充放電容量を実現しているのかは明らかになっていませんでした。
【研究内容と成果】
本研究グループは、大型放射光施設SPring-8【注1】の高エネルギーX線回折【注2】ビームラインBL04B2にて、モル比3:7のLi2MnO3とLi(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2から合成されるLLO正極材料であるLixNi0.15Co0.19Mn0.50O2に対してX線全散乱測定【注3】を実施しました。この測定から、2原子間の相関の強さを表す量であるPair distribution function (PDF) 【注4】を得ました(図3(a))。さらに、本研究グループが独自に開発を行ってきた「BL04B2専用の結晶PDF解析ソフトウェア」を駆使することで、充放電サイクルの進行に伴うLixNi0.15Co0.19Mn0.50O2の結晶構造の変化を詳細に調べました。その結果、LixNi0.15Co0.19Mn0.50O2 に対して以下の2点を見出しました。まず、(1)合成直後にLi2MnO3Li2MnO3とLi(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2の2つの結晶相で構成されている正極材料は、初期充電過程の半充電まではLi(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2結晶相からのリチウムイオン脱離だけが起こりますが、さらに充電を進めることで結晶相同士の混合が起こり始め、不可逆的にLLO結晶相LixNi0.15Co0.19Mn0.50O2 が形成することが確認されました。図2のように、本材料は初期充電過程において2段階の反応をすることが知られていましたが、新規層状構造相の形成は後半の電位平坦部にて起こることが明らかになりました。また、(2)このLLO結晶相LixNi0.15Co0.19Mn0.50O2では、金属層中の遷移金属イオンの一部がリチウム層に漏れ出すことで形成する支柱(ピラー)が2種類存在し、これらが層状構造を安定化させていることを突き止めました。図3(b)は、空間群R3mの結晶相中における、充放電状態に対する遷移金属元素占有率の変化を示したものです。リチウム層の中には遷移金属が占有できる2箇所のサイト(Li八面体サイト、Li四面体サイト)がありますが、充放電状態に対する応答が明確に異なっています。このことから、遷移金属がLi八面体サイトを占有することによって形成する支柱は充放電サイクルの進行にかかわらず殆どその個数が変化しない一方で、Li四面体サイトに形成する支柱は充電状態でのみ出現し、放電状態では姿を消す特異な挙動を示すことがわかりました。本研究グループでは、前者の支柱を「リジッドピラー」、後者を「アダプティブピラー」と呼ぶことにしました(図4)。いずれも正極のリチウムイオンが脱離している充電状態では、支柱としてリチウム層を支え、結晶構造の崩壊を防ぐ働きをします。しかし、充放電を行う際、これらの支柱の特性の違いがリチウムイオンの拡散に影響します。リチウム層の一部を常に占有するリジッドピラーはリチウムイオンの移動を妨害してしまいますが、アダプティブピラーはリチウムイオンが存在すると姿を消すため、移動を妨害しません。このように、LLO正極材料LixNi0.15Co0.19Mn0.50O2では、アダプティブピラーの働きによって高いリチウムイオン伝導度と層状構造の安定化が両立しているため、大きな充放電容量が実現していることが明らかになりました。
【今後の展開】
今後は、Ni, Co, Mnの組成を変化させたLLO正極材料に対しても同様の解析を進め、アダプティブピラーの数および充放電容量への影響を系統的に調査します。そうすることで、適切なアダプティブピラーの数や、元素ごとの支柱としての働きをよりつぶさに明らかにすることができるでしょう。特に、価格が高く社会情勢の影響を受けやすいコバルト金属の含有量を低減するための指針を得られると考えられ、より高性能で、かつ安価なLIBの開発に結びつくことが期待されます。
【謝辞】
本研究はJSPS科研費(20H02846 , 20K15031)、新学術領域研究(研究領域提案型)「高度計測の統合利用による蓄電固体界面の物理化学局所状態の解明」(代表者:雨澤 浩史、19H05814)の支援を受けて行われたものです。また、本研究の一部は国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の革新型蓄電池先端科学基礎研究事業(RISING・JPNP09012)プロジェクトの支援を受けて行われたものです。
図1 Li(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2, LLOおよびLi2MnO3の結晶構造。緑はリチウム、赤は酸素、その他の色は遷移金属(Ni, Co, Mn)を示す。
図2 0.3Li2MnO3+0.7Li(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2を混合することで得られるLLO材料の充放電曲線。なお、LiCoO2やLi(Ni1/3Co1/3Mn1/3)O2の実容量は160 mAh g-1程度とされている。
図3 (a) SPring-8、BL04B2で実施したX線全散乱測定によって得られた各試料のPDF。黒は測定値、赤はモデル構造による計算値で、青はそれぞれの残差である。図中に記されているフィッティングの指標Rwpは、10–120 Åの範囲で計算されたものである。(b) 充放電状態に対する遷移金属元素の占有率変化。3つのサイト上の占有率の和が100%となるように規格化している。
図4 新規層状構造の安定化に寄与する2種類の支柱。これらの支柱はリチウムイオン濃度に対して異なる応答を示す。支柱は遷移金属元素がリチウム層に漏れ出すことによって形成される。
用語説明
*1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある理化学研究所が所有する世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
*2 X線回折
試料にX線を照射すると、構成原子の周りにある電子によってX線が散乱する。結晶のように、構成原子が規則的に配列している場合、散乱されたX線はある特定の散乱角度でのみ強め合う回折現象が起こる。これによって生じる回折X線をブラッグピークと呼び、回折角やピーク強度、ピーク幅を解析することで、結晶格子に関する構造情報を得ることができる。
*3 X線全散乱
主に、非晶質・液体などの不規則な原子配列を解析するために行う高エネルギーX線を使用した実験手法のこと。得られた全散乱データをフーリエ変換することによって後述のPair distribution functionが得られ、非晶に関する局所的な構造情報を得ることができる。結晶に対して行うと、周期構造を反映して長距離まで2原子間の相関が残存する挙動が観測される。
*4 Pair distribution function(PDF)
前述のX線全散乱測定によって得られ、2原子間のある相対位置における存在確率に対応する関数。PDFを利用した構造解析方法は一般にPDF解析と呼ばれる。
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