クモ糸の構造と力学物性をデータベース化 -人工クモ糸材料の創出に貢献-(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年10月13日
- BL45XU(生体高分子結晶解析 II)
2022年10月13日
理化学研究所
京都大学
慶應義塾大学先端生命科学研究所
理化学研究所(理研)環境資源科学研究センターバイオ高分子研究チームのマライ・アリ・アンドレス上級研究員、沼田圭司チームリーダー(京都大学大学院工学系研究科教授)、京都大学大学院工学研究科の土屋康佑特定准教授、慶應義塾大学先端生命科学研究所の荒川和晴教授らの国際共同研究グループは、世界中に生息する1,000種を超えるクモからクモ糸を採取し、クモ糸タンパク質の構造とクモ糸の物性について網羅的な情報をデータベース化しました。
本研究成果は、天然クモ糸の情報から合理的に設計されたさまざまな材料物性を示す人工クモ糸材料の創出に貢献すると期待できます。また、作成したデータベースは「Spider Silkome Database」として公開します。 論文情報 |
クモ糸の構造と力学物性を収録したデータベース(Spider Silkome Database)
背景
クモ糸は高い強度とタフネスを示す天然繊維であり、既存の石油由来高分子材料に代わるバイオ素材として注目を集めています。クモの種類やクモ糸を構成するタンパク質の違いによって幅広い物性を示すことから、人工的に合成したクモ糸は次世代の高強度構造材料をはじめ、さまざまな用途への展開が期待されています。
しかし、天然のクモ糸タンパク質の種類やアミノ酸配列がどのような物性を与えるのかは完全には解明されていません。複数の種類があるクモ糸の中で特に高いタフネスを示す牽引糸のタンパク質について、アミノ酸配列と物性の関係について調べた報告はあるものの限定的であり、材料物性を制御した人工クモ糸材料を合理的に設計するには、天然クモ糸の構造と物性の相関に関する包括的な知見が必要です。
本研究では、世界中に分布しているさまざまな種類のクモを集め、多様なクモ糸タンパク質の構造と物性についてデータベースを構築することにより、得られたデータを総合的に解析することを目指しました。
研究手法と成果
国際共同研究グループは、アジアやアメリカ、ヨーロッパなど世界の各地域に生息する1,000種以上のさまざまなクモを採集した後、それぞれのクモの細胞からRNAを抽出し、クモ糸に含まれるクモ糸タンパク質の種類やアミノ酸配列などの遺伝子情報を解析しました。また、それぞれのクモから採取した牽引糸について、力学物性(引張強度、伸び率、タフネス)や熱分解性、糸の直径など12種類の物性を測定しました。さらに、大型放射光施設「SPring-8」[4]を用いたX線散乱[5]によりクモ糸の結晶構造に関するデータも取得しました。採集したクモは系統的に分類され、RNAによる遺伝子情報(RNA塩基配列とアミノ酸配列)と物性データとをひも付けることでデータベースを作成しました(図1)。
これまでにアミノ酸配列が明らかにされているクモ糸タンパク質は52種のクモに由来し、タンパク質の種類も限定的でしたが、今回のデータベースはそれをはるかに上回る種類のクモからクモ糸タンパク質のデータを取得できました。これは世界で初めて網羅的にクモ糸タンパク質の構造とクモ糸の物性を組み合わせたデータであり、「Spider Silkome Database」として公開します。
図1 クモ糸タンパク質の構造とクモ糸の物性をデータベース化
(a)世界各地域で採集されたクモについて、クモ糸タンパク質の構造とクモ糸の物性を集約したデータベースを作成した。
(b)収録されているクモは系統分類され、それぞれのクモを選択するとタンパク質のアミノ酸配列や牽引糸の力学物性などに関するデータが閲覧できる。
次に、作成したデータベースを用いて、クモ糸タンパク質のアミノ酸配列と力学物性の相関について調べました。まず、クモ糸の物性について解析したところ、例えばクモ糸のタフネスはクモの種類によってさまざまな値をとることが分かりました(図2a)。また、クモ糸を構成するタンパク質の種類に着目すると、牽引糸を構成するMaSpタンパク質[6]の種類によりタフネスの値に有意な差が得られ、MaSpタンパク質のサブタイプがクモ糸のタフネスに大きく寄与していることが示唆されました。
さらに、MaSpタンパク質に含まれるいくつかのアミノ酸モチーフがタフネスなどの物性に強く相関することが明らかになりました。特にMaSpタンパク質に含まれる特定のアミノ酸モチーフが、タフネスの値と正の相関があることが分かりました(図2b)。
図2 クモ糸のタフネスに対するクモの種類とアミノ酸モチーフの影響
(a)採取したクモ糸のタフネスの測定値をクモの種類に対して図を作成した結果、クモの種類によってさまざまな値を取ることが分かった。特に、MaSp3などの特定のMaSpタンパク質が含まれているクモ糸は、それらを含まないクモ糸と比べて、高いタフネスを示した。
(b)MaSpタンパク質に含まれている特定のアミノ酸モチーフの出現頻度とタフネスの関係を図に表した結果、正の相関関係が得られた。各点の色はクモの分類の違いを示している。
今後の期待
本研究では、世界各地域の1,000種を超えるクモからクモ糸タンパク質のアミノ酸配列とクモ糸の力学物性のデータを集めることでデータベースを作成しました。このデータから、クモ糸の持つ高いタフネスに寄与するアミノ酸モチーフを同定することに成功しました。これらの知見に基づいて、今後アミノ酸配列から物性を予測した合理的な分子設計をすることで、自在に人工クモ糸材料を創製できるものと期待できます。
今回の結果は、石油由来の構造材料を代替する新しいバイオ高分子材料の創製につながると予想され、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)[7]」のうち「12.つくる責任つかう責任」に大きく貢献するものです。
補足説明
[1] 牽引糸
クモ糸の中で、クモの巣の縦糸やクモがぶら下がるときのライフラインとして利用されるクモ糸。他の種類のクモ糸よりも高いタフネスを示す。
[2] タフネス(靭性)
材料が力を受けたときに、破壊に至るまでに材料によって吸収されるエネルギーの大きさを表す。材料が耐え得る強度が大きいほど、また材料が破壊されるまでによく伸びる(ひずみが大きい)ほど高いタフネスを示す。
[3] アミノ酸モチーフ
タンパク質を構成しているアミノ酸の配列の中で、構造の形成や材料物性に影響を与えている特徴的な短い配列のこと。
[4] 大型放射光施設「SPring-8」
理研が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は放射光利用研究基盤センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
[5] X線散乱
X線を物質に照射し、散乱されたX線を測定して物質の構造情報を得る方法。
[6] MaSpタンパク質
クモの大瓶状腺で作られるタンパク質で、牽引糸を構成する。アミノ酸配列の違いによりMaSp1、MaSp2、MaSp3などの種類が存在する。
[7] 持続可能な開発目標(SDGs)
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。持続可能な世界を実現するための17のゴール、169のターゲットから構成され、発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)なものであり、日本としても積極的に取り組んでいる(外務省ホームページから一部改変して転載)。
国際共同研究グループ
理化学研究所 環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム
チームリーダー 沼田 圭司 (ヌマタ・ケイジ)(京都大学 大学院工学研究科 教授)
上級研究員 マライ・アリ・アンドレス (Malay Ali Andres)
特別研究員(研究当時) ジョアン・チュア (Jo-Ann Chuah)
特別研究員 クレイグ・ヘイミッシュ・キャメロン (Craig Hamish Cameron)
特別研究員(研究当時) 矢澤 健二郎 (ヤザワ・ケンジロウ)
基礎科学特別研究員 オクタビアニ・ヌル・アリア (Oktaviani Nur Alia)
テクニカルスタッフ(研究当時) 伊福 菜穂 (イフク・ナオ)
京都大学 大学院工学研究科
特定准教授 土屋 康佑 (ツチヤ・コウスケ)(理研 環境資源科学研究センター バイオ高分子研究チーム 客員研究員)
特定助教 チューン・ピン・フーン(Choon Pin Foong)
特定職員 立石 綾香 (タテイシ・アヤカ)
慶應義塾大学 先端生命科学研究所
教授 荒川 和晴 (アラカワ・カズハル)
特任准教授 河野 暢明 (コウノ・ノブアキ)
教授 冨田 勝 (トミタ・マサル)
特任助教(研究当時) 藤原 正幸 (フジワラ・マサユキ)
高輝度光科学研究センター
研究員 増永 啓康 (マスナガ・ヒロヤス)
Spiber株式会社
研究員 佐藤 良太 (サトウ・リョウタ)
研究員 大利 麟太郎 (オオトシ・リンタロウ)
研究員 ダニエル・ペドラゾリ (Daniel Pedrazzoli)
研究員 篠原 麻夏 (シノハラ・アサカ)
研究員 伊藤 雄介 (イトウ・ユウスケ)
研究員 中村 浩之 (ナカムラ・ヒロユキ)
東京大学 大学院農学研究科
技術職員 谷川 明男 (タニカワ・アキオ)
鹿児島大学大学院 連合農学研究科
博士課程 鈴木 佑弥 (スズキ・ユウヤ)
ニューサウスウェールズ大学
シニアリサーチフェロー シーン・ブラミレス (Sean J. Blamires)
トレント大学
教授 二コラ・M・プーニョ (Nicola M. Pugno)
ポスドク研究員 ガブリエル・グレコ (Gabriele Greco)
北京航空航天大学
准教授 ジュアン・グアン (Juan Guan)
シェフィールド大学
上級講師 クリス・ホランド (Chris Holland)
タフツ大学
教授 デビッド・L・カプラン (David L. Kaplan)
ラボマネージャー ルクサンダ・C・プレダ (Rucsanda C. Preda)
マレーシア大学
教授 クマー・スーデッシュ (Kumar Sudesh)
インド工科大学
准教授 ビマン・B・マンダル (Biman B. Mandal)
ディーキン大学
准教授 ランガム・ラジュコワ (Rangam Rajkhowa)
蘇州大学
教授 シャオキン・ワン (Xiaoqin Wang)
准教授 チャオズ・ツェン (Zhaozhu Zheng)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「超高機能構造タンパク質による素材産業革命(プログラム・マネージャー:鈴木隆領、研究課題責任者:沼田圭司)」、同戦略的創造研究推進事業ERATO「沼田オルガネラ反応クラスタープロジェクト(研究総括:沼田圭司)」、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業学術変革領域研究(B)「高分子材料と高分子鎖の精密分解科学(領域代表者:沼田圭司)」、文部科学省データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクトFSおよび本格実施(研究代表者:沼田圭司)による助成を受けて行われました。
発表者・機関窓口 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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