構造量子臨界点付近の結晶質固体Ba1-xSrxAl2O4が結晶・非晶質両方の性質を併せ持つことを発見(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年10月28日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2022年10月28日
大阪公立大学
東北大学
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
公益財団法人高輝度光科学研究センター
<ポイント>
◇結晶質固体であるBa1-xSrxAl2O4が、構造量子臨界点付近の化学組成において、非晶質固体で一般に見られる低熱伝導率を示すことを発見。
◇原子配列にずれが生じることで、非晶質的な特性を引き起こすことを解明。
◇ロケット用断熱材等への応用が可能な、結晶と非晶質の性質を併せ持つハイブリッド材料実現が期待。
大阪公立大学 大学院工学研究科 石井 悠衣 准教授、国立研究開発法人物質・材料研究機構 佐藤 直大 研究員、森 孝雄 グループリーダー、東北大学金属材料研究所 南部 雄亮 准教授、J-PARCセンター 河村 聖子 研究副主幹、村井 直樹 研究員、公益財団法人高輝度光科学研究センター 尾原 幸治 主幹研究員、河口 彰吾 主幹研究員らの研究グループは、Ba1-xSrxAl2O4(図1)の特定の原子振動が、構造量子臨界点付近の化学組成において乱れた状態で停止し、原子配列に部分的にずれが生じることで、結晶と非晶質両方の性質を併せ持つ状態になることを発見しました。 <掲載誌情報> |
<石井 悠衣 准教授のコメント>
本研究で見出した原理・現象は様々な物質に適用可能であり、結晶と非晶質の性質を併せ持つ、ハイブリッド材料の開発が期待できます。例えば結晶の光学的性質や電気伝導性と、非晶質の持つ低熱伝導率を同時に実現するスマート材料の実現などが考えられます。また、熱に強いといった結晶としての性質を活かして、宇宙など過酷な環境での断熱材としても期待ができます。
<研究の背景>
冷凍庫の中では水が氷に変化します。このように、物質の性質が不連続に変化する現象を相転移と言います。水から氷への変化は液体から固体への相転移ですが、相転移には様々な種類があり、固体から固体に変化する相転移も数多く存在します。結晶質固体が示す代表的な相転移としては、磁気相転移や構造相転移が挙げられます。通常、相転移は有限温度(T ≠ 0)で起こり、熱揺らぎが相転移の駆動力となっています。
ところが、結晶の化学組成などを適切にコントロールすると、量子相転移と呼ばれる絶対零度(摂氏−273度)での相転移が起こることがあります。また、この相転移点は一般に、量子臨界点として知られています(図2)。絶対零度(T = 0)では熱揺らぎは完全に抑制されており、量子臨界点では量子揺らぎがその相転移の駆動力として働きます。これまでに、磁気相転移が引き起こす量子臨界点について非常に多くの研究が行われ、物性物理の一大分野を築いてきました。その一方で、構造相転移の抑制によって現れる「構造」量子臨界点に焦点が当てられることは少なく、物質科学の未踏領域となっていました。
<研究の内容>
構造相転移の起源の1つに、音響ソフトモードと呼ばれる原子の集団的な振動があります。通常、音響ソフトモードの振動周波数(ω)が温度低下に伴って徐々に減少していき、ある有限温度で = 0となったとき、その原子振動パターンを反映した構造に構造相転移します。本研究では、充填トリジマイト型の酸化物強誘電体であるBaAl2O4が示す音響ソフトモードと、それが引き起こす構造相転移に注目しました。この物質ではBaをSrで全置換することができ、Ba1-xSrxAl2O4の化学式においてx = 0.1付近で構造量子臨界点が現れます。
本研究グループは今回、Ba1-xSrxAl2O4の構造量子臨界点近傍では、非晶質固体※2が通常示す過剰な格子比熱※3や、SiO2ガラスと同等の低熱伝導率が観測されることを発見しました。また、大型放射光施設SPring-8※4の BL02B2、BL04B2にて、放射光X線を利用して結晶構造やその局所構造を詳しく調べたところ、通常の構造相転移で期待されるような結晶の長距離秩序構造が、構造量子臨界点に向かって著しく抑制されていること、また構造量子臨界点以上の組成では、もともと原子振動の小さいBa原子は理想的な位置付近にとどまっているものの、AlO4ネットワークにおいて理想的な原子配列からのずれが生じていることが明らかになりました(図3)。
さらに、大強度陽子加速器施設(J-PARC)にて、中性子を用いてその原子振動状態を詳しく解析したところ、構造量子臨界点組成に向かって原子振動が全体的に大きく減衰していることが明らかになりました。そこで得られる中性子スペクトルは、非晶質固体において通常観測されるものに、その特徴が一致しています。つまり、構造量子臨界点では、原子振動の位相が乱れた状態で音響ソフトモードが停止する(凍結する)ことで、Ba副格子は結晶の並進対称性※5を維持しながら、AlO4ネットワークではまさにガラス状となった「副格子ガラス状態※6」が実現し、上述の非晶質的な特性を引き起こしていることが、本研究によって判明しました。
通常、結晶質固体は周期的な原子配列を基本としており、それによって並進対称性が満たされています。本成果は、ガラスのような周期構造の乱れが結晶の並進対称性と共存可能であることを初めて示すものです。
<期待される効果・今後の展開>
本研究では、音響ソフトモードに起因する構造相転移を抑制した構造量子臨界点付近において、結晶の周期性と非晶質のランダムネスを併せ持つ「副格子ガラス状態」が実現していることを発見しました。この状態では、副格子を形成する周期構造と、ガラス状ネットワークのハイブリッド構造をとっています。この特殊なハイブリッド構造によって、本物質は、明らかに結晶質固体であるにもかかわらず、SiO2ガラスと同程度の低熱伝導率など、非晶質固体で一般に見られる熱的特性を示すことが分かりました。またこの副格子ガラスの原子振動状態は、非晶質固体が示す原子振動状態と、特徴が一致していることも分かりました。
本研究が初めて見出したこの「副格子ガラス状態」は、原料を均一に混合して加熱するという簡便な方法で作り出すことができ、複合材料のように性質の異なる2種類の材料を接合するなどのプロセスを必要としません。また本現象は、音響ソフトモードを持つ物質であれば原理的に起こり得ること、またこの原理の適用に関し新たなプロセス開発は不要であることから、この原理を様々な物質へ適用することで、結晶と非晶質の2つの性質を併せ持つ、ハイブリッド材料の実現が期待できます。
<資金情報>
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域「複合アニオン」(課題番号16H06441、17H05473、17H05487、19H04683、19H04704)、科研費(17H06137、20H01844、21H03732、22H05145)、JST Mirai(Grant No. JPMJMI19A1)、JST FOREST(Grant No. JPMJFR202V)の支援を受けて行われました。
<用語解説>
注1音響ソフトモード・・・ 結晶中の原子の熱振動のうち、音波のような振動パターンを持つものを音響モードという。そのうち、温度低下とともに振動周波数が徐々に減少するものを音響ソフトモードという。
注2非晶質固体・・・ 結晶のような周期的構造を持たず、原子の不規則な配列からなる固体のこと。
注3格子比熱・・・ 物質の温度を上昇させるのに必要な熱量のうち、原子振動によるもの。
注4大型放射光施設SPring-8・・・ 兵庫県の播磨科学公園都市にある理化学研究所が所有する世界でもトップクラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注5並進対称性・・・ 平行移動すると重なる性質。結晶は原子の周期的配列からなるため、並進対称性をもつ。
注6副格子ガラス状態・・・ Ba1-xSrxAl2O4において本研究が初めて見出した原子配列の状態であり、Ba(Sr)原子の周期的な配列(Ba副格子)と、ガラス状のAlO4ネットワークが組み合わさった状態を意味する。Ba1-xSrxAl2O4以外の物質においても、音響ソフトモードの制御によって、同様の状態を実現することが原理的に可能である。
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