荷電π電子系の近接積層に起因した電子物性の制御を実現 ~ナノ磁性、触媒反応、強誘電体の応用など機能性材料の開発に期待~(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年11月16日
- BL02B1(単結晶構造解析)
- BL40XU(高フラックス)
2022年11月16日
立命館大学
本件のポイント
■ Hard and Soft Acids and Bases(HSAB)則4に基づいたイオンペアメタセシス5によりポルフィリン6イオンペアの合成に成功
■ コアユニットに電荷を有するπ電子系のイオンペアリングによる規則配列構造の構築を実現
■ 活性化されたπ電子系カチオンとπ電子系アニオンの間の電子移動によってラジカルペアを形成
■ 近接積層した異種ラジカルペアにおけるスピン–スピン相互作用の発現と温度に依存した電子スピン分布のスイッチングを実現
立命館大学生命科学部の前田大光教授と同大学大学院生命科学研究科博士課程後期課程の田中宏樹さんらの研究チームは、新潟大学、金沢大学、高輝度光科学研究センターと共同で、コアユニットに電荷を有するπ電子系1のイオンペアリング2を実現し、活性化されたπ電子系カチオンとπ電子系アニオンの近接によって異種ラジカル3ペア積層構造を形成し、温度に依存した電子スピン分布のスイッチングが可能であることを解明しました。本研究成果は、2022年11月15日(現地時間)に、米国化学会誌「Journal of the American Chemical Society」に掲載されました。 <論文情報> |
<研究成果の概要>
π電子系の電子状態を制御し、その物性を検証することは、半導体材料や発光性材料などの機能性マテリアル開発において重要です。研究チームは、カチオンとアニオンを対とした状態での物性・機能性の可能性に着目し、荷電ポルフィリンのイオンペアリングを検討しました。HSAB則に基づいたイオンペアメタセシスによりポルフィリンイオンペアの合成に成功し、規則配列構造に起因した機能発現を実現しました。その中で、活性化(電子求引性基置換)カチオンと活性化(電子供与性基置換)アニオンの間で電子移動が誘起され、ラジカルペアを形成することを明らかにしました。このとき、凍結非極性溶媒中で生成した2種類のラジカルが近接積層し、スピン–スピン相互作用により温度に依存した電子スピン状態のスイッチングが可能であることを解明しました。このような荷電π電子系に特有の物性は、ナノ磁性、触媒反応、強誘電体への応用が期待されます。本研究は科学研究費補助金および立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)7などの支援によって実施されました。
<研究の背景>
近年、多様なπ電子系化合物が合成され、その電子状態(電子豊富・電子不足)や集合化形態を制御することにより、有機エレクトロニクス材料として利用されています。研究チームは、π電子系コアに電荷を有する荷電π電子系を研究対象とし、これまで、規則配列構造の構築や、電子・光機能性の発現を報告してきました。荷電π電子系はカチオンとアニオンが共存して存在するため、その間にはたらく相互作用により、イオンペア、電荷移動錯体、ラジカルペア、共有結合体といった多様な形態を与えることが考えられます(図1)。すなわち、π電子系であるカチオンとアニオンをペアとして形態や物性を検証する必要があり、電子の挙動を制御することで機能性材料の開発へと連動します。しかしながら、カチオンとアニオンの双方が荷電π電子系からなる分子システムの構築は容易ではなく、ペアとしての形態や物性はほとんど明らかになっていませんでした。
図1 イオンペアリングによる多様な形態
<研究の内容>
ポルフィリン骨格に対する電荷を完全に補償しない金属イオンの導入は、荷電π電子系の重要な形成戦略の一つです。本研究では、ポルフィリンのAuIII錯体とメゾヒドロキシポルフィリンの脱プロトン体を構成ユニットとしたイオンペアを合成し、集合化および物性評価を検討しました。荷電ポルフィリンは周辺置換基によって電子状態を制御でき、カチオンは電子供与性基の導入により安定化、電子求引性基により活性化し、アニオンはその逆の性質を示します。置換基導入によって安定化または活性化したポルフィリンイオンの多様な組み合わせを、HSAB則に基づくイオンペアメタセシスによって実現することに成功しました(図2)。
図2 イオンペアメタセシスによるポルフィリンイオンペアの合成
荷電ポルフィリンからなるイオンペアでは、結晶中での規則配列構造を実現し、溶液中では活性化カチオンと安定化アニオンが近接した積層イオンペアの形成と核磁気共鳴8を利用した会合定数の評価に成功しました。対照的に、活性化カチオンと活性化アニオンのイオンペアは、非極性溶媒であるトルエン中でカチオンとアニオンそれぞれの吸収とは異なる紫外可視吸収スペクトル9を示し、アニオンからカチオンへの電子移動によるラジカル種の形成を見出しました。このとき、2種類のラジカルが高密度積層した2量体の形成が電子スピン共鳴10から示唆され(図3)、さらに異種ラジカル間のスピン–スピン相互作用により、温度に依存した電子スピン分布のスイッチングが可能であることを解明しました(図4)。とくに、ラジカル間に反平行に配置した電子スピンは共有結合と共通した形態であり、近接した積層イオンペア形成を基盤として新たな結合状態の提示ができたものと考えられます。
図3 荷電π電子系の電子移動による異種ラジカルペア積層構造の形成
図4 電子スピンの分布(赤でラベル)の温度依存性
<社会的な意義>
本研究では、荷電π電子系における概念的な新規性だけでなく、規則配列や近接積層に起因した物性に関する貴重な知見が得られました。新たに見いだされた物性は、ナノ磁性、触媒反応、強誘電体などへの応用をめざした材料開発につながることが期待されます。
<用語説明>
1. π電子系:二重結合などを有する分子。分子構造によっては可視光を吸収し、色素となる。
2. イオンペアリング:カチオンとアニオンを組み合わせ、互いに電荷を補償した形でペアを形成すること。
3. ラジカル:不対電子を有する化学種。
4. Hard and Soft Acids and Bases(HSAB)則:R. G. Pearsonによって提唱された硬い(分極しにくい)酸が硬い塩基と、軟らかい(分極しやすい)酸が軟らかい塩基と親和性を有するという概念。
5. イオンペアメタセシス:複数のイオンペアを共存させた際に起こるペアの組み換え。
6. ポルフィリン:ピロール環4個からなる環状分子。光合成色素クロロフィルなどの骨格。
7. 立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO):立命館大学の中核研究組織として、2008年4月に設立された分野横断型の研究組織。
8. 核磁気共鳴:磁場中に置かれた原子核の核スピンの共鳴現象のこと。物質の分子構造や物性の解析に利用されている。
9. 紫外可視吸収スペクトル:どのようなエネルギーの紫外光・可視光を吸収するかを評価する測定。
10. 電子スピン共鳴:磁場中に置かれた電子スピンの共鳴現象のこと。不対電子を検出することができる。
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