300万気圧を超える圧力下で金属鉄の音速測定に成功 ~地球内核の解明に向けた新たな一歩~(プレスリリース)
- 公開日
- 2022年11月28日
- BL43LXU(理研 量子ナノダイナミクス)
2022年11月28日
国立大学法人 東北大学大学院理学研究科
国立研究開発法人 理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人 愛媛大学 地球深部ダイナミクス研究センター
【発表のポイント】
● 地球の内核境界(注1)に相当する300万気圧(注2)を超える極限圧力下での金属鉄の音速測定に初めて成功しました。
● 高度に最適化された非弾性X線散乱測定法(注3)と超高圧発生法の開発によって先行研究の倍に相当する300万気圧を超える圧力下での音速測定が可能になりました。
● 地震学的研究による内核の音速は、その条件下での金属鉄の音速よりも非常に遅いことを示し、その音速を説明する内核の化学組成を提案しました。
地球の内核の構造と化学組成は、地球科学における未解明な最重要課題の一つであり、高圧下での金属鉄の音速は内核の解明のための重要な手掛かりの一つです。東北大学大学院理学研究科の生田大穣博士と大谷栄治名誉教授は、理化学研究所放射光科学研究センター物質ダイナミクス研究グループのバロン・アルフレッドグループディレクターとそのグループメンバーおよび、愛媛大学地球ダイナミクス研究センターの境毅准教授と共同で、大型放射光施設SPring-8(注4)のBL43LXU理研量子ナノダイナミクスビームライン(注5)の世界最高輝度の放射光X線と、ダイヤモンドアンビルセル(注6)を用いた静的高圧実験(注7)によって、音速測定の測定圧力条件を先行研究の倍に相当する300万気圧以上に拡張し、地球の内核境界に相当する圧力下での金属鉄の音速測定に初めて成功しました。本研究の結果から、地震学的研究によって決定された内核の音速は、本研究で明らかにした内核条件での金属鉄の音速と比べて、縦波速度で4%、横波速度で36%遅いことが分かりました。この結果から、地球の内核に硫黄、ケイ素が多く含まれる一方で、酸素に乏しい特徴を持つことが示唆されました。 【論文情報】 |
【詳細な説明】
図1. 300万気圧を超える超高圧での金属鉄と高圧装置のダイヤモンドからの非弾性X線散乱強度の測定例。1秒間で0.01-0.02カウント程度の弱いシグナルでも、試料である金属鉄(青い点線)からの非弾性X線散乱のシグナルが高圧装置であるダイヤモンドからのシグナル(オレンジ色の破線)と明確に分離できる。
地球の最深部に位置する内核は、300万気圧を超える圧力下にあり、鉄を主成分としていると考えられています。しかし、地震波速度の観測により見積もられる内核の密度・音速と、これまでに数多く実施されてきた鉄および鉄合金の高圧実験との比較から、鉄だけでは内核の密度と音速を説明することができず、内核には軽元素が含まれていると予想されてきました。この内核に含まれる軽元素の種類と量を特定することは高圧地球科学の未解明な最重要課題の一つです。
軽元素の種類と量を特定するためには、基準となる鉄(核の主成分)の高圧下での物性(密度と音速)を正確に見積もる必要があります。近年の高圧実験の手法開発の進展に伴い、密度の直接測定は、300万気圧を超える圧力下での鉄および鉄合金の測定が報告されてきています。一方で音速測定は、実験の困難さから先行研究では100-150万気圧程度での測定に限定されていたため、音速を用いた内核の議論には大きな外挿(がいそう)が必要とされ、核の構造と化学組成の議論に大きな不確かさを与える要因となってきました。
高圧下における音速測定実験では、高圧条件を作り出すために厚さ1ミクロン程度、直径5ミクロン程度の非常に小さい実験試料を用います。このような微小試料からのX線回折やX線散乱のシグナルは極めて弱く、中でも音速の情報を含む非弾性X線散乱のシグナルはさらに弱いシグナルであるため、長時間の測定を行っても、十分な強度と信号雑音比(SN比)が得られないことが大きな問題とされてきました。
本研究グループは数年にわたり、弱い非弾性X線散乱シグナルからノイズを除去して音速情報を検出する特殊な光学系の開発を進めました。さらに、高圧実験(注7)に使用するダイヤモンドアンビル(注6)の形状を改良し、300万気圧を超える圧力を長時間安定に保持することを可能にしました。以上の方法によって、これまで行われてこなかった300万気圧を超える圧力下での金属鉄での音速の直接測定に成功しました。
図1は、300万気圧を超える圧力下で測定された金属鉄の非弾性X線散乱のシグナルを示しています。1秒間で0.01-0.02カウント程度の弱いシグナルでも、試料からの非弾性X線散乱のシグナルがはっきりと見て取れます。
図2は、本研究で測定された高圧下における金属鉄の音速(縦波速度)と密度(A)および音速と圧力(B)の関係を示しています。先行研究の議論の不確かさの原因となってきた音速測定圧力が本研究で大きく拡張され、内核の密度・圧力範囲での音速を測定することができるようになりました。
図2. 高圧下での金属鉄の密度(A)および圧力(B)と音速(縦波速度)の相関図。青い四角が本研究による実験結果を示す。参考値として先行研究の最高圧の測定結果を白丸で、地震学によって観測された地球内核の密度および圧力範囲における音速を赤い星印で示している。
本研究によって、地震学的研究による地球の内核での音速は、内核条件の金属鉄の音速と比べて、縦波速度で4±2%、横波速度では36±17%も遅いことが分かりました。本研究と先行研究の結果をまとめると、地球の内核での音速は、ケイ素や硫黄に富み、酸素に乏しい化学組成で説明できることが示唆されました。今後、本研究で開発された音速測定法によって、300万気圧を超える圧力下でのさまざまな鉄合金や鉄化合物の音速を決定することによって、内核の構造や組成をさらに詳細に解明できるものと期待されます。
【謝辞】
この研究は、日本学術振興会の科学研究費(JP15H05748、JP20H00187)によって支援され、高圧実験はSPring-8のビームラインBL43LXUにおいて、理化学研究所放射光科学研究センターの実験課題(20190016、20200025、20210023)によって行われました。また、共同利用・共同研究拠点である愛媛大学先進超高圧科学研究拠点との共同研究で実施されました。日本学術振興会、理化学研究所、高輝度光科学研究センターおよび愛媛大学の支援に感謝します。
【用語解説】
(注1)地球の内核境界
地球の最深部に存在する固体の内核とその外側に位置する液体の外核の境界。圧力は約330万気圧に相当する。
(注2)圧力の単位
1気圧=1.01325×105パスカル、つまり300万気圧は304ギガパスカルに相当する。
(注3)非弾性X線散乱測定法
物質にX線を照射した際の結晶格子による非弾性散乱によって、物質の格子振動を観測する手法。格子振動の音響モードの振動数が音速である。音速の測定法は何通りか存在し各々長所と短所があるが、静的圧縮下にある金属の音速を精度良く測定する手法としては、非弾性X線散乱法による測定がほぼ唯一の手法である。
(注4)大型放射光施設SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。高輝度光科学研究センター(JASRI)が利用者支援等を行っている。放射光とは、亜光速まで電子を加速させつつ、その進行方向を電磁石によって曲げた際に発生する細く強力な電磁波のことである。SPring-8ではこの放射光を用い基礎科学から産業利用までの幅広い研究が行われている。
(注5)BL43LXU理研量子ナノダイナミクスビームライン
BL43LXU理研量子ナノダイナミクスビームラインはSPring-8に設置されている理研ビームラインの一つであり、バロン・アルフレッドグループデイレクターが率いる理化学研究所放射光科学研究センター物質ダイナミクス研究グループによって設計され、運用されている。このビームラインは、非弾性X線散乱法を用いてナノメートルスケール(原子間距離レベル)で物質の格子振動を観測し、物質内での音速を決定することができるほか、物質のさまざまなダイナミクスの研究が行われている。物質ダイナミクス研究グループは10年前からこのビームラインにおいて高圧下での物質内の音速測定の最適化を研究している。
(注6)ダイヤモンドアンビルセル
ダイヤモンドを用いた高圧発生装置。入手可能な物質としては最も硬い物質であるダイヤモンドで試料を挟み込むことで高圧を発生する。
(注7)静的高圧実験
実験室で行う高圧実験の圧力発生法としては、大きく分けると動的圧縮によるものと静的圧縮によるものがある。動的圧縮はレーザーなどを用いて試料に瞬間的な高圧と高温を発生させる方法である。本研究で用いた静的高圧実験は、継続的に高圧を発生させる実験であり、動的圧縮と比べ試料の状態が安定しているため、任意の実験条件における物質の物性を精度良く測定することができる。
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