大型放射光施設 SPring-8

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鉛を使わなくても優れた強誘電性・圧電性が得られる セラミックス材料の設計指針を提案 ~ビスマスイオンを含むナノドメインの導入~(プレスリリース)

公開日
2023年02月07日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)

2023年2月7日
広島大学
九州大学
山梨大学

【本研究成果のポイント】
● チタン酸バリウムとビスマスフェライトを固溶させて合成した非鉛系圧電セラミックス材料がこれまで明らかになっていない新しい物理的起源により優れた強誘電性と圧電性を示すことを発見。
● 一見して立方晶に見える結晶において、ビスマスイオンに原子配置に関する構造乱れがあり、それらが強誘電性を示すナノドメインとなることを放射光X線回折実験と透過型電子顕微鏡観察で解明。
● 電場印加するとナノドメイン内のビスマスイオンを整列させることできることから、分極を担うナノドメインを導入し、それらを電場下で再配列させるという新しい概念による圧電材料の設計指針を提案した研究成果。

 広島大学大学院先進理工系科学研究科のキム·サンウク助教、黒岩芳弘教授、九州大学大学院工学研究院の大学院生宮内隆輝氏(研究当時)、佐藤幸生准教授、山梨大学大学院総合研究部の研究員ナム·ヒョンウク博士、藤井一郎准教授、上野慎太郎准教授、和田智志教授からなる共同研究グループは、優れた強誘電性(*1)圧電性(*2)をもつ非鉛系圧電セラミックス材料の合成に成功しました。スマートフォンや自動車などの電子機器に用いられている圧電素子には、長年にわたり鉛を含む圧電材料が使用されてきました。今回、合成に成功した材料は鉛を含まないために、環境にやさしい圧電材料として期待できます。SPring-8(*3)での放射光X線回折実験(SR-XRD)と高分解能透過型電子顕微鏡観察(TEM)により鉛を含まなくても優れた圧電特性が得られる新しいメカニズムを解明しました。
 強誘電性を示す圧電材料の圧電特性は、結晶の単位構造由来の本質的寄与と強誘電分域(ドメイン)等由来の非本質的寄与により発現します。一般に、本質的な寄与分を除いたすべての寄与分が一括りに非本質的な寄与によるものと考えられてきました。
 チタン酸バリウム(BaTiO3:BT)とビスマスフェライト(BiFeO3:BF)を固溶させてセラミックスを合成したところ、特定化学組成で立方晶に見えるにもかかわらず、優れた強誘電性を示すことを発見しました。 また、従来の鉛を含むチタン酸ジルコン酸鉛(Pb(Zr,Ti)O3:PZT)に匹敵する圧電性を示すことも発見しました。
 電場印加下での構造解析の結果、ペロブスカイト型構造のAサイトを占めるバリウム(Ba)イオンとビスマス(Bi)イオンのうち、Biイオンが理想的な原子位置を占めるBaイオンの位置から少しずれた乱れた原子位置を占め、局所的に強誘電性を示すナノドメインを形成することを明らかにしました。 このナノドメインは、電場を印加することで電場方向に整列させることが可能です。このように、非本質的な寄与の一つとしてナノドメインからの寄与というものがあり、この寄与の分を大きくすることで鉛を含まなくても優れた特性をもつ圧電材料をデザインすることができるという新しい材料設計の指針を示しました。
 本研究成果は材料分野で著名な国際誌である「Advanced Materials」のオンライン版に2023年2月6日付で掲載されました。

【発表論文】
論文タイトル
Piezoelectric actuation mechanism involving extrinsic nanodomain dynamics in lead-free piezoelectrics
著者と所属
*Kim Sangwook1、 宮内隆輝2、 佐藤幸生2、Nam Hyunwook3、藤井一郎3、上野慎太郎3、 黒岩芳弘1、和田智志3
(* 責任著者)
 1 広島大学大学院先進理工系科学研究科
 2 九州大学大学院工学研究院
 3 山梨大学大学院総合研究部
掲載雑誌
Advanced Materials
DOI: https://doi.org/10.1002/adma.202208717

【背景】
 圧電素子は、アクチュエータやソーナー、センサーなど、現代社会で欠かせない電子部品の一つです。ほとんどの圧電素子は有害な鉛を含むため、最近、環境にやさしい高性能非鉛系圧電材料も用いた圧電素子の開発が求められています。
 我々の研究グループでは、Biイオンを含むBF-BTセラミックスが、高性能な次世代非鉛系圧電材料候補になりうることを提案してきました。 BF-BTセラミックスは、環境にやさしい圧電材料として有望であるにもかかわらず、圧電性の発現機構に対する明確な物理的理解が不足していました。 このようなBiイオンを含む非鉛系圧電セラミックスの優れた圧電性の起源が理解できれば、新しい非鉛系圧電材料開発のための材料設計指針を提案できると考え、本研究に着手しました。

【研究成果の内容】
 BF-BTセラミックスは、BFとBTの粉末状原材料を混合し、成形した後、 高温で焼成することで作製されました。強誘電特性と圧電特性を調べた結果、図1のような強誘電体に特徴的な分極とひずみ曲線を得ることができました。BF-BTセラミックは、自発分極の大きさが積層コンデンサー材料としてよく用いられる典型的な強誘電体材料であるBTを凌駕する大きさであり、鉛系圧電材料であるPZTに迫る圧電性をもっていることがわかりました。
 BFとBTはどちらもマクロメートルサイズのドメインをもつ強誘電体ですが、九州大学の超顕微解析研究センターでの高分解能透過型電子顕微鏡観察の結果、BF-BTセラミックにはナノメートルサイズのドメインが存在することを発見しました。ナノドメインの起源を解明するため、放射光X線回折実験を行いました。図2のように、ペロブスカイト型構造の単位格子のコーナー位置であるAサイトを占めるBaイオンとBiイオンのうち、Biイオンだけが理想的な原子位置から結晶軸方向にずれて配置することから、Aサイトに局部的な分極構造が形成され、これがナノドメインの起源となることがわかりました。
 強誘電性を示す圧電材料の圧電特性は、結晶の単位構造由来の本質的寄与と強誘電分域(ドメイン)等由来の非本質寄与で説明されます。一般に、本質的な寄与分を除いたすべての寄与分が一括りに非本質的な寄与によるものと考えられてきました。非本質的な効果をさらに明確に分類することは、圧電応答の起源を理解する上で重要です。そこで、電場下でSR-XRD実験を行い、圧電効果におけるそれぞれの寄与を見積もりました。BTの濃度が0.3や0.4のセラミックスである0.70BF-0.30BTや0.60BF-0.40BTでは、図3に示すように、非本質的な効果にはナノドメイン内でBiイオンが電場下で再配列する効果しかなく、通常の強誘電ドメイン由来の効果がないことがわかりました。
 0.70BF-0.30BTセラミックスが最も高い圧電性能を示す一方、結晶の単位構造由来の本質的圧電効果の寄与を大きくすることは難しいので、 Biイオンのオフセンタリングによって形成されたナノドメインによる圧電性への寄与を大きくすることで、この材料の圧電性は格段に向上すると考えられます。このように、構造乱れをもつナノドメインを結晶に導入し、電場下でその乱れをそろえて分極方向を電場方向に揃えるということをすれば、鉛を含まなくても優れた高性能圧電材料を開発できることがわかりました。


図1

図1. BT-BFセラミックスの(a)分極と(b)ひずみ曲線


図2

図2. セラミックスにおけるナノドメイン形成


図3

図3. 電場下圧電応答の本質的/非本質的寄与の割合

【今後の展開】
 本研究では、鉛の代わりにBiイオンを含むBF-BTセラミックスが鉛系圧電材料の代替材料になる可能性があることを見出し、強誘電性·圧電性に寄与する新しい分極機構を初めて説明しました。環境にやさしい圧電材料としてBiイオンを含む圧電材料はこれまで多くのグループで研究されてきましたが、誘電物性の発現機構を明確に理解する物理的解釈が不十分でした。今回の研究によりわかった、ナノドメインを形成し電場下で制御するという新しい概念を使えば、より高性能な強誘電体·圧電体材料を開発できると期待しています。


【参考資料】

(※1)強誘電性
物質に外部から電場を印加しなくても、物質内で電気的にプラスとマイナスに分極したミクロな双極子が整列しており、双極子の方向を電場によって変化できる性質のこと。強誘電性をもつものは圧電性ももつ。

(※2)圧電性
物質に外部から応力を加えると、分極する性質。そのような物質は、逆に、外部から電場を印加すると変形する逆圧電性も示す。これらの現象をまとめて圧電性ということもある。圧電材料は、電気的エネルギーを機械的エネルギーに可逆的に変換できる。圧電性をもつものは、必ずしも強誘電性をもつとは限らない。

(※3)大型放射光実験施設SPring-8
播磨科学公園都市内に位置する大型放射光施設。波長の短い高エネルギーX線を用いた高精度の回折実験が可能なため、今回のようなX線の吸収の大きなビスマスイオンとX線の散乱能の低い酸素イオンを同時に含むような物質でも精密に構造解析することができる。

【謝辞】
 SPring-8での実験は、主としてBL02B2粉末構造解析ビームラインにおいて、 高輝度光科学研究センター(課題番号:2017A1660、2018B1267、2021B1311、2022A1133)の支援により行われました。実験では、ビームライン担当者の河口 彰吾博士、小林 慎太郎博士から多大なる援助を賜りました。
 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金(JP18H01710、JP20H00314、JP20H02441、JP20K21091)および 日本学術振興会―インド政府科学技術省・科学技術庁二国間共同研究プロジェクト(JPJSBP120197724)、日本学術振興会外国人特別研究員(19FP19065)の支援を受けて行われました。また、公益財団法人村田学術振興財団研究助成(M21助自029)の支援を受けて行われました。



 

《問い合わせ先》
【研究に関すること】
●広島大学大学院先進理工系科学研究科 助授 Kim Sangwook(きむ さんうく)
 TEL:082-424-7499 
 E-mail:sangwookatsci.hiroshima-u.ac.jp

●九州大学大学院工学研究院 准教授 佐藤 幸生(さとう ゆきお)
 TEL: 092-802-2971
 E-mail:satoatzaiko.kyushu-u.ac.jp

●山梨大学大学院総合研究部 教授 和田 智志(わだ さとし)
 TEL: 055-220-8555
 E-mail:swadaatyamanashi.ac.jp

【報道に関すること】
●広島大学 広報室
 TEL:082-424-3749  FAX: 082-424-6040
 E-mail:kohoatoffice.hiroshima-u.ac.jp

●山梨大学 企画部 広報企画課
 TEL:055-220-8005、8006  FAX: 055-220-8799
 E-mail:kohoatyamanashi.ac.jp

●九州大学 広報室
 TEL: 092-802-2130 FAX: 092-802-2139
 E-mail:kohoatjimu.kyushu-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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