大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

半導体ポリマーの結晶化促進により有機太陽電池の高効率化に成功(プレスリリース)

公開日
2023年02月23日
  • BL13XU(X線回折・散乱 I)
  • BL46XU(HAXPES II)

2023年2月22日
国立大学法人広島大学
国立大学法人京都大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター

【本研究成果のポイント】
•半導体ポリマーの結晶化により塗布型有機薄膜太陽電池(OPV)の変換効率を約2倍向上させることに成功。
•半導体ポリマー(p型有機半導体)とn型有機半導体の結晶化が促進されるメカニズムを解明。

 広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格 教授、斎藤慎彦 助教、京都大学大学院工学研究科の大北英生 教授、KIM Hyung Do 助教、高輝度光科学研究センター放射光利用研究基盤センターの小金澤智之 主幹研究員らの共同研究チームは、有機薄膜太陽電池(OPV)の発電材料である有機半導体の高結晶化によりエネルギー変換効率を向上させることに成功しました。
 『塗って作れる』次世代の太陽電池であるOPVは、カーボンニュートラル実現に向けて重要な太陽光発電技術として近年注目されています。OPVの実用化には、エネルギー変換効率の向上が大きな課題の一つです。そのためには、発電層に用いる有機半導体を結晶化させることが重要です。今回、共同研究チームは、広島大学の研究グループが開発した2種類のp型有機半導体(半導体ポリマー)と、4種類のn型有機半導体を用い、それぞれを組み合わせて作製したOPVの発電特性を系統的に調査することで、どのような性質をもったp型とn型有機半導体を混合すればうまく結晶化するのか見出すことに成功しました。その結果、うまく結晶化した半導体ポリマーを用いたOPVは、結晶化できなかった半導体ポリマーを用いたOPVに比べて約2倍高い変換効率を示すことを見出しました。

 本研究成果は、2023年2月23日(木)8時(日本時間)にWiley社の科学誌「Advanced Energy Materials」にオンライン掲載されました。

<論文情報>
・論文のタイトル:“Interplay Between π-Conjugated Polymer Donors and Acceptors Determines Crystalline Order of Their Blends and Photovoltaic Performance”
・著者: Kodai Yamanaka, Masahiko Saito, Tomoyuki Koganezawa, Hayato Saito, Hyung Do Kim, Hideo Ohkita, Itaru Osaka.
・掲載雑誌:Advanced Energy Materials
・DOI:10.1002/aenm.202203443

【背景】
 カーボンニュートラルの実現に向けて、再生可能エネルギーの開発研究が求められています。その中でも、地球上に無限に降り注がれる太陽光エネルギーを利用した太陽光発電技術は非常に魅力的であり、これらの導入量を増やすことは重要な課題です。有機薄膜太陽電池(OPV)[1]は、溶液プロセスによってプラスチック上に製造でき、軽量、フレキシブル、シースルーといった一般社会に普及しているシリコン太陽電池にはない特長を持っています。このような特長を活かすことで、シリコン太陽電池では設置が困難である建物の壁や窓などの垂直面や、テントやビニールハウスなどへの応用も可能です。しかし、OPVの変換効率は既に普及されているシリコン太陽電池より低い値を示しているため、OPVの社会実装には、何よりもエネルギー変換効率の向上が必要です。
 OPVの発電層には、正電荷を輸送するp型有機半導体と、負電荷を輸送するn型有機半導体の混合膜が用いられます。OPVの高効率化には、これら有機半導体の結晶性を高めて、光吸収により生成した電荷が効率的に電極まで輸送されるようにしなければなりません。しかし、異なる有機半導体を混ぜた状態で、これらを結晶化させるのは非常に困難です。例えば、一般的にp型有機半導体として用いられる高分子系材料(半導体ポリマー)は、それ単独で薄膜にした場合には高い結晶性を示すものであっても、n型有機半導体を混ぜると結晶性が大きく低下することがあります。特に近年、従来のフラーレン系材料[2]に代わるn型有機半導体として注目される非フラーレン系材料[3]を混合すると、半導体ポリマーの結晶性が大きく低下することが分かっていました。
 そこで、広島大学の研究グループは今回、p型有機半導体として2種類の結晶性半導体ポリマーとn型有機半導体として計4種類のフラーレン系と非フラーレン系材料を用いて、どのように組み合わせれば半導体ポリマーが結晶化し、OPVが高効率化できるか調査しました。

【研究成果の内容】
 本研究では、p型有機半導体として広島大学のグループが開発したPTzBTとPTzBTEの2種類の半導体ポリマー(図1)を用い、n型有機半導体として、フラーレン系材料であるPCBMと非フラーレン系材料であるIT-4F、Y6およびY12を用いました。p型とn型有機半導体のそれぞれを組み合わせた計8種類のOPV素子を作製したところ、PCBMとY12を用いた素子では、PTzBTとPTzBTEどちらを用いた場合でもOPVの外部量子効率は同様でしたが、IT-4FとY6を用いた素子では、PTzBTEを用いた方がPTzBTを用いた場合よりも外部量子効率[4]が顕著に高いことが分かりました(図2)。その結果、エネルギー変換効率は、IT-4Fの素子では、PTzBTEのときは12.0%、PTzBTのときは8.7%、またY6の素子では、PTzBTEのときは13.4%、PTzBTのときは7.0%となり、半導体ポリマーとしてPTzBTEを用いることでPTzBTの場合よりも最大で約2倍高い値が得られました。また、PTzBTEとY12を組み合わせた素子で、約15%の変換効率が得られました。
 次に、大型放射光施設SPring-8[5]のBL13XUとBL46XUにて、上記8種類の混合膜についてX線回折測定を行なったところ、PCBMとY12を用いた混合膜では、PTzBTもPTzBTEも高い結晶性を示しましたが、IT-4FとY6を用いた混合膜では、PTzBTEは高い結晶性を示したもののPTzBTは非晶性であることが明らかとなりました。つまり、ポリマーの結晶状態とOPV特性は非常によく相関することが分かりました。このように、組み合わせるn型有機半導体によって半導体ポリマーの結晶状態が変化することについて、分光測定などを駆使して解析したところ、それぞれの凝集性が大きく影響していることが分かってきました(図3)。PTzBTはPCBMやY12など凝集性の高いn型有機半導体と組み合わせると、溶液から薄膜を形成する過程において、両者が相分離することにより結晶状態を形成しますが、IT-4FやY6などの凝集性の弱いn型有機半導体を組み合わせると、溶液において互いによく混合して、その状態を保ったまま薄膜化するため非晶状態を形成すると考えられます。一方、PTzBTEは側鎖のエステル基上の酸素原子が、ポリマー主鎖の硫黄原子と非結合性相互作用をもつため、ポリマー主鎖が非常に剛直な構造となります。そのため、凝集性が非常に高く、どのようなn型材料を組み合わせても、うまく相分離し、結晶状態を形成すると考えられます。このように半導体ポリマーを結晶化できた混合膜を用いたOPVほど高い変換効率を示しました。また、それだけでなくn型有機半導体も結晶化させることで、より高い変換効率が得られることも分かりました。
 今回、OPVの発電材料として用いる半導体ポリマー(p型有機半導体)とフラーレン系および非フラーレン系材料(n型有機半導体)をどのように組み合わせれば、半導体ポリマーを結晶化でき、OPVのエネルギー変換効率を向上できるかということが明らかとなりました。本研究は、 将来的な OPV のさらなる高効率化に向けて、新たな設計指針を示す非常に重要な成果といえます。

 本研究は、広島大学大学院先進理工系科学研究科の尾坂格 教授、斎藤慎彦 助教、山中滉大 氏(大学院博士課程後期2年)、京都大学大学院工学研究科の大北英生 教授、KIM Hyung Do 助教、齊藤隼人 氏(大学院修士課程2年)、高輝度光科学研究センターの小金澤智之 主幹研究員らの共同研究によるものです。本研究成果は、科学技術振興機構(JST)の未来社会創造事業(研究開発課題名:「革新的有機半導体の開発と有機太陽電池効率20%への挑戦」、研究開発代表者:尾坂格(広島大学 教授)、研究開発期間:令和2年11月~令和7年3月)の支援、および文部科学省の研究大学強化促進事業の取り組みとして、広島大学が行っているインキュベーション研究拠点事業「次世代太陽電池研究拠点」の支援を受けて行われました。

【今後の展開】
 今後は、この知見をもとに結晶性の高い半導体ポリマーや非フラーレン系材料の開発を進めます。さらに、これら有機半導体の光吸収帯と分子軌道を精密に制御し、電流や電圧を最大化することで、OPVのさらなる変換効率向上を目指します。


図1

図1. 本研究で用いた半導体ポリマー、PTzBTとPTzBTEの化学構造。PTzBTEはポリマー主鎖の硫黄原子と側鎖のエステル基の酸素との間に非結合性相互作用があるため、より剛直な構造となる。


図2

図2. p型有機半導体であるPTzBTおよびPTzBTE、n型有機半導体であるY6およびY12をそれぞれ組み合わせたOPV素子における波長毎の外部量子収率。(a)Y6を用いた素子、(b)Y12を用いた素子。Y6の素子では、PTzBTとPTzBTEで外部量子効率に大きな違いが見られるが、Y12の素子ではPTzBTとPTzBTEは同様に高い外部量子効率を示した。


図3

図3. 凝集性の違いによる混合膜中における有機半導体の結晶状態。p型有機半導体である半導体ポリマーとn型有機半導体の凝集性を高めることによって、混合膜はより高い結晶状態を形成し、高い変換効率が得られる。


【用語解説】

[1] 有機薄膜太陽電池(OPV)
 有機半導体を発電層として用いた薄膜太陽電池の総称。特に有機半導体の溶液を塗布して作製する有機薄膜太陽電池を塗布型OPVと呼ぶ。有機半導体としては、通常、p型半導体(正の電荷(=正孔、ホール)を輸送する半導体)である半導体ポリマーとn型半導体(負の電荷(=電子)を輸送する半導体)であるフラーレン誘導体が用いられる。塗布プロセスによる大量生産が適用できると同時に、安価かつ軽量で柔らかいことから次世代の太陽電池として注目を集めている。OPVは、Organic Photo Voltaicsの略。

[2] フラーレン系材料
フラーレン(C60やC70など)に可溶性置換基が結合した化合物で、n型半導体特性を示す。

[3] 非フラーレン系材料
近年、盛んに研究が行われている低分子型のn型有機半導体。従来、使われていたフラーレン誘導体よりも吸収帯域が広く、高電圧化が可能であることが特長して挙げられ、高効率材料として注目されている。

[4] 外部量子効率(または外部量子収率)
太陽電池素子に照射した光量(光子数)に対して流れた電流(電子数)の割合(External Quantum Efficiency:EQE)。光電変換効率(Incident Photon-to-Current Efficiency:IPCE)とも呼ばれる。

[5] 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の 施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8 の名前は Super Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、 電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、 指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8 では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。



 

【お問い合わせ先】
<研究に関すること>
広島大学院先進理工系科学研究科 教授 尾坂 格
 Tel:082-424-7744 FAX:082-424-5494
 E-mail:iosakaathiroshima-u.ac.jp

<報道に関すること>
広島大学広報室
 Tel:082-424-3749 FAX:082-424-6040
 E-mail:kohoatoffice.hiroshima-u.ac.jp

京都大学総務部広報課国際広報室
 Tel:075-753-5727 FAX:075-753-2094
 E-mail:commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

ひとつ前
ダイヤモンド半導体の絶縁膜の界面に存在する欠陥の立体原子配列を解明 ダイヤモンド半導体の開発に貢献する研究成果(プレスリリース)
現在の記事
半導体ポリマーの結晶化促進により有機太陽電池の高効率化に成功(プレスリリース)