異常金属における超低速臨界電子電荷ゆらぎの観測に成功 ‐異常金属状態解明の手がかりに‐(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年03月03日
- BL09XU
- BL19LXU(理研 物理科学II)
2023年3月3日
兵庫県立大学
東京大学大学院理学系研究科
京都大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
理化学研究所
Rutgers 大学
発表のポイント:
◆ 放射光高輝度X線を用いたメスバウアー分光法により、量子物質での異常金属状態において超低速電子電荷揺らぎを初めて観測しました。
◆ 異常金属相におけるこの超低速電子電荷揺らぎの発現と、格子振動のソフト化が密接に関係していることも明らかにしました。
◆ 実験結果は、金属状態を記述する標準理論に新たな知見を提供するもので、今後の量子物質や超伝導体の開発にも重要な指針を示すものとなります。
兵庫県立大学大学院理学研究科 小林 寿夫教授の研究グループと、東京大学大学院理学系研究科 中辻 知教授、京都大学複合原子力科学研究所 瀬戸 誠教授、高輝度光科学研究センター 依田 芳卓主幹研究員、理化学研究所放射光科学研究センター 玉作 賢治チームリーダー、Rutgers 大学 P. Coleman教授の研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」(注1)のビームラインBL09XUおよびBL19LXUにおける高輝度X線を利用したメスバウアー吸収分光法(注2)により、量子物質超伝導体(注3)β-YbAlB4 の異常金属相における超低速臨界的電荷揺らぎを観測することに初めて成功しました。 発表雑誌: |
研究の背景
異常金属状態は、量子物質で発達するユビキタスな物質状態であり、量子臨界点(注6)を中心とした状態相図に扇形領域として現れます。さらに、量子臨界点近傍においては超伝導状態が安定化することも知られています。異常金属状態は、比熱、抵抗率および磁気輸送に特徴的な温度依存性を示すことが特徴です。これらの特性は、通常金属のフェルミ液体論の標準的な概念とは相いれないことが謎とされてきました。この謎を解き、さらには超伝導の発現機構の解明のため、フェルミ面不安定性、原子価数量子臨界性など異常金属的挙動の起源について幅広い理論的提案が行われています。一方、実験では電子スピン・ダイナミクスは広く研究されています。しかし、適切なプローブが存在していなかったため、電子電荷ダイナミクスについてはほとんど調べられていませんでした。低速電荷ダイナミクスを検出する古典的手法は放射線源を用いたメスバウアー吸収分光法であり、電荷秩序物質における電荷ダイナミクスを観測していました。しかし、メスバウアー吸収分光法の普及は、適切な放射線源作製の困難から妨げられてきました。これらの困難を克服するために、放射光高輝度X線を使用する新世代メスバウアー分光法が近年開発されました(図1上図)。この放射光メスバウアー分光法は、従来のメスバウアー技術が適用できない物質の電荷ダイナミクスを観測するための理想的なプローブを提供します。
今回我々は、放射光174Ybメスバウアー分光法を用いて、価数揺動(注7)量子物質β-YbAlB4 の異常金属相でのYbイオン価数揺動ダイナミックスの温度・圧力変化の観測を試みました。
研究内容と成果
我々は、短寿命174Yb同位体のエネルギー分解能が向上する条件下での放射光174Ybメスバウアー分光法を用いて、単結晶β-YbAlB4のメスバウアー吸収スペクトルを温度と圧力を変えながら測定しました。図2に示すように、異常金属相(大気圧2K)では、2つに分裂したピーク構造を観測して、高圧力下通常金属状態(2.3万気圧2K)ではエネルギー分解能に相当する幅の鋭い一つピークを観測しました。この吸収ビークの変化がYbイオン価数揺動ダイナミックスの大きな変化を示しています(図1下図)。吸収ピーク形状を解析した結果から、通常金属状態ではYbイオン価数揺動の時間スケールはメスバウアー吸収分光法では測定できないほど早い時間スケールであるにもかかわらず、異常金属相では約2.3ナノ秒と異常に長い時間スケールでYbイオン価数がゆっくり揺動していること分かりました。このように、β-YbAlB4の異常金属状態における超低速電荷揺らぎを観測することに初めて成功しました。さらに、吸収ピーク強度の温度・圧力変化から、格子振動のソフト化によるポーラロン形成が超低速臨界電荷揺らぎの機構であることを示唆しました。また、β-YbAlB4の4f電子と伝導電子の混成機構は高次ファン・ホーベ特異点(注8)の観点から新しいトポロジカルな相転移(注9)近傍にあることも理論的に示唆されています。このような4f電子と伝導電子の混成が新しい電荷揺らぎの起源となっている可能性があります。この結果は、ナノ秒電荷揺らぎと異常な格子振動がβ-YbAlB4に固有のものではなく、量子物質における異常金属状態の普遍的な特性であること、さらに、超伝導機構に重要な寄与をしていることを示しています。
社会的意義・今後の予定
ポーラロン形成による超低速臨界電荷揺らぎが、量子物質における異常金属状態の普遍的な特性であることを実験的に明らかにしました。さらに、トポロジカルな相転移近傍の量子揺らぎの可能性も指摘されます。これらの知見は金属状態を記述する理論モデルにも重要となります。
一方、量子物質は次世代デバイス材料としての基盤としても期待されていますので、その開発指針にもつながります。今後は、本研究で用いた放射光メスバウアー分光法により基礎学理的な意味での電荷揺らぎ機構の知見を積み上げていくことで、次世代デバイス材料である量子物質の開発に貢献したいと考えています。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金 新学術領域(研究領域提案型)「J-Physics:多極子伝導系の物理 J-Physics」(JP19H05882, JP19H05883)の科学研究助成のもとに行われました。
図 1. (上図)放射光メスバウアー分光測定を行うためのビームライン構成。
(下図)Ybイオンの異なる価数状態での174Yb原子核のエネルギー準位と価数揺動によるスペクトルの変化の模式図
図 2. 温度2ケルビンにおける、単結晶β-YbAlB4の放射光174Ybメスバウアー吸収スペクトル。
左図が大気圧での測定結果で、緩和時間が174Yb原子核励起状態寿命より長いモデルで再現できています。緩和時間が2.3ナノ秒と求め有れています。
右図が2.3万気圧下での測定結果で、緩和時間が174Yb原子核励起状態寿命より十分短いため、本分光法のエネルギー分解能に相当する幅の吸収ピークが観測されています。
用語解説:
(注1)大型放射光施設「SPring-8」:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高レベルの放射光を生み出す施設です。理化学研究所が所有し、利用者支援等はJASRIが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。放射光(シンクロトロン放射)とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のことです。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができます。そのため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
(注2)メスバウアー吸収分光法:
原子核が、無反跳でガンマー線を共鳴吸収する現象をメスバウアー効果と呼びます。このメスバウアー効果を利用して原子核のエネルギー準位を精密に測定して、原子核と電子との超微細相互作用を用いて原子の価数、電場勾配、磁性などの電子状態を調べる手法が、メスバウアー吸収分光法です。
本研究で用いた放射光メスバウアー分光法では、原子核が共鳴吸収する電磁波として大型放射光施設「SPring-8」からの硬X線(共鳴エネルギー:76.471keV)を用いています。
(注3)量子物質超伝導体:
量子物質は、半古典的な考え方ではその特性を説明できない全ての物質の総称です。特に、強い電子相関または超伝導や磁気秩序などの秩序を示す物質がその例となります。
(注4)フェルミ液体:
相互作用するフェルミ粒子の理論的モデルであり、多くの金属における低温での標準的な特性を記述します。
(注5)ポーラロン:
ポーラロンとはフォノン(格子振動)雲の衣をまとった電子を、ひとつの仮想的な粒子とみなしたものです。すなわち、固体中の電子と原子の間の相互作用を記述するために用いられる準粒子です。
(注6)量子臨界点:
温度変化による相転移は熱揺らぎに由来します。一方、絶対零度で圧力や磁場を変化させた際の相転移は、量子力学的揺らぎに由来するため量子相転移と呼びます。量子相転移が生じる条件が量子臨界点で、量子臨界点近傍で現れる現象を量子臨界現象と呼びます。
(注7)価数揺動:
自由電子とイオンに局在した電子との強い相互作用に起因する電荷移動により、時間的・空間的にイオンの価数が変動することを価数揺動と呼びます。本研究での対象とする試料β-YbAlB4中ではYbイオンで価数揺動現象が起こっています。
(注8)ファン・ホーベ特異点:
結晶での電子状態密度のエネルギー依存性でみられる滑らかでない点のことです。このエネルギーでは状態密度の微分可能でなくなります。
(注9)トポロジカルな相転移:
固体から液体への変化、磁石の転移などは対称性の破れという考え方で説明することができます。自然界にはこうした説明では理解できない相転移が存在することが分かってきました。そのような相転移をトポロジカル相転移と呼んでいます。
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