大型放射光施設 SPring-8

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SPring-8で糖尿病進行に伴う鉄・亜鉛の変動を解明 異分野融合チームで病的膵β細胞の謎に挑む(プレスリリース)

公開日
2023年03月16日
  • BL29XU(理研 物理科学I)

2023年3月16日
国立大学法人群馬大学
理化学研究所

本件のポイント
● 糖尿病発症の過程において、膵β細胞注1)の数と機能が低下することが知られています。
SPring-8の顕微システム(走査型蛍光X線顕微鏡:SXFM)注2)は、世界最高分解能を有しており、元素の量と分布(元素マッピング)を細胞内小器官レベルで計測することが可能です。
ヒト型の糖尿病モデルマウス(hIAPP-Tg)注3)膵β細胞をSXFMで観察すると、糖尿病発症前から亜鉛が激減、進行に従って鉄減少が加わることを見出しました。鉄減少に従って、膵β細胞のミトコンドリア機能低下も認められたことから、鉄・亜鉛の減少が、ミトコンドリア機能低下やインスリン分泌能低下に関与する可能性が考えられました。

 国立大学法人群馬大学生体調節研究所分子糖代謝制御分野の福中彩子助教、藤谷与士夫教授、理化学研究所放射光科学研究センター生体機構研究グループの志村まり研究員、同センタービームライン開発チームの松山智至客員研究員(名古屋大学大学院工学研究科准教授)らの研究チームは、SPring-8の放射光を用いた顕微システム(走査型蛍光X線顕微鏡:SXFM)を用いて、ヒト型糖尿病モデルマウス(hIAPP-Tg)のインスリン産生細胞(膵β細胞)を対象に、元素イメージングを行い、糖尿病発症前から亜鉛が激減、進行に従って鉄減少が加わることを見出しました。糖尿病症状が進行した32週齢では、両元素共に減少状態に至り(図参照)、同時期にミトコンドリア機能障害が観察されました。糖尿病は予備軍も含めると、日本人の5-6人に1人が罹患している国民病です。本研究は、その進行解明と発症予防に向けた研究に今後貢献すると考えます。
 本研究の成果は2023年3月15日の日本時間午後7時(ロンドン時間 午前10時)に科学雑誌『Scientific Reports』にオンラインで公開されました。

論文詳細
タイトル: Zinc and iron dynamics in human islet amyloid polypeptide‑induced diabetes mouse model
掲載誌: Scientific Reports, 公開日:2023年3月15日(日本時間午後7時)
2023年3月15日(ロンドン時間午前10時)
著者: 福中彩子1*, 志村まり2,3*, 一ノ瀬尊之4, Ofejiro B. Pereye1, 中川祐子1, 田村康子1, 水谷和香奈1, 井上亮太5, 井上陽登6, 田中優人7, 佐藤隆史1, 齋藤達哉8, 深田俊幸9, 西田友哉10, 宮塚 健10,11, 白川 純5, 綿田裕孝10,松山智至2,6,7,藤谷与士夫1* (1. 群馬大学生体調節研究所 分子糖代謝制御分野;2. 理化学研究所放射光科学研究センター生体機構研究グループ; 3.国立国際医療研究センター・難治性疾患研究室; 4. 株式会社東レリサーチセンター 無機分析化学研究部; 5. 群馬大学生体調節研究所 代謝疾患医科学分野; 6. 名古屋大学大学院工学研究科・物質科学専攻・量子ビーム物性工学; 7. 大阪大学大学院工学研究科・物理学系専攻・精密工学コース・超精密加工領域; 8. 大阪大学大学院薬学研究科 生体応答制御学分野; 9. 徳島文理大学薬学部 病態分子薬理学; 10. 順天堂大学大学院 代謝内分泌内科学; 11. 北里大学医学部内分泌代謝内科学;*責任著者)

図

背景
 糖尿病患者数は全世界で増加しており、持続可能な開発目標SDGs3.4では、糖尿病など非感染性疾患による死亡数を減少させることが、世界的目標のひとつに掲げられています。糖尿病患者さんでは、慢性腎臓病、網膜症、神経症や心筋梗塞、脳梗塞、癌など様々な合併症のリスクが上昇することにより、人々の健康寿命を短くする可能性があるからです。糖尿病発症の増加の背景のひとつに、インスリンを産生する唯一の細胞である膵β細胞が、糖・脂質の採りすぎといった現代人の生活習慣や遺伝的な体質により、その数と質が低下してしまうことが明らかになりつつあります。
 福中、藤谷らは膵β細胞の恒常性維持機構とその破綻による糖尿病発症についての研究を行ってきましたが、とくに金属元素の役割について興味を持ってきました。金属はタンパク質の構造を保ったり、酵素の働きを助けたりと様々な生命活動に関わっています。亜鉛は、私たちの体内でも膵β細胞に最も多く含まれることが知られていますが、その役割については十分には分っていません。また、ヒトの膵β細胞にはインスリンと一緒にヒト膵島ポリペプチド(human islet popypeptide: hIAPP)という凝集体を作りやすい生理物質が含まれており、ヒトの糖尿病患者さんの剖検例を調べると、実に90%近い患者さんの膵島においてhIAPPの凝集体(アミロイド)が観察されることが分かっていることから、hIAPPが凝集することがヒトの膵β細胞機能の低下および数の減少と糖尿病の発症に関係すると考えられてきました。そして、hIAPPの凝集には、亜鉛や鉄などの金属が関与するとの報告があることからも金属と糖尿病の発症には何らかの因果関係があると考えられました。
 一方、志村、松山らはSPring-8において、世界最高分解能を有する走査型蛍光X線顕微鏡システム(SXFM)を開発し、細胞内小器官レベルでの元素イメージングに成功し、これまで多くの生物医学応用に成果をあげてきました。福中らのグループとの共同研究で、上述の糖尿病病態の機序解明に挑戦するに至りました。

本研究の成果と学術的意義
 これまでにマウスに遺伝子組換え技術を用いた、ヒト型の膵島ポリペプチド(hIAPP)を膵β細胞において過剰につくるヒト型の遺伝子組換え糖尿病モデルマウス(hIAPP-Tg)が作成されています。このマウスは、時間経過とともに徐々に糖尿病が発症・進行することから、このモデルを用いることにより、金属元素の膵β細胞での量的・位置的変化を糖尿病発症の前後で経時的に観測することが発症の解明につながると考えました。そこで内分泌・代謝学、自然生物学、物理学など研究背景の異なる異分野融合チームを立ち上げ、病的膵β細胞の金属動態の測定に挑むことにしました。そこで、SPring-8の放射光を用いたSXFMを、ヒト型糖尿病モデルマウス由来の膵島に応用し、糖尿病進行に伴った金属元素動態の観察を行いました。その結果、糖尿病発症前から亜鉛量が激減し、その後の血糖値上昇に伴い鉄量の減少が加わることを見出しました。これに符合するように、ヒト型糖尿病モデルマウス由来膵島のグルコースに対するインスリン分泌能が低下することから、鉄・亜鉛は、膵β細胞にとって重要な役割を果たしている可能性が考えられました。今後、鉄・亜鉛の膵β細胞代謝における意義、とくにミトコンドリア機能など関する詳細な分子機序が明らかにされることにより、糖尿病発症の機序の解明につながる可能性があります。

社会的意義と今後の課題
 今後、生体内元素という新たな観点から、糖尿病発症や合併症進展機序の理解や新規治療法開発に関する研究が進むことが期待されます。また、今回は膵β細胞を研究対象としていますが、アミロイド変性が関与するような難病の解明においても、SPring-8の放射光が貢献する可能性が示されたと考えます。

 本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金(科研費)新学術領域研究 生命金属科学 「ヒト型糖尿病マウスの膵島におけるアルミニウム蓄積の意義(研究代表者:福中彩子)」、セコム科学技術振興財団「亜鉛によるメタボとロコモの予防 ~亜鉛シグナルの理解による安心安全な社会を目指して~(研究代表者:藤谷与士夫)」、群馬大学生体調節研究所共同利用・共同研究拠点事業「糖尿病マウスを用いたシンクロトロンX線顕微鏡による細胞内小分子解析(研究代表者:志村まり)」による支援を受けて、群馬大学および理化学研究所において行われました。


用語解説:

注1)膵β細胞
 血糖値を低下させる働きのある唯一のホルモンであるインスリンを産生する。インスリンは膵β細胞から血液中に分泌され、肝臓・筋肉・脂肪細胞などで細胞内へのグルコースの取り込みを促進する。インスリンが不足すると、肝臓・筋肉・脂肪組織などの臓器でグルコースの利用や取り込みが低下し、血液中のグルコースレベルが増加し、糖尿病となる。膵β細胞は膵臓内に膵島とよばれる細胞塊を形成して機能する。

注2)SPring-8, SXFM
 SPring-8は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来し、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。走査型蛍光X線顕微鏡システム(SXFM)は、15年程前より理化学研究所と大阪大学工学部と共同で確立した細胞観察用システムであり、ミトコンドリアなど細胞内小器官を観察できる世界最高分解能を有する先端技術である。SXFMは細胞内に存在する複数の元素情報を一度に得ることが可能である。

注3)ヒト型糖尿病モデルマウス(hIAPP-Tg)
 IAPPは、37アミノ酸から構成されるポリペプチドで、マウス型mIAPPは毒性を示さないが、ヒト型hIAPPはβシート構造をとり、凝集体を作ることでアミロイド毒性を示すと考えられている。hIAPPの機能を調べるために様々なマウスモデルが作成されており、その1つであるhIAPP-Tgマウスは糖尿病を自然発症する。

関連リンク
群⾺⼤学生体調節研究所
https://www.imcr.gunma-u.ac.jp/
SPring-8
http://www.spring8.or.jp/ja/



 

【本件に関するお問合せ先】
群馬大学 生体調節研究所 分子糖代謝制御分野
教授 藤谷 与士夫
 TEL:027-220-8855
 E-MAIL:fujitaniatgunma-u.ac.jp
助教 福中 彩子
 TEL:027-220-8855
 E-MAIL:fukunakaatgunma-u.ac.jp

群馬大学 昭和地区事務部総務課研究所庶務係
係長 富澤 一未
 TEL:027-220-8822
 E-MAIL:kk-msoumu4atjimu.gunma- u.ac.jp 

理化学研究所
放射光科学研究センター 生体機構研究グループ
研究員 志村 まり

理化学研究所広報室 報道担当
 E-MAIL:ex-pressatml.riken.jp 

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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