業界初!最先端測定技術を用いた化合物半導体中の欠陥構造の解明 ~独自の材料開発技術から太陽光発電の高効率化に貢献~(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年04月20日
- BL13XU(X線回折・散乱 I)
2023年4月20日
宮崎大学
名古屋工業大学
Beijing Computational Science Research Center
発表のポイント
● 蛍光X線ホログラフィー測定により化合物半導体中の詳細な欠陥構造の直接観察に成功
● これまで30年間支持されてきた理論とは異なる新たな実験的な点欠陥の知見により、化合物半導体の物性制御に貢献
● CdTe太陽電池が変換効率25%以上を達成するために必要な技術の開発
宮崎大学工学部環境・エネルギー工学研究センターの永岡章准教授を中心とした研究グループ、名古屋工業大学大学院工学研究科工学専攻(物理工学領域)の林好一教授と木村耕治助教を中心とした研究グループ、Beijing Computational Science Research CenterのSu-Huai Wei教授を中心とした研究グループの国際的な共同研究により、化合物半導体の一つであるCdTe(テルル化カドミウム)中の詳細な欠陥構造を解明しました。本成果は、これまで30年間支持されてきた理論とは異なる新たな実験的な知見であり、太陽電池といったデバイスの変換効率向上を加速させることが期待できます。 【論文情報】 |
【研究背景】
本研究で取り扱ったCdTeは、米国を中心に太陽電池や放射線検出器として1950年代から精力的な研究が続けられている材料です。特にCdTe太陽電池は、製造時に使うエネルギーが少なくかつリサイクル技術も確立されており、環境性能が良い太陽電池です。価格が安く、欧米などで大規模発電所に利用されています。しかしながら、主流であるSi太陽電池や現在最も注目されているペロブスカイト太陽電池と比べると変換効率が低い事が現状です。
半導体材料の性能を制御するためには、少量の不純物を添加するドーピング技術が利用されています。これは、不純物が半導体内の構成元素と置換したり(置換欠陥)、隙間に入り込んだり(格子間欠陥)する欠陥の数を制御しています。また元素が本来あるべき位置に存在しない空孔欠陥も固有な欠陥として存在します(図1)。これらの欠陥を制御する事で、電流の素(キャリア)となる負の電荷を持った電子と正の電荷を持った正孔の2つの粒子を生成させます。現在のCdTe太陽電池の向上のためには、正孔のみが必要となってきます。
これまで低い正孔濃度が、CdTe太陽電池の変換効率向上のロードブロックとなっていましたが、近年Group-V(P、AsやSb元素)不純物ドーピングがこの課題を解決する技術として注目されています。Group-Vドーピングを最適化するにあたって、実際に入れた不純物がどの程度正孔を生成するかの割合である活性化率が指標となりますが、最大でも50%(不純物の半分が利用されていない。)しか達成できない課題があります。これまで実験面と理論面からこの原因について考察されていますが、現在も未解決のままです。
図1 半導体中の基本的な欠陥
【研究戦略】
研究グループは、詳細なGroup-V不純物に起因する欠陥構造を実験的に明らかにする事を目標に共同研究を実施しました。信頼性のある結果を得るには、10の20乗個以上の膨大な数の元素が規則正しく並んだ「単結晶」サンプルが必要になります。宮崎大学の研究グループは、独自の単結晶成長技術を持ち、不純物としてAs(ヒ素)元素をドーピングした高品質なCdTe単結晶の作製に成功しました。微量の不純物が半導体中にどのように入っているかを実験的に且つ高精度で検出する事は非常に困難です。名古屋工業大学の研究グループは、蛍光X線ホログラフィー1)によって、微量の不純物の構造を三次元的に感度良く直接観測できる独自の技術と装置を有しています。さらに本研究は、大型放射光施設SPring-8内2)のビームラインBL13XUにて行われ、高強度で明るいX線を利用する事で、詳細な欠陥の情報を得ることに成功しました。
測定結果を解析する中で、これまで支持されてきた欠陥構造とは異なる情報を得ることができました。単純なAs元素の置換欠陥だけでなく、様々な種類の欠陥が結合している複合欠陥の存在が示唆されました。さらに半導体中の欠陥の理論的なアプローチで実績のあるBeijing Computational Science Research Centerの研究グループと議論を重ねることで、実験と理論の両面から新たな知見について裏付けを取ることに成功しました。
【研究成果】
正孔を生成する欠陥であるTe位置を置換したAs (AsTe)欠陥(図2)の存在を実験的に明らかにしました。現在課題となっている低い活性化率の原因として、これまでAsTe欠陥がせっかく生成した正孔を捕獲してしまう欠陥へ変わるという二面性が30年以上、理論計算から支持されてきました(図3)。これは、AsTe欠陥によって正孔が1つ生成されても、同時に正孔を捕獲してしまい、実際の正孔濃度は増えないことを意味しています(キャリアの補償プロセス)。本研究の重要な成果の一つに、これまでほとんど注目されてこなかった電子を生成するCd位置を置換したAs (AsCd)欠陥(図2)の存在を実験的に明らかにしたことがあります。実験と理論の両面からこの欠陥は、30 meV程度と低い活性化エネルギー3)であり、電子を非常に生成しやすいことが分かりました。さらに、これまで支持されてきた正孔を捕獲する場合のAsTe欠陥構造は確認されませんでした。低い活性化率につながるキャリアの補償プロセスは、As元素がTe位置とCd位置の両方を置換する事で正孔が生成されますが、同時に電子も生成され、電荷的に相殺することが分かりました。本研究では正孔を効率よく増やすために、CdTe結晶成長中にCd蒸気で熱処理する事でAsCd欠陥を抑制し、高い活性化率を達成する技術を開発しました。
AsCd欠陥が多量に存在するサンプル中において、これまで報告されてきた知見では説明できない欠陥構造を確認しました。これまで検討してきた単純な置換欠陥だけでは説明できないため、欠陥同士が組み合さった複合欠陥を考慮し、可能性のある構造を理論計算から選定しました。結果として、Cd原子が抜けた欠陥=Cd空孔 (VCd)とAsCd欠陥が結びついた複合欠陥VCd‒AsCd(図3)の存在を明らかにしました。実験と理論の両面からこの複合欠陥が正孔を生成するためには活性化エネルギーが240 meVと大きなエネルギーを必要とすることが分かりました。
ホログラフィー技術を用いてAs元素ドーピングしたCdTe単結晶中の(1) 詳細な欠陥構造の直接観察、(2) 新たなキャリア補償プロセスの提案、(3) AsCd欠陥とVCd‒AsCd複合欠陥の構造と活性化エネルギーの決定という新たな知見と技術が得られました。本成果であるX線ホログラフィー測定によるGroup-Vドーピングした化合物半導体中の詳細な欠陥の直接観察は業界初の報告となります。
図2 本研究で明らかにしたCdTe太陽電池の変換効率向上に直結する点欠陥
図3 これまで理論から支持されてきたAsTe欠陥の二面性に起因するキャリア補償プロセス
【今後への期待】
2050年カーボンニュートラル4)の実現に向けて様々な方法からアプローチが実施されています。その中で再生可能エネルギーは重要な位置づけにあり、代表格である太陽光発電は今後ますます発展が望まれます。本研究で得られた実験的な知見は、これまでCdTe太陽電池特性向上の障壁となっていた低い正孔濃度を解決することで、現在の太陽電池業界のトップランナー達と同等の変換効率25%の達成に貢献します。さらに化合物半導体は機能性材料の宝庫であり、本研究で得られたドーピングに関する知見は、様々な物性制御の底上げに繋がります。
【研究支援】
本研究は、科学研究補助金(若手研究:課題番号20K15221)、学術変革領域(A)の超秩序構造科学(課題番号 20H05878、20H05881)および2020年度高柳健次郎研究奨励賞の支援を受けて実施しました。蛍光X線ホログラフィー測定は、SPring-8 ビームラインBL13XU(課題番号2020A1207)で実施されました。
【用語説明】
1)蛍光X線ホログラフィー・・・
通常の写真とは異なり、物体の立体像を記録・再生することのできる技術をホログラフィーと呼びます。偽造防止のため、一万円札やクレジットカードに印刷してあり、社会にも広く普及している技術です。蛍光X線ホログラフィーはこの技術を、図のように、原子スケールに応用した手法です。
2)大型放射光施設SPring-8・・・ 国⽴研究開発法⼈理化学研究所が所有し、兵庫県の播磨科学公園都市に設置されている世界最⾼性能の放射光を⽣み出せる施設です。
3)活性化エネルギー・・・ 欠陥によって生成される電子や正孔といったキャリアが半導体中を動き回るために必要なエネルギーです。小さいほどキャリアが容易に生成されます。
4)カーボンニュートラル・・・ 何かを生産したり、一連の人為的活動を行った際に、大気中に排出される二酸化炭素と大気中から吸収(固定)される二酸化炭素が等しい量であり全体としてゼロ(ネットゼロ、実質ゼロ)となっている状態です。世界中で2050年までにカーボンニュートラルを実現するための取組が実施されています。
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