高移動度の半導体コロイド量子ドット超格子を実現 ーエピタキシャル接合により、高性能化に成功ー(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年05月26日
- BL38B1(理研 構造生物学 I)
2023年5月26日
理化学研究所
東京農工大学
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター創発デバイス研究チームの岩佐義宏チームリーダー、サトリア・ビスリ上級研究員(研究当時、現客員研究員、東京農工大学大学院工学研究院准教授)らの共同研究グループは、半導体コロイド量子ドット[1]の高秩序な超格子[2]薄膜を作製した結果、移動度[3]の大幅な増強に成功し、キャリアドープ[4]による金属的伝導性を初めて実現しました。 本研究成果は、将来の光電デバイス[5]開発のための新たな基盤になるものと期待できます。 論文情報 |
開発したコロイド量子ドット超格子の電子顕微鏡写真(左)と超格子構造の模式図(右)
背景
半導体のコロイド量子ドット(colloidal quantum dot:CQD)は、有機配位子に保護された安定なナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)サイズの結晶です。CQDは優れた発光・吸収特性を持ち、量子ドットのサイズを変えることで波長(色)を調整でき、色純度[9]も他の材料よりもはるかに高いという特長があります。また、溶液プロセスが可能など、バルク化合物とは異なる特性を持つことから、従来の半導体とは異なる新たな機能性の発現が期待されています。
しかし、CQDから成る材料を電子デバイスへ展開する場合、特に移動度の低さが大きな障害となっています。この問題を解消するには、孤立したCQD特有の量子化された電子状態を保ちつつ、電気伝導性を高めるような集合体を形成する必要があります。すなわち、何百万、何千万というCQDの一つ一つを、いかに配向(結晶の向き)をそろえて正確に配列させるかという問題を解決しなければなりません。
これに対して、これまで多くの研究者はCQD間の距離を調整することで、電気伝導性を持つCQD集合体を作製することに力を注いできました。例えば、CQDは有機溶媒に溶解させる目的のため、オレイン酸などの長い絶縁性有機配位子で囲まれた構造をしています(図1a)。この配位子を短い有機配位子に置き換え、CQD間の距離を短くし、かつドット間を架橋するという手法を用いてきました(図1b)。この方法でも電気伝導性は発現しますが、移動度は10-6~10-2 cm2/V・s程度にとどまり不十分でした。そこで本研究では、CQDの表面を加工して、CQD同士を直接接合できる新しい方法(エピタキシャル接合)に挑戦しました(図1c)。
図1 さまざまなコロイド量子ドット(CQD)の接合と電気伝導性(導電性)の模式図
(a) 絶縁性オレイン酸を配位子に持つ二つのCQD。ドット間の距離が大きいため、電気伝導は起こらない。
(b) 短い有機分子の配位子で架橋されたCQD。電気伝導が発現するが、低移動度にとどまる。
(c) 今回開発したCQD。隣接するCQD間を直接接合し、電気伝導性を高めた構造。
研究手法と成果
共同研究グループは、半導体材料の一つで、オレイン酸などの有機配位子によって安定化された硫化鉛(PbS)のナノメートルサイズの結晶から成るCQDに着目しました。このCQDは既に市販されており、優れた光学特性を持つことが知られています。このCQDを有機溶媒表面上に集積させた上で、CQDの特定の結晶面から有機配位子を除去してCQD同士を接合させ、「量子ドット超格子」とも呼ぶべき薄膜を形成し、それをシリコン基板上に写し取りました。ここでのポイントは、CQDを単純な球状の材料としてではなく、特定の結晶面を持つ多面体として扱うことで、面と面を向かい合わせてエピタキシャル接合させ、CQDが広い面積に配列した超格子構造を作り出したということです。
図2aはその電子顕微鏡写真で、CQDが規則正しく配列していることとCQD間がエピタキシャル接合されていることが見て取れます。また、X線結晶構造解析[10]により、電子顕微鏡で観測された秩序立った構造がミリメートルスケールという広い範囲にわたって続いていることを確認しました(図2b)。
図2 本研究で作製したCQDの超格子構造
(a) CQD超格子の電子顕微鏡写真。左は低分解能写真で、量子ドットが規則正しく配列している様子を示す。右は高分解能写真で、量子ドット間でエピタキシャル接合されていることが分かる。
(b) 電子顕微鏡とX線結晶構造回折で明らかにされたCQD超格子構造の模式図。CQDが同じ向きに規則正しく整列していることが確認された。
次に、電界効果トランジスタにより、このCQD超格子薄膜の電気伝導特性を調べました。図3aのトランジスタの出力特性から、移動度は13.5cm2/V・sであることが分かりました。この移動度の値は、現在の商用CQDデバイス、量子ドットディスプレイにおける移動度の100万倍以上、量子ドット太陽電池の移動度の1,000倍以上に相当します。今回実現した高移動度が電子デバイスに応用されれば、量子ドットディスプレイはより明るく、より鮮やかに、より少ないエネルギーで表示できるようになり、量子ドット太陽電池のエネルギー変換効率は格段に向上すると考えられます。
図3bはCQDトランジスタの電気抵抗の温度依存性を、さまざまなゲート電圧で測定したグラフです。ゲート電圧が低いときには、温度を下げると電気抵抗が上昇するという絶縁体的な振る舞いであったのに対し、ゲート電圧を高くしてキャリア密度を上昇させると(キャリアドープ)、電気抵抗が劇的に低下し、温度に依存しない、金属的な振る舞い(金属的伝導性)を示すことが分かりました。このような、キャリア密度によって絶縁体的な振る舞いから金属的な振る舞いに変化する現象は、これまでCQD集合体では見られませんでした。このことから、エピタキシャル接合したCQD超格子は、新たな量子物性・機能の発現の場になる可能性があると考えられます。
図3 開発したCQD超格子の電気伝導性と電気抵抗の温度依存性
(a) 電界効果トランジスタ特性。n型半導体としての特性を示し、移動度は10cm2/V・sを超えている。
(b) 赤線のように、CQD超格子に低いゲート電圧(VG)を加えて温度を下げると、電気抵抗が上昇した(絶縁体的な振る舞い)。ゲート電圧を高くしてキャリア密度を上昇させると、低温においても劇的に電気抵抗が低下して高い電気伝導性を示し、金属的な振る舞い(金属的伝導性)に移行した。
今後の期待
CQDは他の多くのナノ材料や有機半導体と比較して、優れた発光体・光吸収体です。その波長特性は、結晶サイズを変更することで、他の材料ではアクセスできない範囲まで調整することができます。今回、このように光学特性に優れたCQD超格子で高い電気伝導性が得られたことは、既存の技術よりもはるかに優れた性能を持つ光電デバイスの開発に貢献すると期待できます。
また、電流駆動レーザー、高効率熱電材料、超高感度光検出器へのCQD材料の利用も、従来のCQDでは無理でしたが、今回の発見によって夢ではなくなってくると考えられます。
さらにCQDは溶液プロセスによるデバイス作製が可能で、真空プロセスが不要となり、二酸化炭素排出量(エネルギー使用量)と材料使用量を削減できる可能性があります。この特性を生かして持続可能な社会構築に貢献できると期待できます。
補足説明
[1] 半導体コロイド量子ドット
直径が数nmの半導体結晶。ナノメートルサイズのため、量子閉じ込め効果が顕著に現れる。有機配位子で周囲を囲まれているため、比較的安定で有機溶媒に溶け、溶液処理が可能である。
[2] 超格子
半導体はサブナノメートル(1nm以下)の格子定数(結晶格子の形と大きさを決める定数)を持つ結晶であるが、その結晶を直径数nm程度まで非常に小さくしたものが、量子ドットである。この量子ドットがさらに規則正しく配列し、元の格子定数よりもはるかに大きな格子定数(数nm~十数nm)の結晶格子を形成する。これを超格子と呼ぶ。
[3] 移動度
固体物質中でのキャリア(電子と正孔)の移動のしやすさを示す指標。材料の電気伝導率に直接影響する。
[4] キャリアドープ
材料に不純物などを意図的に添加してキャリアを導入すること。本研究の場合は、トランジスタにゲート電圧を加えることよって電子を導入している。
[5] 光電デバイス
光を放出するか、光を検出することができる電子デバイスの一種。光と電荷の相互作用を利用して、光を電気信号に変換したり、その逆を行ったりする。代表的な例は、前者が太陽電池、後者がディスプレイである。
[6] 有機配位子
量子ドット表面に弱く結合している有機分子。これらの分子は、量子ドットの凝集や酸化を防ぐ保護膜として働く。また、本来有機溶媒などに溶けない量子ドットが溶けるようになるので、量子ドットの溶液処理が可能になる。
[7] エピタキシャル接合
二つの材料を接合する際、格子定数も配向も一致するように接合すること。今回のように同じ材料からなるコロイド量子ドット(CQD)を接合する場合は、ホモエピタキシャル接合という。
[8] 電界効果トランジスタ
半導体材料の電子的特性を調べるために使用される3端子型の電子デバイス。電気が流れる半導体材料と、電流の流れを調節するゲート電極で構成される。本研究では、ゲート絶縁膜にイオン液体を用いた電気2重層トランジスタを用いた。
[9] 色純度
発光材料や発光素子から放出される光が、単一の色や波長である度合いのこと。色純度は発光スペクトル幅で決まる。
[10] X線結晶構造解析
対象とする結晶にX線を照射して得られる回折データを解析することにより、結晶内部の原子の立体的な配置を調べる方法。
共同研究グループ
理化学研究所 | |||||
創発物性科学研究センター | |||||
創発デバイス研究チーム | |||||
チームリーダー | 岩佐義宏 | (イワサ・ヨシヒロ) | |||
上級研究員(研究当時、現客員研究員) | サトリア・ビスリ | (SatriaBisri) | |||
(東京農工大学大学院工学研究院准教授) | |||||
特別研究員 | リキ・セプティアント | (RickySeptianto) | |||
(東京農工大学大学院工学研究院訪問研究員) | |||||
創発超分子材料研究チーム | |||||
基礎科学特別研究員 | レッノー・ミランティー | (RetnoMiranti) | |||
物質評価支援チーム | |||||
チームリーダー | 橋爪大輔 | (ハシヅメ・ダイスケ) | |||
テクニカルスタッフⅠ(研究当時) | 喜々津智郁 | (キキツ・トモカ) | |||
放射光科学研究センター | |||||
利用システム開発研究部門生物系ビームライン基盤グループ | |||||
生命系放射光利用システム開発チーム | |||||
研究員 | 引間孝明 | (ヒキマ・タカアキ) | |||
東京工業大学物質理工学院材料系 | |||||
教授 | 松下伸広 | (マツシタ・ノブヒロ) |
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究(A)「High Performance Room-Temperature Thermoelectric Device using Colloidal Quantum Dot Superlattice(研究代表者:Bisri Satria、17H04802)」、同基盤研究(S)「ファンデルワールス・ヘテロ接合の物理と機能(研究代表者:岩佐義宏、19H05602)」、同基盤研究(C)「High Performance Supercapacitors based on Hierarchical Colloidal Quantum Dot Assemblies(研究代表者:Bisri Satria、21K04815)」による助成を受けて行われました。
発表者・機関窓口 |
- 現在の記事
- 高移動度の半導体コロイド量子ドット超格子を実現 ーエピタキシャル接合により、高性能化に成功ー(プレスリリース)