極限環境(140万気圧)での液体鉄の電気伝導度測定に成功 -地球型惑星の多様な進化過程の原因解明に向け大きく前進-(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年06月28日
- BL10XU(高圧構造物性)
2023年6月28日
東京工業大学
高輝度光科学研究センター
【要点】
○地球型惑星のコアに相当する高温高圧下での液体鉄の電気伝導度測定に成功。
○液体鉄の電気伝導度の圧力依存性は、地球型惑星のサイズが惑星内部の進化過程に大きく影響することを示唆。
○新規開発した液体の超高圧下電気伝導度測定手法は、今後液体コアや高圧マグマの伝導特性の解明に貢献。
東京工業大学 理学院 地球惑星科学系の太田健二准教授ら、高輝度光科学研究センターの河口沙織主幹研究員らの研究チームは、地球型惑星のコア(用語1)の主成分である液体純鉄の電気伝導度(電気抵抗率の逆数)を、140万気圧・6,000度という地球コアの環境とほぼ同じ極限環境下で決定することに成功した(図1)。 【論文情報】 |
図1 液体純鉄の電気抵抗率の圧力依存性。図上部のカラーバーは太陽系内地球型コアの圧力範囲を示している。
●背景
金属コアを岩石マントルが覆う構造を持つ惑星を地球型惑星と呼び、太陽系では水星・金星・地球・火星が地球型惑星にあたる。地球型惑星のコアの主成分は溶けた状態の鉄であり、高圧液体鉄の物性を知ることは、惑星内部についての深い理解につながる。例えば、コアは惑星内部で最も高温かつ高圧力下の領域であるため、コアから地表までの間に巨大な熱の流れを生み出す。この大きな熱勾配はコアの対流を引き起こし、惑星磁気圏の生成やマントル対流などのダイナミクスの原動力となっている。また、液体コアの冷却に伴い、固体金属内核が誕生して生成が開始することは惑星内部進化の大きなイベントの一つである。地球型惑星の内部を構成する物質の熱伝導度(熱の伝わりやすさ)を知ることで、惑星がどのくらいの速さで冷えているのかが推定できる。従って、惑星の熱進化史を知るためにはコアの主成分である液体鉄の熱伝導度あるいは電気伝導度の情報が必要である。金属の場合、熱伝導度と電気伝導度は経験式を用いて変換可能である(用語2)。1930年代から地球のコアの電気・熱伝導度の推定は行われてきたが、その推定値には大きなばらつきがあった。本研究グループは2016年に高温高圧実験によって地球コア条件での鉄の電気伝導度の測定に世界で初めて成功し(参考文献1)、地球コアの伝導度と熱進化に関する研究が活性化した。しかし、地球型惑星のコアの伝導特性を真に理解するために重要な液体状態の鉄の伝導度データは、地球はおろか、水星や火星のコアの圧力条件においても測定がなされていなかった。コアに相当する圧力下での溶融状態の鉄の精密な電気伝導度測定は、融解時の鉄試料の著しい変形や周囲の物質との反応が原因で非常に困難であった。
●研究成果
本研究グループではこれまで、高温高圧下での電気伝導度測定を実現するべく、内部に微細な電気抵抗測定用回路を備えたダイヤモンドアンビルセル装置の開発・利用を進めてきた(図2)(参考文献1)。本研究では、鉄試料全体を硬いサファイア単結晶で覆う「サファイアカプセル法」を新たに考案・実装した。これにより、融解時の鉄試料の変形や化学反応を抑えることに成功した。さらに、レーザーにより瞬間的に加熱された鉄試料の電気伝導度、温度、結晶構造を、ミリ秒の時間スケールで計測する「瞬間抵抗検出法」を開発した。瞬間抵抗検出法は、SPring-8に新規に導入された世界最新鋭の高速X線検出器によって実現した手法であり、融解時の試料変形が起こる前に電気伝導度を測定することが可能となった。「サファイアカプセル法」「瞬間抵抗検出法」の開発により、太陽系の地球型惑星コアの圧力条件を網羅する35〜140万気圧の範囲での液体鉄の電気伝導度の決定が実現した。
図2 (A)ダイヤモンドアンビルセル装置の外観。(B)ダイヤモンドアンビルセル内部の対向するダイヤモンド圧子。
本研究で得られた地球コア条件での液体純鉄の電気伝導度は、理論計算(参考文献2)によって報告されている伝導度を支持する結果であり、そこから予想される地球内核形成開始年代はおよそ7億年というこれまでの予想と合致する(参考文献1、2)。また、本研究結果は融点における液体鉄の電気伝導度(電気抵抗率)が約50万気圧から急激に増加(減少)することを明らかにした。このことは、図1上部に示した水星・火星と金星・地球のコア圧力条件では液体鉄の伝導度に2倍近い差が生じ、惑星の冷却速度にも同様の差が生じることを意味する。地球型惑星の大きさ(内部圧力)の違いがコアの伝導度を支配する一因であることを突き止めたことで、地球型惑星の磁場や熱進化の多様性の理解が今後進展すると期待される。
●今後の展開
地球型惑星コアには鉄の他に水素やケイ素などの軽元素が含まれていると考えられており、これらの軽元素が液体鉄の電気・熱伝導度をどの程度下げるのかは未知である。本研究において開発した高温高圧下での液体物質の電気伝導度測定手法は純鉄だけでなく、軽元素を含むコア候補合金に対しても適用可能であり、マグマなどの高圧下での伝導特性の研究にも応用できる。高温高圧下での電気伝導度や熱伝導度の測定が進むことで、マグマと液体コアが大部分を占める形成直後の地球型惑星から、現在の姿までの熱進化過程とその間の惑星ダイナミクスの理解が今後更に進展することが期待される。
●付記
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(No. 19J13936、19H00716)の支援を受けて行われた。
【参考文献】
(1) Ohta et al., Experimental determination of the electrical resistivity of iron at Earth’s core conditions. Nature 534, 95–98 (2016).
(2) Korell et al., Paramagnetic-to-Diamagnetic Transition in Dense Liquid Iron and Its Influence on Electronic Transport Properties. Physical Review Letters 122, 086601 (2019).
【用語説明】
(1)地球型惑星のコア:
融けた状態の純鉄にニッケルとより軽い元素(水素、炭素、酸素、ケイ素、硫黄)が含まれた合金と考えられる。地球には固体鉄合金からなる内核と液体状態の外核が存在することがわかっているが、他の地球型惑星では内核の存在は不確かである。
(2)電気・熱伝導度:
金属では、電気と熱は共に金属中の自由電子によって運ばれる。そのため、金属の電気伝導度(σ)と熱伝導度(κ)、絶対温度(T)の間にはヴィーデマン−フランツ則(κ = L0σT、L0は定数)とよばれる経験式が提案されている。
(3)ダイヤモンドアンビルセル装置:
ダイヤモンドを用いた小型の高圧装置(図2A)。ダイヤモンドは圧力を発生させる尖頭状の部品(アンビル)として用いられている(図2B)。ガスケットと呼ばれる金属の板に小さな穴をあけ、その穴に試料と圧力媒体を入れて2つのダイヤモンドアンビルで挟み込むことで高圧を発生させる。ダイヤモンドの先端のサイズを小さくすることで、地球中心部に相当する圧力(約360万気圧)の発生が可能。
(4)大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
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