クラスター配列が鍵!金属クラスターの可逆的な構造制御に成功 - 幾何構造を制御したクラスター複合材料によるガスセンサーや触媒等の機能性材料への応用が期待 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年06月29日
- BL01B1(XAFS I)
2023年6月29日
東京都公立大学法人 東京都立大学
帝京科学大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
東京理科大学
ポイント
■ クラウン構造をもつカチオン性[MtAu8(PPh3)8]2+(Mt = Pd, Pt)に対し、比較的小さいクラスターであるアニオン性の[Mi6O19]2-を用いることで、岩塩型構造のイオン結晶が合成できること、また、岩塩型構造になることで構造異性化を誘起し、準安定構造であるバタフライ構造の[MtAu8(PPh3)8]2+を合成することに成功しました。
■ これまで合成に使われていたアニオン性のクラスター([PMo12O40]3-、直径:1.05 nm)よりも直径が短い[Mi6O19]2-(約0.8 nm)を用いることで、直径が約1.7 nmの[MtAu8(PPh3)8]2+の八面体間隙に入ることができるようになったため、クラスターが岩塩型構造の配列をとれるようになったことがわかりました。
■ 従来、バタフライ構造の[MtAu8(PPh3)8]2+はクラウン構造の[MtAu8(PPh3)8]2+よりも不安定であること、さらに中心金属がMtの合金クラスターではクラウン構造からバタフライ構造への構造異性化の活性化エネルギーが高いため、バタフライ構造への構造異性化を引き起こすことは困難でしたが、岩塩型構造の配列をとることで活性化エネルギーを超えることができるようになっただけでなく、バタフライ構造を安定化することができました。
100原子以下で構成された金属の粒子(以下「金属クラスター」という。)はバルクの金属からは予想できない特異な電子状態や反応性を示すことが知られています。これらの性質は金属クラスターの構造因子(サイズ、組成、幾何構造)に強く依存しており、1原子の違いで性質が劇的に変化することから、原子精度でこれら構造因子を制御した金属クラスターの開発が望まれています。 論文情報 |
図1 クラスターの配列による配位子保護金属クラスターの幾何構造・電子状態制御
研究の背景
100原子以下で構成される金属クラスターは、サイズ、組成、幾何構造が1原子違うだけで光学特性や物性が劇的に変化することが知られているため、原子精度での合成が望まれています。これまで、金や銀といった貨幣金属を中心に、その表面の有機配位子で保護した金属クラスター(配位子保護金属クラスター(※3))の精密合成の研究が進められてきており、表面保護配位子の種類、合成時の還元速度、還元する金属の組成を制御することで数多くの配位子保護金属クラスターの合成が報告されています。配位子保護金属クラスターの幾何構造制御に関する研究も注目されており、配位子交換、加熱、電子線、分子衝突等によりその幾何構造を異性化できること、構造異性化により光学特性が変わることが報告されています。光学材料や触媒としてこれらクラスターを利用することを考えると、安定にかつ可逆的に構造異性化を引き起こす金属クラスターが必要ですが、幾何構造を可逆的に異性化できる配位子保護金属クラスターの報告は限られており、新しいクラスターの開発が望まれています。
研究の詳細
今回、我々は、可逆的に構造異性化を引き起こすことができる、ホスフィン保護金属クラスター [Au9(PPh3)8]3+の中心金属が異種金属Mt(Mt = Pd, Pt)に置換された[MtAu8(PPh3)8]2+クラスターに着目しました。クラウン構造の[Au9(PPh3)8]3+は硝酸イオン([NO3]-)、塩素イオン(Cl-)とイオン結晶を作る際、バタフライ構造に異性化するとともに、光学特性が変化する(クラウン構造:茶色、バタフライ構造:緑色)ことが知られています。一方、[MtAu8(PPh3)8]2+では硝酸イオン[NO3]-や塩素イオン(Cl-)を用いても構造異性化は起こらず、クラウン構造のイオン結晶のみを与えることが知られていました。これは以前の研究でクラウン構造に比べ、バタフライ構造の方がエネルギー的に不安定な構造であることに加えて、異種金属をドープすることで硬いMt-Au結合が形成し、構造異性化の活性化エネルギーが高くなることが要因であることを明らかにしていました。しかし、もし、構造異性化の活性化エネルギーを超えるエネルギーをクラスターに与え、かつ、準安定構造を安定化することができれば、バタフライ構造の[MtAu8(PPh3)8]2+を新たに合成できるのではないかと考え、本研究に着手しました。
これまでイオン結晶の作製に用いられていた硝酸イオン([NO3]-)-や塩素イオン(Cl-)と[PMo12O40]3-の間の大きさのアニオンである[Mi6O19]2-(Mi = Mo, W)を用いて[MtAu8(PPh3)8]2+とイオン結晶(MtAu8-Mi6と略す)を作製したところ、クラウン構造の[MtAu8(PPh3)8]2+とは異なる光学特性をもつクラスターが合成できていることがわかりました。紫外可視吸収分光測定(※4)から、クラウン構造のクラスター([MtAu8(PPh3)8]2+と[PMo12O40]3-とのイオン結晶、MtAu8-PMo12と略す)よりも長波長側に光吸収を示すことがわかり、PdAu8-Mo6のイオン結晶では約700 nmに光吸収を示しました(図2)。同様の結果がPtAu8-Mo6でも観察されました。密度汎関数法(DFT法)(※5)を用いてクラスターの安定構造や光学特性を調べたところ、[MtAu8(PPh3)8]2+ではいずれの場合でも準安定構造としてバタフライ構造をとることができること、クラウン構造と比べバタフライ構造ではHOMO(※6)-LUMO(※7)ギャップが狭まり、長波長側に新しい光吸収を示すことがわかりました(図2
図2 PdAu8-PMo12(クラウン型)と今回合成したPdAu8-Mo6(バタフライ型)の光吸収特性とDFT法で計算された光吸収特性および分子軌道ダイアグラム
また、大型放射光施設SPring-8(※8)のBL01B1におけるX線吸収微細構造(※9)によりMtAu8-Mo6のAu原子およびMt原子(Mt = Pd, Pt)近傍構造を解析したところ、クラウン構造のMtAu8ではAu-Au結合数が約2.0だったのに対して、MtAu8-Mo6ではいずれもAu-Auの平均配位数が約3.0となっていました。バタフライ構造のMtAu8ではAu-Auの平均配位数が3.0であること、MtAu8-Mo6の光吸収特性がバタフライ構造のMtAu8の電子状態から説明できることから、MtAu8-Mo6ではバタフライ構造のMtAu8が合成できていることがわかりました。
MtAu8-Mo6では構造異性化を伴いながら結晶が形成するため、質の高い結晶を得ることはできませんでした。しかし、PdAu8-Mo6の単結晶X線構造解析の結果、[PdAu8(PPh3)8]2+と[Mo6O19]2-は岩塩型構造に配列していること、粉末X線回折パターンからPtAu8-Mo6やMtAu8-W6でも同様の岩塩型構造にクラスターが配列していることがわかりました。[MtAu8(PPh3)8]2+(直径:約1.7 nm)が面心立方構造をとった時の八面体間隙のサイズ(0.66-0.74 nm)が[Mi6O19]2-のサイズ(直径:約0.80 nm)に近いことから岩塩型構造のイオン結晶が合成できたと考えています。バタフライ構造の場合、8つのPPh3配位子は立方体の各頂点の方向にPPh3配位子を向けるような構造をとりますが、岩塩型構造ではその方向に[Mi6O19]2-が配置されていることから、[Mi6O19]2-がクラウン構造からバタフライ構造への構造異性化を誘起するとともに、PPh3に強く相互作用することで、準安定構造であるバタフライ構造の[MtAu8(PPh3)8]2+を合成することができたと考えています。
最後に構造異性化の可逆性についても調べました。MtAu8-Mo6はDMSO(※10)やDMF(※11)溶媒に容易に再溶解し、安定なクラウン構造の[MtAu8(PPh3)8]2+に戻ることから、[MtAu8(PPh3)8]2+でも可逆的にクラウン構造とバタフライ構造を異性化できることを明らかにしました。
研究の意義と波及効果
本研究ではクラスターの配列によってクラスター自身の幾何構造を制御することに成功しました。クラスターのサイズを考え、配列を狙って変えることでクラスターの幾何構造・物性を制御する本手法は、クラスターの構造異性化を引き起こすための新しい方法としてクラスター科学に貢献できたと考えています。
また、今回、新たに合成したバタフライ構造の[MtAu8(PPh3)8]2+はクラウン構造と比べてHOMO-LUMO間のエネルギーが狭いことからクラウン構造とは異なる反応性を示すことが予想されます。クラウン構造の[Au9(PPh3)8]3+は中心のAu金属が露出しており、ヒドリド(H-)やH2、CO分子等の小分子と反応して光学特性が変わることがすでに報告されています。今回のMtAu8-Mo6は、 [MtAu8(PPh3)8]2+と[Mo6O19]2-が岩塩型に配列しますが、クラスター間の大きな隙間や[MtAu8(PPh3)8]2+表面のホスフィン配位子の柔軟性により、固体内部に分子が拡散できることが予想されます。実際、H2等の分子が[MtAu8(PPh3)8]2+と反応して光学特性が変わるという結果を得ています。分子との反応は[MtAu8(PPh3)8]2+の電子状態や幾何構造に大きく影響を受けることから、今後は幾何構造を制御したクラスター複合材料によるガスセンサーや触媒等の機能性材料への応用が期待されます(図3)。
図3 クラスター複合材料による機能性材料への応用
【用語説明】
[1] 構造異性化
分子の組成は同じであるが、その構造が異なる構造に変化すること。
[2] 準安定構造
エネルギー的に最も安定ではないが、安定に存在できる構造のこと。
[3] 配位子保護金属クラスター
表面を有機配位子(有機分子)で保護した金属クラスターを指し、金属の原子数と有機配位子の数が原子レベルで均一な材料のこと。
[4] 紫外可視吸収分光測定
目的の物質が紫外線や可視光の光を吸収する際の吸収量を光の波長に対して調べることができる分光法。
[5] 密度汎関数法(DFT法)
分子や固体の電子状態、安定構造などを調べるために広く利用されている計算方法の1つ。
[6] HOMO
最高被占軌道の略。分子中の電子が占有している軌道の中で、最もエネルギー準位が高い分子軌道のこと。分子の物性や反応性を理解する上で重要となる。
[7] LUMO
最低空軌道の略。分子中の電子によって占有されていない軌道の中で、最もエネルギー準位が低い分子軌道のこと。HOMOとLUMOのエネルギー差をHOMO-LUMOギャップと呼び、電子励起によって吸収される光の波長を定性的に理解することができる。
[8] 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われている。
[9] X線吸収微細構造
目的の元素に適したエネルギーのX線を照射することで物質中に含まれている目的の元素の電子状態や周辺に存在する原子の情報を得る分析手法。
[10] DMSO
ジメチルスルホキシドの略。
[11] DMF
N,N-ジメチルホルムアミドの略。
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