光スイッチ型蛍光タンパク質の反応を可視化 高速分子動画解析により光スイッチの仕組みを明らかに(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年07月21日
- SACLA
2023年7月21日
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人理化学研究所
【発表のポイント】
⚫︎ サブピコ秒(注1)(1ピコ秒は1兆分の1秒)という極めて短時間で起こる蛍光タンパク質の動きの可視化に成功しました。
⚫︎ 蛍光タンパク質の光受容部がねじれながら構造変化する仕組みを解明しました。
⚫︎ 蛍光タンパク質を利用した超解像顕微鏡による観察技術の促進につながることが期待されます。
光スイッチ型蛍光タンパク質は、特定の光が当たると蛍光のオンオフが切り替わる蛍光タンパク質です。蛍光タンパク質には、光を受容する発色団と呼ばれる構造があり、蛍光のオンオフの切り替えは発色団の構造変化と連動して起こります。しかし、発色団は光が当たると即座に構造が変わるため、動きを捉えることが困難であり、スイッチング機構の詳細も不明でした。 【論文情報】 |
【研究の背景】
蛍光タンパク質は特定の波長の光を吸収して蛍光を発するタンパク質であり、2008年のノーベル化学賞の受賞対象としても注目を集めました。遺伝子組換え操作により、蛍光タンパク質を連結させたタンパク質を細胞内に発現させ、光を当てると、生きた細胞内においてタンパク質分子の位置や挙動を直接観察することが可能となり、生命現象の理解が飛躍的に向上しました。このような生体イメージングに利用される蛍光タンパク質は、これまでに様々なタイプがデザインされており、光の照射によって蛍光性のオン-オフを制御できる光スイッチ型の蛍光タンパク質も開発されてきました。蛍光タンパク質による光スイッチは、発色団の光によるシス-トランス異性化によって起こります。この異性化の方法としては、発色団分子が1つの結合軸の周りに回転するone-bond-flip機構(注2)と2つの結合軸の周りの回転によりねじれを伴うhula twist機構(注3)の2つの可能性があります(図1(a))。しかし、発色団の多くは対称な分子構造を有しており、どちらの機構で構造変化が起こったか区別がつかないことに加え、光照射による発色団の構造変化は極めて早く起こることからその動きを捉えることは困難でした。
【研究手法】
蛍光タンパク質が構造変化する過程に残された謎を解き明かすために、研究グループはポンプ・プローブ法(注4)とシリアルフェムト秒結晶構造解析(SFX)(注5)の手法を組み合わせた実験により、タンパク質の動きをタイムラプス撮影の要領で“分子動画”として捉えることを目指しました。研究グループはまず2種類のスイッチ機構を区別するために、遺伝子組換え操作により、光スイッチ型蛍光タンパク質rsEGFP2の発色団に対称性を崩す置換基を導入しました(図1(b))。
次に、改変型rsEGFP2の結晶を作成し、ポンプ・プローブ型SFX用の実験装置がある日本のX線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAにて測定を行いました。具体的には可視光を結晶に照射することで光異性化をスタートさせ、300 fs、600 fs、900 fs、5 ps、100 ps、1 μs経過した後にXFELを照射しました。そして、各時間において収集した実験データを元にrsEGFP2の立体構造を決定し、時間経過の順に並べることで構造変化を動画として捉えました。
【研究成果】
光照射前後の構造を比べると、光を照射してから100 ps〜1 μs経過した時点で発色団の構造変化が観測されました(図2)。発色団の構造から、rsEGFP2の光スイッチ過程はhula twist機構によって進行することが明らかになりました。より早い600 fs〜900 fs経過した時点では、発色団のねじれた構造を捉えることができました(図2)。この結果は、発色団の分子構造がねじれながら変化するhula twist機構を直接観察した初めての例となりました。
【今後の展望】
光スイッチ型蛍光タンパク質の構造変化を視覚的に捉えたことで、30年以上前に提唱されたにもかかわらず、詳細なメカニズムが不明であったhula twist機構を立証することができました。本研究成果により得られた構造情報は、新たな蛍光タンパク質を合理的に設計するための指針となる重要な知見であり、蛍光タンパク質を用いた超解像顕微鏡(注6)技術や細胞機能の発現制御技術の発展に貢献することが期待されます。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究「高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用(領域代表:岩田想)」(JP19H05776)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)「創薬等ライフサイエンス研究のための相関構造解析プラットフォームによる支援と高度化(SPring-8/SACLAにおけるタンパク質立体構造解析の支援および高度化)(研究代表者:山本雅貴)」(JP21am0101070)による助成を受けて行われました。
図1. (a)発色団の構造変化の模式図、(b)置換基を導入した発色団の構造変化
図2. 光照射から各観測時間までの発色団の構造変化。発色団を光照射前(薄灰色)、中間状態(灰色)、構造変化後(黒)で示します。図中の塩素原子は矢印(赤)の領域から矢印(水色)の領域へ移動し、その後矢印(青)の領域に移動することを示します。各時間における発色団の構造は、塩素原子の位置などを元に決定します。
【用語説明】
注1. サブピコ秒:1兆分の1秒よりも短い時間。
注2. one-bond-flip機構:蛍光タンパク質の発色団の構造変化として提唱されている機構の1つ。1箇所の結合を軸とした回転により構造が変化する機構。
注3. Hula twist機構:蛍光タンパク質の発色団の構造変化として提唱されている機構の1つ。2箇所の結合を軸とした回転により構造が変化する機構であり、分子がねじれながら変化する。
注4. ポンプ・プローブ法:時間分解測定方法の1つ。ポンプ光とプローブ光と呼ばれる2種類のパルス光源を利用して、物質の状態や性質が変化する過程を追跡する手法。下記、シリアルフェムト秒結晶構造解析による時間分解測定では,X線自由電子レーザー(XFEL)をプローブ光として用いる。
注5. シリアルフェムト秒結晶構造解析(SFX):多数の結晶から部分的なX線回折データを収集し、それらを1つの完全なデータに統合することでタンパク質などの分子の構造を決定する手法。
注6. 超解像顕微鏡:光学顕微鏡の回折限界を超えた分解能で物質の構造を観察する光学的手法。可視光を利用する場合は、200 nm程度が回折限界となる。
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