プレート運動はマントルのアセノスフェアの水が駆動する(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年08月07日
- BL04B1(高温高圧)
2023年8月7日
岡山大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
・当研究チームが独自開発した短周期振動発生技術を駆使して、マントルのリソスフェア(プレート)(1)及びアセノスフェア(2)の柔らかさの指標である、地震波減衰特性(Q-1)(3)を高温高圧下で決定することに成功しました。
・マントルの岩石に水が存在すると地震波の減衰が大きくなり、大きな速度低下が起こることが明らかとなり、地震学の観測を説明することができました。
・古い冷たいプレートがスムーズに動くことができるのは、アセノスフェアが水を含んで柔らかくなっていることを示します。
岡山大学惑星物質研究所の芳野極教授の研究チームと公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の肥後祐司主幹研究員らの共同研究グループは、高温高圧下で岩石を強制的に振動させ、地震波のエネルギーが失われる減衰という現象をその場観察(4)することに成功しました。また、マントルの岩石に水の存在することにより、マントルのより深部のアセノスフェアが柔らかくなり、プレート(リソスフェア)がその上をよりスムーズに移動できること明らかにしました。 論文情報 |
<現状>
プレートテクトニクスは、造山運動、地震、火山活動など、地球の表面で観察されるさまざまな活動を説明する統一理論です。しかし、海洋リソスフェアがその下にあるアセノスフェアに対して相対的に移動することを可能にする理由はまだよく理解されていません。海洋リソスフェアの底部は、深さ 50 ~ 100 km 付近の低速層の上部に相当する硬い岩盤層ですが、アセノスフェアでは横波速度の低下、地震波の減衰が起こり、リソスフェアとアセノスフェアが異なる物理的特性を持ち、鋭い境界を生み出しています(図1)。部分融解はアセノスフェアの地球物理学的異常の原因として有力ですが、中央海嶺から遠く離れた冷たい海洋上部マントルで観測された急激な速度低下を部分溶融で説明するのは困難です。もう一つの有力な説は、アセノスフェアに少量の水が存在して岩石が柔らかくなっているというものです。
しかし、上部マントルの主要な鉱物であるカンラン石の地震波減衰を測定した先行実験研究では、水の効果はあまり大きくないという結果が報告されていました。この先行研究では、実際のアセノスフェアに相当する圧力2~3万気圧よりずっと低い2千気圧の条件で実験が行われており、それらの低圧ではカンラン石に水が入るメカニズムが大きく異なるという問題がありました。そのため、現実的なアセノスフェアの圧力での実験的検証が必要でした。
<研究成果の内容>
深さ約90 kmに相当する上部マントル圧力条件におけるカンラン岩(5)を通過する地震波を、強制振動実験で再現する実験が可能な大型放射光施設SPring-8(6)のビームラインBL04B1を使用して、実験を試みました。その場放射光観察と大型高圧発生装置と高温実験を組み合わせて、水の量の関数として細粒のカンラン岩の試料の幅広い周波数領域で減衰特性を決定することに成功しました。実験結果は、含水マントル条件下では高い周波数において減衰のピークが現れることが分かり、アセノスフェアが水を含んでいると減衰の周波数依存性が小さくなることを明らかにしました(図2)。これにより、古く冷たい海洋リソスフェアの周波数依存性が大きいのに対し、アセノスフェアの周波数依存性が小さいという違いを、リソスフェアが無水でアセノスフェアが水を含んでいれば説明できるようになりました。
本研究の結果は、中央海嶺から遠く離れた海洋マントルのリソスフェア―アセノスフェア境界での急激な速度低下と減衰の増加は、この境界を横切って水分含有量の急激な増加によって引き起こされたことを示します(図3)。上部マントルの中央海嶺の玄武岩には、50~200重量%の水分が含まれていると考えられているため、海洋アセノスフェアは中央海嶺で溶融に伴う脱水を免れて一定量の水を保持している領域であり、海洋リソスフェアは特定の深さ(~70km)の中央海嶺の下で減圧中に融解した際に水を完全に失ったものと考えられます。中央海嶺の近傍では部分融解によって、リソスフェアとアセノスフェアの間の水の量のコントラストが形成され、その境界上をプレートがスムーズに移動するものと考えられます。
<社会的な意義>
プレートテクトニクスは人類にも甚大な災害をもたらす地震や火山を引き起こす現象であり、その理解を深めることは重要です。本研究の結果は、アセノスフェアが一定の水を保持していることを示し、地球にどのように水が分布しているかの一つの鍵となる結果であり、地球内部の水の存在は地球環境を考える上でも将来の研究へのヒントになることが期待されます。
図1 リソスフェアとアセノスフェアを示す概念図。海洋プレートは中央海嶺で生成され、冷却しながら海溝で沈み込む。
図2 本研究の実験の測定結果と地震観測結果との比較。
アセノスフェアの小さな周期依存性とリソスフェアの大きな減衰の周期依存性の違いは、アセノスフェアの水の存在により説明できる。
図3 本研究から明らかとなったリソスフェアとアセノスフェアを横切るS波速度のプロファイル。
水が存在するときには、シャープに速度が減少することが分かる。
■研究資金
本研究は独立行政法人日本学術振興会(JSPS)「科学研究費助成事業」(基盤A・24244087, 17H01155,研究代表:芳野極)の支援を受けて実施しました。また、本研究はSPring-8の課題番号2016A1173, 2016B1091, 2017A1733, 2017B1175, 2018A1716, 2018B1071, 2019A1732, 2019B1071で実施しました。
【用語解説】
(1) リソスフェア
地球の表層の力学的に硬い岩盤の層で、プレートとも呼ばれる。大陸域と海洋域で厚みが異なり、海洋リソスフェアは、中央海嶺で生成し、海洋底と共に移動、大陸プレートに対して地球深部への沈み込むことで、日本列島付近では地震や火山活動を引き起こしている。
(2) アセノスフェア
リソスフェアの下に広がる柔らかい岩盤の層。地震波が伝播する速度が遅いため、このような層の存在が示唆された。リソスフェアの水平運動に重要な役割を担っていると考えられているが、成因や性質については良く分かっていない。
(3) 地震波減衰指標(Q-1)
地震波の減衰とは、地球内部を伝播するとともにそのエネルギーが減少する現象で、岩石の粒子境界や粒子内の欠陥と地震波との相互作用により生じ、岩石の柔らかさを反映する現象である。地震波の減衰を表す指標として、減衰が大きくなるにつれて小さくなるQ値が用いられておるが、減衰の大きさと直感を合わせるためにQ-1値がしばしば用いられる。
(4) その場観察
強力な放射光を利用することで、実際の高温高圧下にある極限状態の高圧容器の中の物質をレントゲン写真のようにX線透過像を取得することで物質の挙動の観察が可能である。
(5) カンラン岩
カンラン岩は上部マントルの主要な岩石であり、その主要鉱物であるカンラン石の化学組成は(Mg, Fe)2SiO4で表される。マントル遷移層では、同じ化学組成をもつが結晶構造が異なるワズレアイトやリングウッダイトに変化し、下部マントルではブリッジマナイト(Mg, Fe)SiO3とフェロペリクレース(Mg, Fe)Oに変化する。
(6) 大型放射光施設 SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8 の名前はSuper Photon ring-8 GeV に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。
地球を掘っていくとあっという間に1000℃を超え、ものすごい圧力がかかった極限の世界となります。我々はそのような状況を実際に実験室に再現して楽しんでます。装置開発から10年を経てようやく成果を出すことができ感無量です。惑星物質研究所で、みなさんも我々と地底探検をしてみませんか。
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