マイクロ波によって触媒活性点を原子レベルで選択加熱 ―熱エネルギー集中による触媒システムの省エネ化に期待―(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年08月24日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2023年8月24日
東京大学
名古屋大学
高輝度光科学研究センター
発表のポイント
◆ 化学産業において、化石燃料を使わずマイクロ波によって固体触媒を加熱することで、CO2排出量削減が期待されています。加えてマイクロ波は、触媒中の特定の部位を選択的に加熱することができ、究極的には化学反応が起こる活性点のみを選択加熱することで、劇的な省エネルギー化が期待できます。
◆ マイクロ波によって、ゼオライト細孔内の金属イオンを選択的に加熱することで、このイオンを反応場とするメタン酸化反応の速度および選択率が向上することを実証しました。先端放射光設備やシミュレーションを駆使して、この金属イオンが原子レベルで250℃以上の高温状態となっていることを突き止めました。
◆ 本成果は、従来の加熱手法では実現し得ない「触媒反応に必要な微小領域にのみエネルギーを与える」ことを実現し、触媒システムの省エネ化と、高度な反応制御を可能とします。
東京大学大学院工学系研究科の岸本史直助教、脇原徹教授、高鍋和広教授らによる研究グループは、名古屋大学の谷口博基准教授、高輝度光科学研究センターの山田大貴研究員らと共同で、マイクロ波(注1)を照射することによって、ゼオライト(注2)内の単一イオンを原子レベルで選択的に加熱できることを示す実験的証拠を得ました。この実験では、放射光設備での高エネルギーX線を利用して、マイクロ波照射下のその場でのX線散乱測定と二体分布関数解析(注3)を組み合わせることで、ゼオライト内のイオンがマイクロ波によって特異的な振動状態になっていることを明らかにしました。これらの測定結果を、熱的な非平衡場を加味した分子動力学計算(注4)によってシミュレーションした結果と照合することで、単一イオンの原子レベル選択加熱を実証しました。さらに、選択加熱された単一イオンを活性点としたメタン酸化反応を行うことで、エタンなどの気相副生成物(注5)を抑制し、高い選択率で含酸素生成物(CO、CO2)が得られることを見出しました(図1)。今回の成果は、マイクロ波によって化学反応が起こる原子レベルの「触媒活性点(注6)」に対して選択的にエネルギーを与えることで、触媒反応を制御できることを示した例であり、省エネルギーな革新的触媒システムの開発につながることが期待されます。 論文情報 |
図1.マイクロ波で選択加熱されたゼオライト細孔内イオンのメタン酸化反応
〈研究の背景〉
カーボンニュートラル社会の実現に向けて、化学産業の電化による再生可能エネルギーの積極的導入、およびCO2排出量の削減が望まれています。特に、化学反応を引き起こす触媒を含む反応器の加熱には、ボイラー加熱装置が用いられており多くの化石燃料が使われています。
このような背景のもと、近年、マイクロ波照射による触媒の加熱が注目されています。マイクロ波加熱装置は、再生可能エネルギー由来の電力を直接用いることができ、化石燃料が不要になることでCO2排出量を削減することができます。加えてマイクロ波は、触媒中の特定の部位に作用することで、選択的な加熱をすることができます。これにより、例えば反応容器そのものは加熱せずに、触媒のみを加熱することができ、省エネルギー化につながります。最近では、触媒内部でのマイクロメートルオーダー、ナノメートルオーダーの微小領域でのマイクロ波選択加熱(注7)が報告されており、「触媒反応に必要な微小部位にのみマイクロ波エネルギーを投入すること」が重要な課題の1つとなっています。
〈研究の内容〉
今回、本研究グループは、マイクロ波により化学反応が起こる「触媒活性点」を原子レベルで選択的に加熱することで、究極的な省エネルギー化と高度な化学反応の制御が実現できると着想し、精密なマイクロ波触媒反応装置の開発や、さまざまな先端計測技術、計算機シミュレーションなどを駆使した実験的な証明に取り組みました。
ゼオライト細孔内に閉じ込められたアルカリ金属イオン(注8)に着目し、マイクロ波による単一のアルカリ金属イオンの加熱現象を証明することで、原子レベル選択加熱の実証を目指しました。ゼオライトおよびアルカリ金属イオンの原子レベルの動態を調べるために、大型放射光施設SPring-8(注9)の高エネルギーX線回折ビームライン(BL04B2)を利用し、マイクロ波照射下その場での高エネルギーX線全散乱測定(図2)を実現しました。試料の厚みや設置方法などを丁寧に工夫し、マイクロ波がゼオライトおよびアルカリ金属イオンにどのように作用するかを直接的に明らかにしました。
図2:マイクロ波照射その場での高エネルギーX線全散乱測定の様子
(放射光施設SPring-8、ビームラインBL04B2)
測定されたX線全散乱パターンを用いて二体分布関数を得ることができます(図3(a))。この二体分布関数は、試料中の原子対の存在確率を距離の関数として表現しています。セシウム(Cs)イオンを含むゼオライトについて、通常の伝熱加熱およびマイクロ波加熱条件におけるさまざまな温度での測定を行ったところ、マイクロ波照射下においてCsイオン由来の特異的なピークシフトが起こることが分かりました。すなわち、マイクロ波がCsイオンに対して選択的な作用を引き起こしていることが予想されました。
原子レベルのより詳細な描像を明らかにするため、伝熱加熱およびマイクロ波加熱を再現した分子動力学計算を行い、二体分布関数をシミュレーションしました(図3(b))。結果として、マイクロ波加熱条件においてのみCsイオンと酸素原子間でのピークシフトが起こることが予測されました。この結果と実験結果を照らし合わせることで、マイクロ波によるCsイオンの原子レベルでの選択加熱を証明しました。さまざまな実験結果を統合することで、Csイオンと周囲を取り囲むゼオライトとの間には、最大で250℃ほどの温度差が生じていることがわかりました(図3(c))。
図3:実験で得られた二体分布関数と計算で得られた二体分布関数の比較
このようにマイクロ波によって選択的に加熱されたCsイオンを活性点として、メタン酸化反応を行いました。マイクロ波加熱では、全体の温度が500℃にも関わらず伝熱加熱条件での730℃に相当する反応速度を発揮しました。したがって、マイクロ波加熱によってCsイオンが選択的に730℃近い温度に達していることが分かりました。
さらに、反応生成物の選択率を見てみると、伝熱加熱730℃(図4(a))ではエタンなどの気相副生成物によって含酸素生成物(CO、CO2)の選択率が86.5%程度であるのに対して、マイクロ波加熱500℃(活性点は730℃相当:図4(b))では気相副生成物が抑制されて含酸素生成物の選択率が97.3%に向上することを見出しました。この結果は、伝熱加熱においては触媒と同様に加熱された気相空間において副反応が進行するのに対し、マイクロ波加熱ではCsイオンを選択加熱することによって相対的に気相中での副反応を抑制することができたためだと考えられます。すなわち、マイクロ波によって触媒活性点に対して原子レベルで選択的にエネルギーを与えることで、触媒反応を制御できることを示しています。
図4:(a)伝熱加熱および(b)マイクロ波加熱におけるメタン酸化反応の結果
(メタン・酸素ともに6 kPaで導入)
〈今後の展望〉
本成果は、従来の加熱手法では実現し得ない「触媒反応に必要な微小領域にのみエネルギーを与える」ことを実現し、高度な反応制御手法の開拓と、省エネルギーな革新的触媒システムの開発につながることが期待されます。
今後は、より触媒活性の高い重金属イオンを用いることで、社会的重要度の高い化学反応へのマイクロ波による単一イオン選択加熱の意義を切り拓いていく必要があります。さらには、ゼオライトの細孔構造や、マイクロ波周波数などのさまざまなパラメーターに基づくイオン選択加熱の能動的な制御を実現し、精密なマイクロ波駆動触媒プロセス開発に向けた基盤学理を構築します。
発表者
東京大学 大学院工学系研究科
化学システム工学専攻
高鍋 和広(教授)
岸本 史直(助教)
村岡 恒輝(助教)
吉岡 達史(博士課程)
石橋 涼(修士課程)
附属総合研究機構
脇原 徹(教授)〈化学システム工学専攻 兼務〉
名古屋大学 大学院理学研究科 理学専攻
谷口 博基(准教授)
高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
山田 大貴(研究員)
研究助成
本研究は、科研費学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」公募研究の「ギガヘルツ帯電磁波が拓く固体酸触媒の動的超秩序構造(課題番号:21H05550)」の支援により実施されました。
【用語解説】
(注1) マイクロ波
周波数が300 MHz~300 GHzの帯域の電磁波の一種です。一般的には、2.45 GHzのマイクロ波が電子レンジで利用されており、家庭用では食品の加熱、また工業的には窯業の乾燥工程などに用いられています。近年では化学工業において、CO2を排出しない反応器加熱手法として注目されています。本研究では、効率的なイオンの選択加熱を狙うため、より振動数の低い915 MHzのマイクロ波を用いました。
(注2) ゼオライト
ゼオライトは、結晶性多孔質アルミノシリケートの総称です。原子~分子サイズの極めて小さな細孔(2 nm)を規則的にもっており、細孔内に陽イオンを保持することができます。本研究では、比較的大きな細孔を有するフォージャサイト型ゼオライト(FAU:結晶構造の一種)の細孔内にアルカリ金属イオンを導入し、マイクロ波による原子レベル選択加熱を実証しました。
(注3) X線散乱測定と二体分布関数解析
高エネルギーのX線(本実験では61.4keV)をサンプルに照射し、散乱されたX線を測定します。散乱パターンをフーリエ変換することによって、サンプル中の原子対の存在確率を距離の関数とした二体分布関数が得られます。本研究では、この二体分布関数から細孔内イオンのマイクロ波による特異的な振動状態を解明しました。本測定はSPring-8のBL04B2ビームラインにて実施しました(課題番号2021B1394、2022A1079および2023A1295)。
(注4) 分子動力学計算
多数の原子で構成される物質について、原子1つ1つの運動方程式を解くことで、原子位置やエネルギーの時間変化をシミュレーションする計算手法です。通常の分子動力学計算では、系全体が均一な温度であることを仮定しますが、今回はマイクロ波加熱を再現するために特定のイオンに対して能動的なエネルギーを付与した計算を行いました。
(注5) 気相副生成物
高温のメタン酸化反応では、触媒を用いずとも気相中で反応が進行します。酸素とメタンの間で起こる連鎖的なラジカル反応によって進行し、エタンなどのC-C結合を有する炭化水素を生成します。本研究では、気相中でのメタン酸化反応を市販ソフトウェア(Chemkin)によって予測し、マイクロ波によるエタン生成の抑制が、活性点イオンの原子レベル選択加熱に基づくことを丁寧に証明しました。
(注6) 触媒活性点
触媒(特に固体触媒)は、多種の元素や物質、結晶などの複合構造を有し、その大きさは触媒反応の対象となる分子より大きいことが通常です。この触媒構造中において、特に化学反応を直接司る部位を触媒活性点といいます。触媒活性点は、分子の活性化を行う部位であるため、そのサイズは原子・分子レベルの微小な大きさとなります。
(注7) 微小領域でのマイクロ波選択加熱
近年注目が集まっている研究領域であり、多数の実証研究例が報告されています。例えばマイクロメートルスケールでのマイクロ波選択加熱は、ハニカム構造(ハチの巣構造)を用いた研究報告が盛んになされています(Chem. Eng. J. 2021, 420, 130476など)。また、ナノメートルスケールでのマイクロ波選択加熱は東京工業大学の和田・椿(現九州大)らのグループによる実験的証明が報告されています(Commun. Chem. 2020, 3, 86)。
(注8) アルカリ金属イオン
周期表の最も左に存在する金属元素の陽イオンの総称です。具体的にリチウムLi、ナトリウムNa、カリウムK、ルビジウムRb、セシウムCsの1価の陽イオンを指します。これらのイオンは、還元反応による変化の影響を受けにくく、さまざまな条件で安定に取り扱えます。したがって、本研究におけるマイクロ波による系統的実験を行う良いモデルとして選択しました。
(注9) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある、世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジーやバイオテクノロジー、産業利用まで幅広い研究が行われています。
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