フェムト秒レーザー照射で“金属材料が鍛えられる”一瞬の原子の動きを捉えた!―長寿命材料の創成法・構造物の延命法のさらなる発展に貢献―(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年08月31日
- SACLA BL3
2023年8月31日
大阪大学
【研究成果のポイント】
◆ フェムト秒レーザー照射直後の金属材料内部の衝撃波伝播に伴う応力、ひずみ、塑性変形の複雑な挙動を示すことに世界で初めて成功した。
◆ フェムト秒レーザー照射直後の金属材料の変形は超高速であるため、その原子スケールの変形挙動を正確に捉えることは困難であった。
◆ 長寿命材料の創成と構造物の延命を可能とするフェムト秒レーザー衝撃加工法のさらなる発展が期待でき、カーボンニュートラルおよび安全・安心社会の実現に貢献する。
大阪大学大学院工学研究科の佐野智一教授、松田朋己助教を中心とする研究グループは、フェムト秒レーザー※1照射直後の金属材料内部の応力、ひずみ、塑性変形の複雑な挙動を示すことに世界で初めて成功しました。 論文情報 |
〈研究の背景〉
過去100年以上にわたり、凝縮物質の衝撃圧縮の本質を理解することが大きなテーマとして研究されてきました。20年ほど前に、フェムト秒レーザー照射によって凝縮物質が衝撃圧縮されることが分かりました。金属材料にある程度高強度のフェムト秒レーザーを照射すると、照射された部分の金属材料が瞬時に気化・プラズマ化し除去されます。その時の反動によって、除去される金属材料表面に衝撃波が駆動され、金属材料内部を伝播し、金属材料は衝撃圧縮されます。この衝撃波をフェムト秒レーザー衝撃波と呼びます。パルス幅の長いナノ秒レーザーを照射したときに発生するナノ秒レーザー衝撃波や、飛翔体が物質に衝突したときに発生する衝撃波とは異なり、このフェムト秒レーザー衝撃波は物質中に特異な微細構造を作り出すという特徴を持っていることが、佐野教授らの先行研究で示されています(Appl. Phys. Lett. 83, 3498 (2003), Appl. Phys. Lett. 105, 021902 (2014)など)。また、フェムト秒レーザー衝撃加工によって金属材料は鍛えられ強くなり壊れにくくなることも、佐野教授らの先行研究により分かっています(J. Laser Appl. 29, 012005 (2017), J. Appl. Phys. 132, 075101 (2022)など)。そのため、このフェムト秒レーザー衝撃波の特性は、他の衝撃波の特性とは異なる可能性があると思われてきました。しかしながら、フェムト秒レーザー衝撃波による金属材料の変形は超高速であるため、その変形挙動を正確に捉えることはこれまで困難でした。
〈研究の内容〉
研究グループは、X線自由電子レーザー施設 SACLA※4のX線自由電子レーザーを用いて、フェムト秒レーザーを照射し衝撃圧縮されて超高速で変形している途中の金属材料の原子の動きを調べました(図1)。
金属材料としては、鉄を用いました。鉄を用いた理由は、鉄が工業や地球科学の分野で重要な材料であることと、従来の衝撃圧縮下での挙動が十分に研究されているからです。
フェムト秒レーザー照射後にX線自由電子レーザーを照射するタイミングを何通りも変えて、それぞれのタイミングにおけるX線回折パターンを取得しました。こうすることによって、超高速の原子の動きを捉えることに成功しました(図2)。さらにその実験結果を理論的に解析することによって、フェムト秒レーザー照射直後の金属材料内部の応力、ひずみ、塑性変形の複雑な挙動を示すことに成功しました。
その結果、フェムト秒レーザー衝撃波による変形の初期過程は、意外にも、従来の衝撃波によるものと同じであることが分かりました。また、理論的に予測されていた応力波と歪み波のピークの時間的なずれを、初めて実験的に発見しました。さらに、応力波と歪み波のピークの間に塑性波のピークが存在するという、理論的にも予測されていなかった新しい発見もありました。
図1 フェムト秒レーザー衝撃波によって金属材料が超高速で変化する様子を捉える実験体系
図2 フェムト秒レーザー照射によって金属材料が鍛えられている一瞬の原子の動きを捉えた様子
〈本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)〉
本研究成果により、長寿命材料の創成と構造物の延命を可能とするフェムト秒レーザー衝撃加工法のさらなる高度化と、それによるカーボンニュートラルおよび安全・安心社会の実現が期待されます。さらに、二律背反の関係にある強度と靭性を両立させる新規材料の設計に新たな道を切り拓くことも期待されます。
〈特記事項〉
本研究成果は、2023年8月31日(木)18時(日本時間)に英国科学誌「Scientific Reports」(オンライン)に掲載されました。
本研究は、文部科学省光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)JPMXS0118068348、JSPS科研費19K22061および20H02048、JSPS研究拠点形成事業「X線自由電子レーザーとパワーレーザーによる極限物質科学国際アライアンス」、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題、公益財団法人アマダ財団、公益財団法人軽金属奨学会、公益財団法人大澤科学技術振興財団、公益財団法人マザック財団の助成を受けました。X線自由電子レーザー実験は、高輝度光科学研究センター(JASRI)の承認(課題番号2012A8053、2012B8048、2021B8031、2022A8031)を得て、SACLAのBL3で行われました。
【佐野教授のコメント】
この研究を通して、「ものづくり」という世のため人のために役立つものを作る工学研究と、「普遍の真理の探究」という最先端の科学研究は、両輪であることを実感しました。さらに、このような研究の場が人材育成に非常に大きな役割を果たすことも実感出来ました。
〈SDGs目標〉
〈本参考URL〉
佐野智一教授
研究者総覧URL https://rd.iai.osaka-u.ac.jp/ja/62166e60ca18a4ec.html
【用語説明】
※1フェムト秒レーザー
パルス幅(レーザーが光る時間)がフェムト秒オーダー(1フェムト秒は1000兆分の1秒)のレーザーのことです。レーザーの電場の強度が非常に大きいため、比較的小さなエネルギーのフェムト秒レーザーでも金属材料にあてると瞬時にプラズマ化することが可能です。そのため、衝撃波を駆動することが出来ます。
※2衝撃波
音速より大きな速度で進み、波面の前後で質量保存則、運動量保存則、エネルギー保存則が成り立つ波のことを、衝撃波と言います。
※3X線自由電子レーザー
高エネルギー加速器で加速した電子を磁場で何度も曲げることによって発生したX線のレーザーのこと。
※4X線自由電子レーザー施設 SACLA
理化学研究所播磨キャンパスに世界で2番目に建設されたX線自由電子レーザー施設です。SPring-8 Angstrom Compact Free Electron LAserを略して、SACLAと命名されました。SACLAのX線自由電子レーザーはとてもパルス幅が短く明るいため、原子や分子の一瞬の動きを捉えることが出来ます。
本件に関する問い合わせ先 |
- 現在の記事
- フェムト秒レーザー照射で“金属材料が鍛えられる”一瞬の原子の動きを捉えた!―長寿命材料の創成法・構造物の延命法のさらなる発展に貢献―(プレスリリース)