酸化物初の熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチングを実証 ―多値記憶可能な相変化メモリデバイスの実現に期待ー(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年09月06日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2023年9月6日
国立大学法人東北大学
国立大学法人筑波大学
国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)
【発表のポイント】
・相変化メモリ(注1)は、電源を切っても記憶した情報が消えない不揮発性メモリの一種で、その動作原理である「熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチング(注2)」はこれまでカルコゲナイド物質(注3)でのみ報告されていました。
・今回、層状ニッケル酸化物Sr2.5Bi0.5NiO5を用いて、3つの結晶相について特異な熱的相変化を見出し、酸化物で初となる熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチングに成功しました。
・相変化メモリ材料の探索領域を大幅に拡張できると同時に、多値記憶可能な相変化メモリの実現に発展する可能性があります。
結晶とアモルファスの熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチングは、GeSbTe合金などのカルコゲナイドで実証され、不揮発性相変化メモリへの応用が期待されています。一方、酸化物では、金属絶縁体転移(注4)や超巨大磁気抵抗効果(注5)などの電気抵抗変調に関する膨大な研究があるにもかかわらず、意外にも、熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチングは実現していませんでした。 【論文情報】 |
研究の背景
IoT (Internet of things) により、全ての人とモノが繋がる新たな社会 (Society 5.0)の実現への期待が高まっています。Society 5.0の実現には、コンピューターなどの電子デバイスのさらなる発展が必要不可欠であり、近年、メインメモリとストレージの性能差を埋める「ストレージクラスメモリ」という階層の不揮発性メモリが注目を集めています。現在、有望とされているストレージクラスメモリは、物質の結晶相やアモルファス相の2つの状態の熱的相変化による電気抵抗スイッチングを原理とした「相変化メモリ」です。また、この相変化メモリでは、GeSbTe合金などのカルゴゲナイド物質が主に活用されています。
一方、酸化物は、(La1-xSrx)TiO3やVO2における金属絶縁体転移やLa0.7Sr0.3MnO3における超巨大磁気抵抗効果に代表されるように、化学組成や外場 (熱や磁場など)に応じて、電気抵抗を大きく変調できる物質群として盛んに研究されています。また、高温高圧合成(注7)を用いることで原子配列の秩序度合を制御でき、電気抵抗を変調できることも知られています。例えば、岩塩構造のCu0.5Cr0.5SrO2層とペロブスカイト構造のSrCuO3層からなるCu0.5Cr0.5Sr2CuO5では、岩塩層のCu/Cr配列の秩序・無秩序状態を制御でき、秩序状態と比較すると、無秩序状態では、室温付近の電気抵抗率は5倍程度高くなります。しかし、上記のカルコゲナイド物質のように、熱的相変化による電気抵抗スイッチングの報告はありませんでした。
今回の取り組み
岩塩構造のSr1.5Bi0.5O2層とペロブスカイト構造のSrMO3層 (M = Cr, Mn, Fe, Co, Ni)からなる層状酸化物Sr2.5Bi0.5MO5では、岩塩層のSr/Bi配列は秩序状態であり、遷移金属元素 (M)の原子番号が大きくなるにつれて、単調に電気抵抗率が減少します。また、最も低い電気抵抗率を示す層状ニッケル酸化物Sr2.5Bi0.5NiO5では、室温以上の電気抵抗率に熱ヒステリシス(注8)が報告されており、Sr/Bi配列や結晶相などの熱的相変化が示唆されますが、その詳細は明らかになっていませんでした。
そこで本研究では、Sr/Bi配列が秩序化したSr2.5Bi0.5NiO5 (秩序相)について、大気下のアニール処理による結晶構造の変化を、SPring-8(注9)での放射光粉末X線回折(注10)により、詳細に調べました。その結果、600 °C以下の低温アニールでは、岩塩層のSr/Bi配列が秩序状態から無秩序状態へと系統的に変化することを見出しました (図1)。そして、700–900 °Cの中温アニールでは、ダブルペロブスカイト構造の新物質Sr2BiNiO4.5に変化し、950 °C以上の高温アニールでは、元の秩序相のSr2.5Bi0.5NiO5に戻ることを見出しました。さらに、秩序相と無秩序相のSr2.5Bi0.5NiO5については、600 °Cと950 °Cでの低温・高温アニールにより熱的相変化を示し、どちらも常磁性金属でありながら、室温の電気抵抗は102倍と大きく異なり、スイッチングできることがわかりました (図2)。また、秩序相Sr2.5Bi0.5NiO5とダブルペロブスカイト構造Sr2BiNiO4.5については、800 °Cと950 °Cでの中温・高温アニールにより熱的相変化を示し、室温の電気抵抗は109倍と非常に大きく異なり、秩序相と無秩序相の場合と同様にスイッチングできることもわかりました (図2)。
今後の展開
層状ニッケル酸化物Sr2.5Bi0.5NiO5は、熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチングを示す初めての酸化物です。したがって、これまで盛んに研究されている酸化物での電気抵抗変調に新たな視点をもたらす、学術的に意義の高い成果です。さらに、熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチングは、GeSbTe合金などのカルコゲナイド物質でしか報告されていなかったため、相変化メモリ材料の探索領域を大幅に拡張できます。また、Sr2.5Bi0.5NiO5では相変化温度が高いものの、より低い温度で相変化を示す酸化物を探索できれば、相変化メモリにおいてカルコゲナイド物質を代替できる可能性があります。なお、本研究は多結晶バルク試料における成果となるため、メモリデバイスの実現をめざす上では、薄膜合成の技術を確立する必要もあります。
図1. Sr2.5Bi0.5NiO5における熱的相変化の概略図。
上図は、異なるSr/Bi配列を有するSr2.5Bi0.5NiO5の結晶構造。下図は、本研究で同定したダブルペロブスカイト構造の新物質Sr2BiNiO4.5の結晶構造。
図2. 熱的相変化を活用した電気抵抗スイッチング。
(a) 秩序相と無秩序相における電気抵抗スイッチング。秩序相を600 °Cで加熱・冷却し、無秩序相に変化させて、続けて950 °Cで加熱・冷却することで秩序相に変化させる。(b) 秩序相とダブルペロブスカイト相 (d-ペロブスカイト)における電気抵抗スイッチング。秩序相を800 °Cで加熱・冷却し、ダブルペロブスカイト相に変化させて、続けて950 °Cで加熱・冷却することで秩序相に変化させる。
【謝辞】
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「原子・分子の自在配列と特性・機能」(研究総括:西原寛)における研究課題「局所原子配列の熱的制御による酸化物相変化メモリ開発」(JPMJPR21A6)(研究代表者:河底秀幸)などの支援を受けて行われました。
【用語説明】
注1. 相変化メモリ:
不揮発性メモリの一種。電気パルス印加によるジュール加熱でアモルファス相と結晶相を制御し、電気抵抗の高いアモルファス相を「0」、電気抵抗の低い結晶相を「1」として情報を記録する。
注2. 電気抵抗スイッチング:
電気の流れやすさに対応する電気抵抗に関して、電圧などの制御により、自在に特定の値を行き来できること。
注3. カルコゲナイド:
硫黄 (S)、セレン (Se)、テルル (Te)を含む化合物の総称。
注4. 金属絶縁体転移:
化学組成や温度・圧力などの変化により生じる金属状態 (電気抵抗の低い状態)と絶縁体状態 (電気抵抗の高い状態)の間の相転移。
注5. 超巨大磁気抵抗効果:
磁気抵抗効果 (外部磁場によって電気抵抗が変化する現象)の中で、電気抵抗変化が著しく大きい場合を指す。
注6. ペロブスカイト:
鉱物のチタン酸カルシウム (CaTiO3)の名称。チタン (Ti)原子を酸素 (O)原子が包んだ八面体格子が立体的につながり、4つの八面体格子の中央にカルシウム (Ca)イオンがある。同様に金属原子をカルコゲンイオンが取り囲む八面体構造をとり、4つの八面体の中央に陽イオンが存在する構造をペロブスカイト構造と言う。この構造を持つ物質は高温超電導体などに応用されている。
注7. 高温高圧合成:
高温高圧という極限条件を用いて、通常、安定ではない化合物を合成する手法。人工ダイヤモンドなどの合成に用いられる。
注8. 熱ヒステリシス:
対象とする最低温度・最高温度の状態は同じでありながら、昇温過程と降温過程における温度依存性が異なること。
注9. SPring-8:
スプリングエイト。Super Photon ring-8 GeVの略で、兵庫県にある大型放射光施設。高輝度・高強度の放射光を使って、物質の原子・分子レベルでの形や機能を調べることができる。
注10. 放射光粉末X線回折:
粉末試料に高輝度・高強度の放射光X線を照射して、局所的な原子配列などの結晶構造を決定する手法。
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