大型放射光施設 SPring-8

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ベイズ推定に反応速度論を導入した解析法を開発 - 機能性材料の実用化に向けダイナミクス解析を高度化 -(プレスリリース)

公開日
2023年09月12日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)

2023年9月11日
高輝度光科学研究センター
熊本大学
科学技術振興機構(JST)

 高輝度光科学研究センター(JASRI)と熊本大学は共同で、機械学習の1つであるベイズ推定に反応速度論等の反応の進み方に関するモデルを導入した解析法を開発しました。この手法を、多孔性材料が気体を取り込む際の動的過程(ダイナミクス)に適用し、従来法では困難とされていた「ダイナミクス開始時刻の推定」「データに基づく反応モデルの選択」「推定精度の正確な評価」が可能になることを実証しました。
 無数の小さな穴をもつ多孔性材料は、気体の分離・貯蔵を通じて環境問題やエネルギー問題を解決するための機能性材料として注目されています。実用化に向けた材料開発において、材料が機能を発現する際のダイナミクスを理解することが重要です。今回開発した解析法では、従来法よりも遥かに多くのダイナミクスに関する情報を実験データから引き出せるようになります。これらの情報を活用することで、ダイナミクスへの理解が深まり、材料開発の加速が期待されます。
 開発した手法は、気体の貯蔵に限定されるものではなく、化学反応等の様々なダイナミクスの解析に適用することが可能です。物質科学の幅広い領域での活用が期待されます。
 今回の研究成果は、JASRI 横山優一 研究員、河口彰吾 主幹研究員、熊本大学 水牧仁一朗 教授らのグループの共同研究によるもので、2023年9月12日(日本時間)にSpringer Nature社の科学誌 「Scientific Reports」のオンライン版に掲載されました。

【論文情報】
題名:Bayesian framework for analyzing adsorption processes observed via time-resolved X-ray diffraction
日本語訳:時分割X線回折によって観測された吸着過程に対するベイズ推定の解析フレームワーク
著者:Yuichi Yokoyama, Shogo Kawaguchi and Masaichiro Mizumaki
ジャーナル名:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-023-40573-z

【研究の背景】
 無数のナノメートルサイズの穴をもつ多孔性材料は、二酸化炭素やメタン等の分離・貯蔵技術の1つとして、環境問題やエネルギー問題の解決に繋がると期待されています。このような機能性材料の実用化に向けて、気体を取り込む際の動的過程(ダイナミクス)を理解することが重要です。大型放射光施設SPring-8(*1)の高輝度X線を活用した時分割X線回折(*2)は、ミクロな構造の変化を実時間で観測可能なため、ダイナミクスを観測するための強力な手法です。ただし、従来型のデータ解析においては、最小二乗法(*3)が用いられており、いくつかの課題点がありました。まず、ダイナミクスの開始時刻toを正確に決めることがダイナミクスの理解において重要であるにもかかわらず、従来法ではノイズの大きい実験データから求めることが困難なため、気体を測定装置へ導入する時刻tsで代用していました。また、複数の反応モデル同士を比較検討することが難しいため、科学者がモデルを解析前に決定する必要がありました。さらに、最小二乗法では、推定精度の正確な評価が難しいという点も課題となっていました。

【研究内容と成果】
 研究グループは、機械学習の代表的な手法であるベイズ推定(*4)に着目し、反応速度論等の反応の進み方に関するモデルを導入した解析法を開発しました。これまでは各時刻のデータを1つずつ解析していましたが、開発した手法では、反応前から反応後までの全時刻のデータを一気通貫で解析できるため、ノイズの大きいデータからでもダイナミクスの開始時刻を推定可能です。本研究では、開発した手法の有効性を検証するため、気体との反応特性がよく知られている多孔性材料のCPL-1にアルゴンガスが取り込まれる過程を、SPring-8のビームライン BL02B2のX線回折によって、333ミリ秒の時間間隔でガス導入から約10秒間連続的に観測しました。開発した解析法をデータ解析に適用した結果、図1のように、気体の導入時刻tsとダイナミクスの開始時刻toとの間の時間差を明らかにし、開始時刻をデータから推定することの重要性を実証しました。
 また、本解析法によって、データに基づき最も妥当なモデルを選択することを可能にしました。これまで人間の判断に委ねられていたモデルの選択を、データから客観的に実現可能にしたことは、データ解析における画期的な進歩です。さらに、図2のように、ベイズ推定の結果は確率分布として求められるため、推定精度の正確な評価を可能にします。このように、開発したベイズ推定の解析法は、従来型の解析法よりも遥かに多くの情報を実験データから引き出すことができるため、これらの情報を活用することによって、革新的な機能性材料の開発を加速させると考えられます。

【今後の展開】
 開発した手法は、気体の貯蔵プロセスに限定されるものではなく、酸化還元反応をはじめとした化学反応等の様々なダイナミクスへの拡張が可能で、物質科学の幅広い領域での活躍が期待されます。

 ここで紹介した研究は、JST戦略的創造研究推進事業(CREST情報計測・JPMJCR1861)および日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業(基盤B・23H03673)の助成を受けて行われました。

図1

図1: ベイズ推定と従来法によって解析した反応割合の時間変化。気体の導入時刻tsと反応開始時刻toとの間には時間差があることを示しており、反応開始を実験データから推定することの重要性を実証しました。


図2

図2:反応開始と反応速度の事後確率分布。反応開始について、従来指標であったtsの確率は0%であり、7.4461±0.0287 [秒]となることを確率分布と共に明らかにしました。一方、反応速度について、0.6192±0.0235 [1/秒]となることを確率分布と共に明らかにしました。


【用語解説】

※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等はJASRIが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。SPring-8では、放射光と呼ばれる非常に強い光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※2. 時分割X線回折
一定の時間間隔でX線回折測定を連続的に行う測定法。X線回折測定とは、物質にX線を照射した際の回折強度を測定する手法で、物質の結晶構造を反映した回折パターンが得られる。

※3. 最小二乗法
実験データとの誤差の二乗和を最小とするような関係式を求める手法のこと。

※4. ベイズ推定
ベイズの定理に基づき、実験データが既に観測された条件の下で、知りたい情報の確率分布を推定する手法である。確率分布は、とり得る全ての値を確率と共に示すため、推定精度の正確な評価を可能にする。



 

《問い合わせ先》
横山 優一(ヨコヤマ ユウイチ)
高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター
データ駆動科学グループ データ駆動解析実装チーム 研究員
 TEL:0791-58-0802 (内線:3498) 
 E-mail:y.yokoyamaatspring8.or.jp

河口 彰吾(カワグチ ショウゴ)
高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター
回折・散乱推進室 主幹研究員
 TEL:0791-58-0802 (内線:3134) 
 E-mail:kawaguchiatspring8.or.jp

水牧 仁一朗(ミズマキ マサイチロウ)
熊本大学 理学部 理学科 物理学コース 教授
 TEL:096-342-3066
 E-mail:mizumakiatkumamoto-u.ac.jp

(JST事業に関すること)
安藤 裕輔(アンドウ ユウスケ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
 TEL:03-3512-3119 FAX:03-3222-2066
 E-mail:crestatjst.go.jp

(報道に関すること)
熊本大学 総務部 総務課 広報戦略室
 TEL:096-342-3271
 E-mail:sos-kohoatjimu.kumamoto-u.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
 TEL:03-5214-8404 FAX:03-5214-8432
 E-mail:jstkohoatjst.go.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp