温度による酵素の構造変化を分子動画撮影 様々な生体高分子のダイナミクスを決定する新たな方法論(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年09月19日
- SACLA
2023年9月19日
国立大学法人東北大学
国立研究開発法人理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
兵庫県公立大学法人
国立大学法人京都大学
【発表のポイント】
・ タンパク質分子の動きを可視化する新たな方法を開発しました。
・熱を引き金としたタンパク質分子の構造変化を原子レベルで観察した世界初の報告です。
・様々なタンパク質における構造変化や反応の観察が可能となり、新たな分子設計の指針となることが期待されます。
生命維持に必須であるタンパク質は巧みに構造変化を起こすことから、タンパク質の複雑な機能と深い相関を持つ“動き”に興味が持たれてきました。最近、X線自由電子レーザー(XFEL)(注1)を用いて、タンパク質の動きを原子レベルで動画として可視化する方法が確立されましたが、この方法が使えるのは光で反応するタンパク質に限られていました。今回、東北大学多元物質科学研究所の南後恵理子教授(理化学研究所放射光科学研究センター チームリーダー)、大和田成起主幹研究員(高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室 先端光源利用研究グループ 実験技術開発チーム)、久保 稔教授(兵庫県立大学大学院理学研究科)、岩田想教授(京都大学大学院医学研究科)およびカリフォルニア大学の共同研究グループは、近赤外線レーザーによって温度を急激に上昇させる方法を組み合わせた、新たな分子動画解析法を開発しました。これにより熱によって引き起こされる酵素内部の構造変化を捉えることに初めて成功しました。 【論文情報】 |
研究の背景
我々の体の主要な構成成分であるタンパク質は、複雑に折り畳まれた構造をとっています。その立体構造と機能は深く関連しており、機能を発揮する際には巧みに構造を変えることが知られています。タンパク質の機能を詳細に理解するには、そうした動きや変化を明らかにする必要がありますが、従来の方法では、タンパク質分子が素早く変化する過程を原子レベルで可視化することは困難でした。
最近、X線自由電子レーザー(XFEL)が利用可能となり、XFELを用いた結晶構造解析法によって、数10フェムト秒という高い時間分解能且つ原子分解能でタンパク質の構造変化を“分子動画”として観察することが可能となりました。この方法では結晶内の分子を一斉に反応開始させる必要があるため、今までは光による反応開始が行われてきました。しかし、この方法は、光で反応を起こす試料にしか適用できないため、その適用は非常に限られていました。そこで今回、研究グループは急激な温度上昇(温度ジャンプ)を新たな反応開始法とし、分子動画観察するための技術開発を行いました。
今回の取り組みと成果
研究グループは、温度を急激に上昇させるために、近赤外線ナノ秒レーザーによる水分子の振動励起(注2)による加熱を利用しました。また、構造変化を観察する方法としては、シリアルフェムト秒結晶構造解析(SFX)(注3)の手法を用いることとし、日本のX線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA(注4)にて実験を行いました。試料としては、酵素の一種であるリゾチーム(注5)結晶を用いました。近赤外線ナノ秒レーザーをリゾチーム結晶に照射し、一定の時間後(20ナノ秒、20マイクロ秒、200マイクロ秒後)に、今度はXFELを照射してそれぞれの回折像を得ました。そして、各時間において収集した実験データを元にリゾチームの立体構造を決定し、時間経過の順に並べることで構造変化を動画として捉えました。リゾチーム結晶は、基質などを何も含まない状態と阻害剤(注6)を含む状態の二種類を用いて、それぞれ測定を行いました。
この酵素は、阻害剤がない時には基質が結合する部分が開いた構造を示し、阻害剤が結合すると結合する部分が閉じた構造を示します。実験の結果、阻害剤を含まない酵素の場合は、速い時間スケール(20ナノ秒)にて、アミノ酸残基の側鎖の動きなどの小さな動きがみられ、遅い時間スケール(200マイクロ秒)では、“開閉”に関係する部分で、よりスケールの大きな構造変化が観察されました(図1)。一方、阻害剤を含む時には、どの時間スケールでも小さな動きしか観測されず、大きな構造変化はみられませんでした(図2)。
これらの結果から、タンパク質の機能に関係する、稼働しやすい部分は熱によって、構造変化を引き起こされることや、大きな構造変化を起こすにはより長い時間が必要であることが明らかとなりました。
今後の展望
今回、世界で初めて熱によるタンパク質分子の動画撮影に成功したことから、今後は酵素反応における中間体の可視化など、今まであまり捉えられてこなかったタンパク質の動きや反応の観察が可能になると期待されます。また、そうした測定データを基に有用酵素の改変などタンパク質分子の合理的な設計への応用も期待されます。
図1. リゾチーム結晶(阻害剤無)に近赤外線レーザーを照射した後の構造変化。アミノ酸残基の構造モデルを線で表し、炭素原子は灰色、酸素原子は赤色、窒素原子は青色で表記している。黄色と薄青色のマップは照射後と照射前の電子密度の変化を表し、黄色は負、薄青色は正の電子密度図を意味する。モデルの上に負の電子密度がある場合は、そのモデル上の原子が移動したことを示し、正の電子密度がある部分は新たに原子や分子が存在することを意味する。
図2. リゾチームの阻害剤有無に関する構造変化の違い。阻害剤無しの場合は、近赤外線レーザー照射前(加熱前)では開いた構造を示し、速い時間スケールでは小さな構造変化がみられる(赤い点)。遅い時間スケールになると、今度は閉じる動きに関与する部分(中央の線で表示されたループ部分)で、構造変化が観察された。阻害剤有りの場合は、中央に阻害剤が結合し、閉じた構造を示している。しかし、どの時間スケールであっても、閉じたままの構造を示し、小さな動き(赤い点)しか観察されなかった。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業新学術領域研究「高速分子動画法によるタンパク質非平衡状態構造解析と分子制御への応用(領域代表:岩田想)」(JP19H05776)、日本医療研究開発機構(AMED)創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(BINDS)「創薬等ライフサイエンス研究のための相関構造解析プラットフォームによる支援と高度化(SPring-8/SACLAにおけるタンパク質立体構造解析の支援および高度化)(研究代表者:山本雅貴)」(JP21am0101070)による助成を受けて行われました。
【用語説明】
注1. X線自由電子レーザー(XFEL):
X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力する。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
注2. 水分子の振動励起:
水分子は2個の水素原子と1個の酸素原子からなる折れ曲がった構造を持つ。これらの原子が相対的な配置を変える運動を振動といい、水分子は3つの基準振動数を持つ。特に近赤外線領域で強い吸収が起こることが知られ、振動励起により温度の上昇がみられる。
注3. シリアルフェムト秒結晶構造解析(SFX):
多数の結晶から部分的なX線回折データを収集し、それらを1つの完全なデータに統合することでタンパク質などの分子の構造を決定する手法。
注4. X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA:
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。コンパクトな施設の規模にもかかわらず、0.1ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下という世界最短波長クラスのレーザーの生成能力を持つ。
注5. リゾチーム:
細菌の細胞壁を構成するムコ多糖類を加水分解する糖質加水分解酵素。今回の研究では、卵白由来のリゾチームが用いられた。
注6. 阻害剤:
酵素に作用して、酵素が触媒する反応効率を低下させる化合物。今回の研究では、キトビオースが用いられた。
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