緑色蛍光蛋白質を赤色に ~生物・医学研究を進展させる生体深部観察が可能に~(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年10月24日
- BL26B1(理研 構造ゲノムI)
- BL41XU(生体高分子結晶解析 I)
2023年10月24日
大阪大学
【研究成果のポイント】
◆ 天然の明るい緑色蛍光蛋白質(GFP)から赤色蛍光蛋白質(RFP)をつくることに成功。また、赤色蛍光発色団形成に重要なアミノ酸、蛍光蛋白質内部のアミノ酸配置特定に成功。
◆ 蛍光蛋白質は現代の生物・医学研究で不可欠なツール。
◆ 赤色光は生体深部観察に適するが、天然赤色蛍光蛋白質(RFP)を改変した既存のRFPは暗い
◆ 生物・医学研究を大きく進展させる生体深部観察が可能な高性能RFPの作成に期待
大阪大学大学院理学研究科の今田勝巳教授、大学院生の大坪史歩さん(博士前期課程)、京都大学大学院生命科学研究科の今村博臣准教授らの研究グループは、緑色蛍光蛋白質(GFP)を改変して赤色蛍光蛋白質(RFP)を人工的に創り出すことに世界で初めて成功しました。 本研究成果は米国科学誌「米国アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)」の電子版で2023年10月23日の週に(米国東部時間)公開されました。 論文情報 |
研究の背景
蛍光蛋白質は、特定の蛋白質の発現・分布・相互作用といった生体内の様々な情報を生きたまま得るためのマーカーやセンサーとして使われており、現代の生物・医学研究では不可欠なツールです。最初に発見された蛍光蛋白質は、下村脩博士(2008年ノーベル化学賞受賞)がオワンクラゲから見つけた緑色蛍光蛋白質(GFP)です。その後、様々な生物から類縁の蛍光蛋白質が発見され、これらを改変して紫色から黄色の様々な蛍光蛋白質が開発されました。
蛍光色の中でも、赤色光のような長波長の光は生体内での透過性が高く細胞毒性も低いため、多くの細胞が集まった組織や臓器といった厚い試料の観察や長時間の観察に適しています。しかし、天然の蛍光蛋白質の多くは緑色で、赤色の蛍光蛋白質(RFP)はごく一部の生物からしか見つかっていません。また、天然のRFPは蛍光が弱い上にアミノ酸配列がどれも似通っており、改変してもあまり明るいものができません。
蛍光を出す発色団は、蛍光蛋白質内部で3つのアミノ酸が自己触媒反応を起こして自発的にできあがります。RFPの発色団の化学構造(図2右)は、GFPやGFPを改変した蛍光蛋白質の発色団の構造(図2左)と大きな違いがあります。RFPはGFPから進化してできたと考えられていますが、天然のRFPはGFPと進化的に大きく離れていてアミノ酸配列の違いが大きく、赤色の発色団の形成にはどのような環境が必要で、どのアミノ酸残基が重要なのかわかっていませんでした(図3)。そのため、これまで明るいGFPを改変してRFPにする試みがなされてきたものの、誰も成功していませんでした。
研究の内容
共同研究グループは、天然のRFPに比較的アミノ酸配列が近いアザミサンゴ由来のGFP(AG)に着目し、天然のRFPに高く保存されているがGFPには保存されていていない35か所のアミノ酸残基に注目しました。AGのこの35か所のアミノ酸を天然RFPのアミノ酸に変えると緑色に加えて弱い赤色蛍光を発することを見出しました。そこで、この変異蛋白質を蛋白質工学的手法※3を用いて試験管内で進化させ、最終的にAGに29か所の変異を導入することで、赤い光(600 nm以上)を発する蛍光蛋白質では最大級の量子効率を持つRFP、AR1.0の作成に成功しました。
続いて、研究グループは29か所の変異をそれぞれ一つずつ元のAGのアミノ酸に戻すことで、赤色発色団の形成に重要なアミノ酸を特定。さらに、大型放射光施設SPring-8のBL26B1とBL41XUを用いたX線結晶構造解析によりAGとAR1.0の立体構造を詳しく調べ、構造の違いから赤色発色団形成に必要な蛍光蛋白質内部のアミノ酸配置を明らかにしました(図4)。
また、研究グループはAR1.0を細胞内で使えるように単量体化したmARs1も作成し、GFPを赤く改変した蛍光蛋白質が細胞内でのイメージングに使えることを実証しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究は、不可能と思われていた緑色の蛍光蛋白質を赤色に変えることが可能であることを実証しました。今回作成したAR1.0は、明るい蛍光を発するGFP並みの量子効率をもちますが励起光の吸収効率が悪いため、厚い試料の観察にはまだ明るさが十分とはいえません。一方で、今回の研究により赤色発色団を形成するために重要なアミノ酸や発色団周囲の環境が明らかになりました。
本研究は、天然に広範に存在するGFPからのRFPの創成に道を開くもので、停滞していた明るく高性能なRFPの開発を一気に加速させる成果です。このようなRFPを用いれば、現在は難しい組織や臓器内といった生体深部のイメージングが生きたままで可能になり、医学・生物学研究の進展に大きく寄与すると考えられます。
特記事項
本研究成果は、2023年10月23日の週に(米国東部時間)に米国科学誌「米国アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)」(オンライン)に掲載されました。
タイトル:“Red fluorescent proteins engineered from green fluorescent proteins”
著者名:Hiromi Imamura1, Shiho Otsubo2, Mizuho Nishida1, Norihiro Takekawa2, Katsumi Imada2
所属:1京都大学大学院生命科学研究科, 2大阪大学大学院理学研究科
DOI:https://doi.org/10.1073/pnas.2307687120
なお、本研究は、科学研究費補助金基盤研究(B)(課題番号20H03221)および科学研究費補助金学術変革領域研究(B)(課題番号20H05757)による支援のもとに行われました。また、本研究は大阪大学と京都大学が共同で行ったものです。本件は、京都大学においても同時にリリースされます。
【用語説明】
※1 アザミサンゴ
イシサンゴ目に属するサンゴ。ポリプの集まりがアザミの花のように見えることから名付けられた。中部、西部太平洋・インド洋に分布し、日本では沖縄や小笠原諸島で見られる。
※2 量子効率
蛍光物質が吸収した励起光の光子数と蛍光として放出した光子数の比率。
※3 蛋白質工学的手法
天然蛋白質のアミノ酸配列を改変したり設計したりして、有用なタンパク質を人工的に創り出す手法。
明るいRFPを作る試みは、天然RFPの改良ではできることはほぼやり尽くされて手詰まり感があり、一方でGFPからRFPをつくる試みも10年ほど前には諦められていたので、今回の共同研究の成果は大きなブレイクスルーです。赤色発色団ができるメカニズムの解明にも道が開けました。近いうちに、生体深部のイメージングを可能にできればと思います。
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