ゴムと金属の接着老化に関わる反応の可視化に成功 ~タイヤの長寿命化に向けた研究開発に活用~(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年11月06日
- BL36XU(理研 物質科学II)
2023年11月6日
東海国立大学機構 名古屋大学
理化学研究所
横浜ゴム株式会社
北陸先端科学技術大学院大学
高輝度光科学研究センター
科学技術振興機構
【本研究のポイント】
・放射光を利用した最先端顕微分光イメージング計測により、ゴムと金属材料間の接着・老化反応を非破壊で三次元的に診断する新しい方法を開発。
・AI(機械学習)による解析で、ゴムと金属材料間の接着力を増強・低下させる反応を自動判別し、5つの反応パターンがあることを特定。
・タイヤの接着寿命予測や、長寿命化・再資源化に向けた材料開発への貢献に期待。
東海国立大学機構 名古屋大学大学院理学研究科(理化学研究所 放射光科学研究センター 客員研究員)の松井 公佑 講師、村本 雄太 博士前期課程学生(研究当時)、丹羽 瑠星 博士前期課程学生、同大学物質科学国際研究センター・大学院理学研究科・国際高等研究機構(理化学研究所 放射光科学研究センター 客員研究員)の唯 美津木 教授は、横浜ゴム株式会社の網野 直也 エグゼクティブフェロー・研究室長、鹿久保 隆志 主幹、高輝度光科学研究センターの宇留賀 朋哉 任期制専任研究員、北陸先端科学技術大学院大学 共創インテリジェンス研究領域のダム ヒョウチ 教授、ズイタイ ディン 博士研究員(研究当時)、ミンクエット ハ 博士後期課程学生(研究当時)との共同研究で、大型放射光施設SPring-8注1)において、X線吸収微細構造−コンピューター断層撮影(XAFS-CT)法注2)を用いて、ゴムと真ちゅう(銅と亜鉛合金)材料の接着モデルに対し、ゴム中の銅の分布と化学種の状態を三次元的に可視化しました。得られた三次元顕微分光イメージングデータの機械学習解析注3)により、ゴムと金属材料の接着や、老化過程の銅の反応パターンの追跡を行いました。その結果、ゴムと金属材料間の接着力を増強・低下させる過程で、銅が硫黄と反応する硫化反応のパターンが5通りあることを特定し、また、接着老化の進行に伴い、反応パターンが変化する様子を捉えることに成功しました。 【論文情報】 |
【研究背景】
自動車の足元を支えるタイヤの性能と耐久性の向上は、SDGsにつながる資源の有効活用や省エネルギー化に向けて、必要不可欠な開発課題です。自動車用タイヤ注4)には、構造補強や耐久性の向上を目的として、真ちゅうがめっきされたスチールコード(ベルト)が埋め込まれており、ゴムに添加された硫黄と真ちゅうの銅が反応することで硫化銅層を形成し、両者が強固に接着されています。しかし、湿度や熱の負荷がかかる環境下(湿熱老化注5)反応がおこる条件下)では、接着に関わる化合物の種類や分布が変化し、接着力の低下が起きることが問題になっています。ゴムと真ちゅうの間の接着が老化するメカニズムは詳細がわかっておらず、ゴム材料の長寿命化・再資源化に向けた研究開発の障害の一つになっています。従来までゴムの中に埋もれている接着に関係した銅の化合物の状態や反応を直接観ることは難しく、材料の中で不均一に広がった化合物の反応を捉える方法がありませんでした。
そこで本研究では、大型放射光施設SPring-8のBL36XUにおける高輝度硬X線を活用し、当研究グループが開発を進めてきたX線吸収微細構造−コンピューター断層撮影(XAFS-CT)法を使って、ゴム内部に真ちゅう粒子を混ぜた接着モデル材料の三次元顕微分光イメージングを非破壊で行いました。この方法では、ゴム中に分散した大量の真ちゅう粒子を一度にイメージングすることができ、また粒子周辺にいる銅の化学種を決めることもできます。これらのイメージングデータを機械学習によって解析することで、一度に数多くの真ちゅう粒子の反応情報を同時抽出し、包括的に理解できることが特徴です。
【研究内容】
研究グループは、XAFS-CT法を用いて、ゴムと真ちゅうの接着モデル試料に対し、材料中の銅の分布と場所ごとの化合物の種類の違いを三次元的に可視化する方法(図1)を開発しました。XAFS-CTで計測した画像データを解析することで、真ちゅうにもともと存在する合金の銅に加えて、ゴム中の硫黄と結合した1価および2価の硫化銅の計3種類の化学種の分布と量を三次元的にイメージングしました。1価の硫化銅は接着を強くし、2価の硫化銅は接着を弱くすると考えられています。XAFS-CTで得られた画像を解析した結果、湿熱老化の初期(3日目)には、真ちゅう粒子の周辺に薄く1価の硫化銅が分布し、ゴムとの接着層の形成を示唆する構造が多く観察されました。湿熱老化の反応時間を延ばしていくと(14日以降)、真ちゅうの反応が進み、2価の硫化銅が生成し始め、湿熱老化処理の時間に応じて、銅の溶出、硫化、拡散が進む様子が初めて可視化されました。
XAFS-CT法で検知したゴム中に含まれる1000個程度の真ちゅう粒子に対して、湿熱老化反応前後での銅の反応を追跡することで、湿熱老化反応における銅の反応の仕方を解析する方法を開発しました。湿熱老化反応によって、どのように反応して変化したかが追跡できた802個の真ちゅう粒子に対して、三種類の銅の化学種の量(横軸)と、それらの分布や広がりに関する量(縦軸)に関するプロットを作成しました(図2左)。このプロットの上で、湿熱老化反応の前後の銅の変化を矢印(ベクトル)で結ぶと、矢印の大きさや向きが銅の硫化反応の度合いや反応の仕方を表すため、銅の硫化反応がどのように進行したかを理解することができます。
湿熱老化時間を長くすると、3種類の銅成分では、矢印の大きさと向きが異なり、湿熱老化時間に応じてその挙動が劇的に変化することがわかりました。そこで、機械学習を用いて、矢印の傾向を分類したところ、5種類のパターンに分類できることがわかりました。機械学習によって分類された5種類のパターンは、湿熱老化における銅の反応の仕方の違いに相当しており、湿熱老化時間に沿って反応のパターンが変わっていく様子が見られました(図2右)。湿熱老化時間が短いと、1価の硫化銅が増える反応が主に起こるのに対し、湿熱老化時間が3日を過ぎると、接着老化につながると考えられている2価の硫化銅が生成する反応が主に起こることを突き止めることに成功しました。
図1. ゴムに真ちゅう粒子を混ぜ込んだ接着モデル材料に対するXAFS-CTイメージング。ゴム中に含まれる3種類の銅の化学種の分布と量を三次元的にイメージングし、湿熱老化反応による銅の状態の変化を非破壊で可視化することに初めて成功した。湿熱老化によって、真ちゅう成分(赤色)の消費が進み、2価の硫化銅(緑色)が試料全体で生成していく様子が観察された。
図2. (左)可視化した3種類の銅の化学種について、湿熱老化に伴う化学種の反応の仕方やその度合いを矢印(ベクトル)を用いて視覚的に示した図。矢印の長さと方向が反応の違いを表している。(右)機械学習により分類された5種類の反応パターンの内訳を示した図。3日目までの湿熱老化では、真ちゅうが硫化されて一価の硫化銅が生成するパターン1の反応が主であるのに対し、3–14日までの湿熱老化では、パターン1は消失し、パターン3と4(2価の硫化銅が生成する)が起こる。湿熱老化の最終段階(14–28日)では複数の反応が並行して起こることがわかった。
【今後の展開】
本研究では、ゴムや金属などの異なる材料が混じった複合体を、破壊することなく、内部で起こる複雑な反応を可視化して捉えることに成功しました。一連の研究から、ゴムと金属の間の接着に関わる化合物の種類の分布やそれらの反応がいつ、どこで、どの程度起き、どのように広がっていくかを、非破壊で可視化して解析することができるようになりました。これにより、これまでわからなかったゴム材料内部の接着老化メカニズムの可視化、寿命予測につながり、今後、長寿命・再資源化のための研究開発に貢献できると期待されます。
【付記】
本成果は、以下の事業による支援を受けて行われました。
科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 CREST
研究領域: 社会課題解決を志向した革新的計測・解析システムの創出
(研究総括: 鷲尾 隆 大阪大学産業科学研究所 教授)
課題名: 反応リマスターによるエコ材料開発のフロンティア共創 (JPMJCR2235)
研究代表者: 唯 美津木 名古屋大学物質科学国際研究センター 教授
研究期間: 2022年10月〜2028年3月
【用語解説】
注1)大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことであり、SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
注2)X線吸収微細構造−コンピューター断層撮影(XAFS-CT)法:
対象物に分光したX線を照射し、X線のエネルギー掃引により得られるX線吸収スペクトル(XAFS分光法)を画像検出器により計測し、これを試料全周方向に繰り返し計測することで得られる、最先端のイメージング計測法。イメージングデータを解析することにより、試料内に含まれる元素の種類や量、その化学状態や配位構造などの情報が得られ、三次元顕微分光イメージングができる。また、測定に用いるX線のエネルギーが高く、物質の中をよく通過する(透過率が高い)ため、試料を非破壊でイメージングすることができる。
注3)機械学習解析:
蓄積された入力データ群を学習させ、自動でデータの背景にある隠れたパターンや相関を見出す解析手法。
注4)自動車用タイヤ:
普通乗用車に用いられるタイヤにはラジアル構造※1が一般に用いられる。回転軸から放射状に張られた有機繊維のカーカス※2を、スチール製のベルトにより締め付けている。カーカスやベルトはゴムで被覆され、ゴムと接着された構造をしている。
※1ラジアル構造:タイヤの回転方向に対して90°回転させてカーカスが配置された構造。
※2カーカス:タイヤを補強するための骨格部を形成するコード層。
注5)湿熱老化:
湿度や熱の影響により、ゴムと真ちゅうの接着力が低下する反応。ゴムと真ちゅうの接着性の評価や老化試験には国際基準が設けられており、本研究で適用された老化試験はASTM S2229-02 “Standard Test Method for Adhesion Between Steel Tire Cords and Rubber”に準拠している。
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