コヒーレントX線を用いた二つの計測手法の融合 -不均一な運動の解析がナノスケールからマイクロスケールで可能に-(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年11月09日
- BL29XU(理研 物理科学I)
2023年11月9日
理化学研究所
東北大学
北陸先端科学技術大学院大学
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター理研RSC-リガク連携センターイメージングシステム開発チームの髙澤駿太郎研修生(東北大学大学院工学研究科博士後期課程)、髙橋幸生チームリーダー(東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センター教授)らは、東北大学国際放射光イノベーション・スマート研究センターの星野大樹准教授、北陸先端科学技術大学院大学共創インテリジェンス研究領域のダム・ヒョウ・チ教授らと共同で、X線光子相関分光(XPCS)[1]と動的コヒーレントX線回折イメージング(動的CXDI)[2]を組み合わせた解析法により、不均一な運動の解析がナノスケールからマイクロスケールで可能であることを実証しました。 論文情報 |
XPCSと動的CXDIの二つのコヒーレントX線を使った計測手法の融合
背景
物質中に存在する粒子の運動性は、その物質の持つ硬さや軟らかさといった力学特性に深く関わっています。また、生きた細胞内の力学特性を調べる際にも粒子運動は利用されています。高分子や生体細胞は複雑な内部構造を持ち、その内部で粒子の拡散運動は多様なパターン(運動モード)を持つため、さまざまな時空間スケールで運動を観察し、それらの運動モードを特徴付ける解析が必要です。
粒子運動の解析には、レーザー光を用いて粒子からの散乱光強度の時間相関を調べる方法と、粒子を直接観察する方法があります。どちらの方法も可視光領域で広く利用されており、一般に動的光散乱法および単一粒子追跡法として知られています。
動的光散乱法では、観察領域に存在する全ての粒子運動の平均情報が得られ、光源にコヒーレントX線を用いたX線光子相関分光(XPCS)も実施されています。
一方、単一粒子追跡法では、粒子の個別運動について区別して情報を得ることができますが、顕微鏡の視野と被写界深度内の粒子しか分析できないため、試料環境が制限されることや、統計性の面で課題があります。また、可視光領域の単一粒子追跡法では、ナノスケールの空間分解能で動的な現象を観察することは困難で、可視光を透過しない試料の観察もできませんでした。
研究手法と成果
本研究では、X線光子相関分光(XPCS)と動的コヒーレントX線回折イメージング(動的CXDI)を組み合わせることにより、異種溶液中の粒子運動を広い時空間スケールで解析するアプローチの提案・実証に取り組みました。
大型放射光施設「SPring-8」[4]の理研ビームラインBL29XUにおいて、三角形開口を用いた動的CXDI実験を実施しました(図1)。この動的CXDIでは、照明領域よりも広がった物体の再構成像を1枚の回折強度パターンから取得できるため、連続的な繰り返し測定によって物体の位置の時間変化を動画として取得可能です。
図1 溶液中の金コロイド粒子に対するコヒーレントX線回折実験の模式図
X線領域でレンズの役目をするフレネルゾーンプレートを導入しており、試料には、三角形開口と同様の三角形状のX線が照明される。溶液試料は、2枚のメンブレンの間にスペーサを挟み込んでできる隙間に封入されている。また、試料から遠く離れた位置に検出器を配置し、散乱像を測定する。
試料には、コロイド状金粒子がポリビニルアルコール水溶液中に分散したものを用いました。散乱像の測定は、100ミリ秒間隔で1,000枚と、1秒間隔で2,000枚の連続測定の2パターンを実施しました。100ミリ秒間隔で得た散乱像を使って、XPCSに基づく解析を行った結果、数百ナノメートルの範囲で粒子のブラウン運動に由来する時間相関が得られました(図2)。1秒間隔で得た散乱像に対しては動的CXDIに基づく位相回復計算を実施し、各時間での粒子位置情報を持つ実空間像(空間分解能40.6nm)を取得しました(図3)。
図2 XPCSの解析で得られた相関関数
(a) 二時間相関関数の例。100ミリ秒間隔で測定した散乱像について、ある時刻t1とt2の別の時間で測定した散乱像同士の相関を計算することで得られる。左下から右上への対角線状に見られる線の太さが粒子運動の激しさを示す。
(b) 複数の散乱波数で得られた時間自己相関関数。縦軸は自己相関関数の値、横軸は経過時間を示している。散乱波数が大きいほど短時間で相関が失われており、ブラウン運動の存在を示している。
図3 動的CXDIによって得られたポリビニルアルコール水溶液中の金粒子の位相回復像
下段は上段の拡大図。上段のスケールバーは4マイクロメートル(µm、1µmは100万分の1メートル)、下段は300ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)。radは角度の単位であり、図中のコントラストは、試料に照明されたX線の位相をどの程度変化させるかに対応する。
これらの実空間像に対して、単一粒子追跡法に基づいた解析を実施しました。個々の粒子運動を抽出・解析する際には、一般的な平均二乗変位[5]の解析に加え、データ駆動型アプローチとして機械学習技術を採用することにより、粒子運動軌跡の屈曲度、異方性についても解析しました(図4)。その結果、図4(b)に示した解析から、マイクロメートルの範囲では二つの運動モード、すなわち狭い領域に拘束された運動と異方的な拡散運動が存在することを見いだしました。
図4 単一粒子解析の概要図
(a) 粒子運動の軌跡から運動特性を抽出する解析の模式図。ある時間範囲内における粒子運動のデータを解析し、その後、対象とする時間範囲を少しずらしていき、同様の解析を逐次行っていく。スライディングタイムウィンドウとは、この時の時間範囲のことを指す。
(b) 軌跡の屈曲度と拡散運動の異方性の分布図。横軸が屈曲度、縦軸が異方性に対応する。二つの運動モードに分布することが分かる。
(c) 異なる運動モードを持つ単一粒子の軌道例。
本研究が提案する測定システムとそれに伴う粒子運動の解析は、高分子材料や生体試料のダイナミクス(運動)を調べる強力なツールとなる可能性を秘めています。XPCSからは粒子の高速ダイナミクスの平均的な描像が得られます。
一方、動的CXDIからは、個々の粒子のゆっくりとした動きの動画が得られ、データ駆動型のアプローチによる詳細な運動の解析が可能です。これらを利用することで、巨視的スケールのさまざまな不均一性に起因する微視的スケールのダイナミクスと複数の運動モードを調べることが可能になります。例えば、ガラス状態での動的不均一性や、生体細胞中の活動的な粒子の運動の解析が期待されます。
現状、本手法は入射X線強度ならびにX線画像検出器の性能によって、その時空間分解能が制限されています。今後、低エミッタンスの放射光源と次世代画像検出器の開発により、さらなる性能向上が期待されます。
補足説明
[1] X線光子相関分光(XPCS)
干渉性の優れたX線(コヒーレントX線)を用いたダイナミクス測定手法。コヒーレントX線を試料に照射して得られる干渉性の散乱像を時分割で取得し、その時間変化から、試料のダイナミクスを解析する。X線の特徴を生かすことで、分子スケールで不透明な試料の内部の動きを調べることができる。XPCSはX-ray photon correlation spectroscopyの略。
[2] 動的コヒーレントX線回折イメージング(動的CXDI)
回折強度パターンに位相回復計算を実行し、試料像を取得するイメージング法。重要な特長として、X線領域において光学素子の性能に制限されない高い空間分解能を有する。CXDI はcoherent X-ray diffraction imaging の略。
[3] ブラウン運動
微粒子に液体または気体の分子が各方向から無秩序に衝突することによって起こる不規則な運動。
[4] 大型放射光施設「SPring-8」
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する強力な電磁波のこと。SPring-8では、遠赤外から可視光線、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができるため、原子核の研究からナノテクノロジー、バイオテクノロジー、産業利用や科学捜査まで幅広い研究が行われている。
[5] 平均二乗変位
物体の位置が時間とともに、どの程度変化するかを示す統計処理指標の一つ。ある時間幅での物体の運動の始点と終点の距離の二乗の平均値。
共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター 理研RSC-リガク連携センター
イメージングシステム開発チーム
研修生 髙澤駿太郎 (タカザワ・シュンタロウ)
(東北大学 大学院 工学研究科 博士課程後期)
研修生 阿部真樹 (アベ・マサキ)
(東北大学 大学院 工学研究科 博士課程後期)
研修生 上松英司 (ウエマツ・ヒデシ)
(東北大学 大学院 工学研究科 博士課程後期)
客員研究員 石黒 志 (イシグロ・ノゾム)
(東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 助教)
チームリーダー 髙橋幸生 (タカハシ・ユキオ)
(東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター 教授)
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター
准教授 星野大樹 (ホシノ・タイキ)
北陸先端科学技術大学院大学
先端科学技術研究科
大学院生 博士後期課程 ダオ・デュク・アン (DAO Duc-Anh)
共創インテリジェンス研究領域
教授 ダム・ヒョウ・チ (DAM Hieu-Chi)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業特別推進研究「超タイコグラフィによる微視的非平衡状態の可視化プラットフォームの構築(研究代表者:高橋幸生)」による助成を受けて行われました。
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