機械学習で屈折コントラストCTの高速領域分割解析を実現 -エポキシ樹脂系で有効性を実証-(プレスリリース)
- 公開日
- 2023年11月15日
- BL20XU(医学・イメージングII)
2023年11月15日
理化学研究所
九州大学
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター利用システム開発研究部門物理・化学系ビームライン基盤グループの濵本諭リサーチアソシエイト、先端放射光施設開発研究部門制御情報・データ創出基盤グループの初井宇記グループディレクター、同部門制御情報・データ創出基盤グループの城地保昌チームリーダー、利用技術開拓研究部門法科学研究グループの瀬戸康雄グループディレクター、計算科学研究センター高性能ビッグデータ研究チームの佐藤賢斗チームリーダー、九州大学大学院工学研究院応用化学部門の田中敬二主幹教授らの共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」[1]での放射光屈折コントラストX線CT[2]データについて、機械学習[3]と転移学習[4]を適用することで高速かつ正確な領域分割(セグメンテーション)を実現し、実際に接着樹脂中のドメイン構造(特定の性質を共有する領域)の可視化および特徴量(データの特徴を数値化したもの)の抽出を行いその有効性を実証しました。 論文情報 |
転移学習を用いたX線CT画像解析により抽出された特徴量とドメイン
背景
放射光X線CTは、複雑な材料をナノレベルで可視化できるため、樹脂などのCT像コントラストが小さな試料でも適用できる強力な手法です。低コントラスト試料に対して有効な手法として屈折コントラストCT法が知られていますが、この方法では試料の境界が明領域と暗領域で縁取りされて強調されます。一方で、得られたCT像を材料ごとの領域に分割するデータ処理は、セグメンテーションと呼ばれる重要な解析ステップですが、これまで放射光X線屈折コントラストCTに関する汎用的なセグメンテーション解析方法は知られていませんでした。このため、一般に、測定対象に知見を持つ研究者が試行錯誤しながらセグメンテーション解析を行っています。こうしたことが、放射光を専門としない研究者が放射光屈折コントラストCT法を利用することを困難にしていました。
研究手法と成果
共同研究グループは、まず、実験室レベルの汎用X線CTでは区別ができない低コントラスト試料として、水を添加したエポキシ接着樹脂試料(図1)を用いて内部構造観察を行いました。放射光X線屈折コントラストCT法により、水を添加した影響で形成されたエポキシ接着樹脂中のドメイン構造は明瞭に観測されます(図2c、fを参照)。このドメイン構造(特定の性質を共有する領域)の特徴を把握し、自動で抽出するためには、ドメイン構造それぞれのサイズや個数、球状構造からのずれなどの特徴量(データの特徴を数値化したもの)を、大量のドメインについて計算する必要があります。特徴量を計算するには、X線屈折コントラストCT像からドメインと樹脂の境界を決定することが必須ですが、ドメインが大量にあるため手作業では境界決定はできません。
図1 水が加わったことによる影響を観察するための接着樹脂サンプルの準備
((a) 熱硬化性エポキシ樹脂接着剤の材料のHDGEBAとCBMAの分子構造。
((b) 水を添加した熱硬化性エポキシ樹脂サンプルの作製過程。
図2 転移学習を用いたX線CT画像中のドメインセグメンテーション結果
(a) バルク(界面から離れた物質内部)領域のX線CTスライス画像。機械学習を用いた画像解析によって抽出されたドメインをマゼンタ色の実線で示している。
(b) (a)の水色の実線領域を拡大した画像。
(c) (b)と同じ領域であるが、機械学習の画像解析によるドメインを示す実線がない場合の画像。
(d) 樹脂/基板界面付近のX線CTスライス画像。機械学習を用いた画像解析によって抽出されたドメインをマゼンタ色の実線で示している。
(e) (d)の水色の実線領域を拡大した画像。
(f) (e)と同じ領域であるが、機械学習の画像解析によるドメインを示す実線がない場合の画像。
そこで、コンピュータによって自動でセグメンテーションを行う方法が必要となります。通常の手法は、画素値の違いを利用した閾値処理によるセグメンテーションです。閾値によるセグメンテーションは簡便ですが、低コントラストなX線屈折コントラストCT像では領域の内部が正しく認識されないなどの問題がありました。
そこで共同研究グループは、機械学習のうち医療分野で有用性が実証されている深層学習[3]モデルU-netに転移学習を組み合わせた解析を、3次元のCT像から2次元断層像に変換した2次元画像に対して適用しました。その結果、適切な学習条件を設定することで、エポキシ接着樹脂中のドメイン構造を高速かつ正確にセグメンテーションすることに成功しました(図2 a、bおよびd、e)。
セグメンテーション結果を利用してドメイン構造の特徴量を抽出したところ(図3)、樹脂/基板界面付近では、等価直径(ドメイン構造を球と仮定したときの直径)が10マイクロメートル(µm、1µmは100万分の1メートル)を超える大サイズのドメインのみが観察されました。これに対し、樹脂/基板界面が80µm以上の領域では、界面からの距離によらず、平均等価直径が3µm、ドメイン体積比が4%程度と一定となっていることが分かりました。これら二つの領域の間に存在する樹脂/基板界面から27~80µmの領域では、平均等価直径は3µm程度と一定であるにもかかわらず、基板からの距離が短くなるにつれてドメイン体積比が少しずつ増加し、さらに界面に近づくと40μm以下では急激に減少していることが判明しました。
図3 転移学習を用いたX線CT画像解析により抽出された特徴量とドメイン
(a)ドメイン体積比(ドメインが樹脂中を占める体積の割合)と平均等価直径(ドメインを球と仮定したときの平均直径)の基板からの距離依存性。
(b)水を含んだエポキシ樹脂中にあるセグメンテーションされたドメインの3次元画像。
本研究で用いた方法は、転移学習を用いているほか、学習と推論を2次元断層像に対して行っているため計算コストが小さく、高速に解析を実行することができます。学習に必要なデータも極めて少数です。本研究によって、転移学習が放射光X線屈折コントラストCTに実用計算コストで適用可能であることが初めて実証されました。
今後の期待
SPring-8の高輝度X線により、密度差の小さな材料に対しても明瞭なX線屈折コントラストCT像を得ることができます。こうしたデータを材料科学に反映するためには、大量の画像データから特徴量を得る必要があります。特徴量を計算する最初のステップはセグメンテーション解析です。しかし、これまでは測定対象の材料科学の知見、放射光X線屈折コントラストCTの知見と画像解析の技術の全てが必要で、実施できるのは一部の専門家に限られていました。
本研究により、実用可能な計算コストで高速かつ正確なセグメンテーション解析が機械学習と転移学習によって可能であることが示されました。この手法は原理的に幅広い試料に適用可能であるため、さまざまな分野の研究者が専門家と同程度の精度でセグメンテーション解析を実施できるようになると考えられます。
補足説明
[1] 大型放射光施設「SPring-8」
SPring-8(スプリングエイト、Super Photon ring-8GeVの略)は兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高レベルの放射光を利用することのできる大型放射光施設である。放射光とは光速近くまで加速された電子が磁石によって進行方向を曲げられる際に生じる電磁波のことであり、基礎研究から産業利用まで幅広い分野で利用されている。
[2] X線CT
X線CT(Computed Tomography)はX線を用いたコンピュータ断層撮影のことである。X線を試料に照射することで、試料の内部構造を反映したX線透過2次元画像を得る。試料を回転させながらX線透過画像を取得し、コンピュータ上で3次元データに再構成することで試料の内部構造を非破壊で観察することができる。X線CT画像のコントラストは物質中の電子密度に依存する。
[3] 機械学習、深層学習
機械学習とはコンピュータが膨大な量のデータを読み込み、データ中のルールやパターンを学習することで、未知のデータの解析や未来予測を行うことができる技術である。深層学習は人工知能(AI)や機械学習の一種に位置付けられる。深層学習ではデータ中の学習すべき特徴量をコンピュータ自身が判断するため、人間の作業量が少なく精度のよい分析ができる点に優位性がある。機械学習や深層学習は画像処理や自動運転、データ分析や予測などさまざまな分野で利用されている。
[4] 転移学習
転移学習は学習済みのモデルを異なる領域の学習に適用させることである。学習済みのモデルを活用するため、少ない量のデータで高い精度を得ることができ、学習時間の短縮につなげられる。
共同研究グループ
理化学研究所
放射光科学研究センター
利用システム開発研究部門 物理・化学系ビームライン基盤グループ
軟X線分光利用システム開発チーム
リサーチアソシエイト 濵本 諭 (ハマモト・サトル)
チームリーダー 大浦正樹 (オオウラ・マサキ)
先端放射光施設開発研究部門 制御情報・データ創出基盤グループ
グループディレクター 初井宇記 (ハツイ・タカキ)
先端放射光施設開発研究部門 制御情報・データ創出基盤グループ
ビームライン制御解析チーム
チームリーダー 城地保昌 (ジョウチ・ヤスマサ)
エンジニアリング部門 エンジニアリングチーム
上級テクニカルスタッフ 髙野秀和 (タカノ・ヒデカズ)
利用技術開拓研究部門 法科学研究グループ
グループディレクター 瀬戸康雄 (セト・ヤスオ)
研究員(研究当時) 岩井貴弘 (イワイ・タカヒロ)
計算科学研究センター 高性能ビッグデータ研究チーム
チームリーダー佐藤賢斗 (サトウ・ケント)
九州大学大学院
工学研究院 応用化学部門 機能材料科学分野
主幹教授 田中敬二 (タナカ・ケイジ)
准教授 川口大輔 (カワグチ・ダイスケ)
(研究当時、現 東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 特任教授)
統合新領域学府 オートモーティブサイエンス専攻
准教授 春藤淳臣 (シュンドウ・アツオミ)
次世代接着技術研究センター
教授 山本 智 (ヤマモト・サトル)
高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター
散乱・イメージング推進室 顕微・動的画像計測チーム
主幹研究員(チームリーダー) 竹内晃久 (タケウチ・アキヒサ)
主幹研究員 上椙真之 (ウエスギ・マサユキ)
研究支援
本研究は、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業「界面マルチスケール4次元解析による革新的接着技術の構築(JPMJMI18A2、研究代表者:田中敬二)」による助成を受けて行われました。
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