相変化メモリの高度化につながる、圧力下でのガラス相転移機構を解明(プレスリリース
- 公開日
- 2023年12月07日
- BL05XU(施設開発ID I)
2023年12月7日
国立大学法人筑波大学
オーフス大学
国立大学法人愛媛大学
国立大学法人島根大学
国立研究開発法人理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
圧力変化に伴う相変化材料(ガラス)の原子配列の変化を調べたところ、大気圧下で見られた規則的な原子配列が圧力上昇に伴って抑制され、これに伴い体積弾性率は上昇することが分かりました。過冷却液体の相転移機構と同じであることも判明しました。相変化メモリ等の高度化に貢献する成果です。
物質に温度や圧力を加えると、その状態が液体から固体に変わったり、固体のままでもその構造が変わったりします。こうした変化を相転移、あるいは相変化と呼びます。 掲載論文 |
研究代表者
オーフス大学化学科 藤田 知樹 研究員(研究開始時筑波大学)
筑波大学数理物質系 西堀 英治 教授
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター 河野 義生 准教授
理化学研究所放射光科学研究センター 井上 伊知郎 研究員
研究の背景
液体が急速に冷却されると、物質は過冷却液体と呼ばれる状態を経て、ガラス注1)へと固化します。特に水や相変化材料注2)などの一部の物質は、二つの過冷却液体と、それに対応した二つのガラスの状態を持つことが知られています[文献1]。物質の温度や圧力の変化がもたらすこれらの状態間の相転移は、物質の性質と内部の原子配列の大きな変化を伴うと考えられています。
例えば、ブルーレイディスクなどの記録膜として利用される相変化材料では、相転移前後の性質の変化がデータの書込み速度や記録されたデータの保持性に影響します。このため、相転移の機構を原子スケールで理解する基礎研究は、応用の観点からも極めて重要です。
近年、相変化材料における過冷却液体領域の相転移機構が原子スケールで初めて解明されました[文献2]。液体が室温へと冷却される際に、原子配列にパイエルス様歪注3)が出現し、この歪の有無が相転移前後の性質変化を担うことが明らかにされました(参考図)。
一方で、ガラスの相転移については、圧力をかけることで電気抵抗率や体積弾性率注4)が有意に変化することは知られていたものの、その背景にある原子配列の変化は未解明のままでした。ガラスの構造秩序が複雑なこと、圧力下で高品質な実験データを測定することが困難だったことなどがその理由です。そこで本研究グループは、報告された過冷却液体の相転移機構を念頭に置きながら、圧力下におけるガラスの相転移とパイエルス様歪の関係を調べることにしました。
研究内容と成果
本研究グループは、大型放射光施設SPring-8注5)のBL05XUにおける高エネルギーX 線を使用した高圧回折実験と、機械学習を用いて開発された原子間ポテンシャル注6)を使用した分子動力学シミュレーションを組み合わせることにより、圧力下におけるガラスの原子配列の変化を調べました。圧力とパイエルス様歪の関係を調べるために、代表的な相変化材料であるテルル化ゲルマニウムのガラスと、似た組成を持ち、室温大気圧下でより強いパイエルス様歪を示すセレン化ゲルマニウムのガラスを試料として選択しました。
その結果、テルル化ゲルマニウムでは圧力の増加に伴ってパイエルス様歪が次第に抑制され、大気圧下と比べて約20 %以下に達すると体積弾性率が大きく増加する様子が観測されました。より強い歪を示すセレン化ゲルマニウムにおいても、同じ変化がテルル化ゲルマニウムより高い圧力で観測され、歪の抑制と観測されたガラスの相転移の間に有意な相関が見られました。上記の結果は分子動力学シミュレーションによって再現され、ガラスの相転移前後の原子配列がパイエルス様歪の有無によって特徴づけられることが明確に裏付けられました。さらに、理論計算の結果は、歪の抑制に伴って電子の状態密度図におけるバンドギャップが消失する様子も示しました。これは、相転移に伴って金属-半導体転移注7)が起きている可能性があることを意味します。
興味深いことにこれらの結果は、相転移の方向が逆であることを除けば、ガラスの相転移が報告された過冷却液体の相転移とまったく同一の機構で説明されることを示しました。このことは、パイエルス様歪が幅広い温度と圧力下で相変化材料の性質を左右する本質的な構造的特徴であり、デバイスの高度化に向けた材料開発の新しい設計指針になる可能性を示しています。
今後の展開
本研究の成果は、温度・圧力と物質の相転移の関係を示した相図(参考図)上で過冷却液体とガラスの領域を結ぶ、負の傾きを持った相転移線が存在する可能性を示しました。水をはじめとしたほとんどの物質において、過冷却液体の相転移とガラスの相転移の関係はほとんど解明されていません。この相転移線を調べることで、デバイスの高度化だけでなく、過冷却液体とガラスの普遍的な理解が進むことが期待されます。
図 パイエルス様歪と温度と圧力の関係
パイエルス様歪のある状態では、中心原子に対する片側の原子間距離は、反対側の原子間距離に比べて長くなります。一方、歪のない状態では中心原子と配位原子との距離はほぼ一定です。水平方向の灰色の点線はガラス転移温度を示し、十分に速く冷却された物質はこれ以下の温度でガラスとなります。橙の矢印は本研究で観測されたガラスの相転移、黄色の矢印は過冷却液体の相転移の方向を示します。
参考文献
1. Tanaka, H. Liquid-liquid transition and polyamorphism. J. Chem. Phys . 153, 130091 (2020).
2. Zalden, P. et al., Femtosecond x-ray diffraction reveals a liquid-liquid phase transition in phase-change materials. Science 364, 1062-1067 (2019).
【用語解説】
注1)ガラス
結晶化していない固体のこと。高温の液体を急速に冷却すると、物質は液体の不規則な原子配列を保ったまま凝固してガラスになる。これに対して、物質をゆっくり冷却して得られる結晶は規則的な配列を持ち、ガラスとは区別される。物質がガラス化する温度は凝固点より常に低く、この二つの温度間では、物質は過冷却液体と呼ばれる中間的な状態にある。
注2)相変化材料
加熱と冷却によって、結晶とガラスのいずれかの状態(相)をとる物質のこと。結晶とガラスの性質の差と、二つの状態間を移り変わる相変化(相転移)を利用することで、ブルーレイの記録膜などに応用されている。例えば、電気抵抗率の低い結晶の状態を「1」、抵抗率の高いガラスの状態を「0」として区別して、データをデバイスに記録できる。
注3)パイエルス様歪(ひずみ)
理論物理学者パイエルスは、1個の価電子を持つ原子の1次元結晶において、原子が等距離に並ぶより、長短の原子間距離で交互に配列する方がエネルギー的に安定することを示した。この構造はパイエルス歪(Peierls distortion)と呼ばれる。周期性を持たない液体やガラスの原子配列においても、長短交互の原子間距離で特徴づけられるパイエルス様歪(Peierls-like distortion)と呼ばれる類似の構造が見られる。
注4)体積弾性率
物質が外部の力に対してどれだけ圧縮または膨張しやすいかを示す性質。例えば、高いほど物質は圧縮されにくい。相変化材料のガラスでは、相転移とともに物質が圧縮されにくくなる。
注5)大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8GeVの略。物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの分野で優れた研究成果を上げている。
注6)原子間ポテンシャル
物質の原子配列からポテンシャルエネルギーを計算するための解析関数のこと。本研究では、機械学習を用いて原子間ポテンシャルを構築した。原子や分子の基本的な法則だけに基づく第一原理計算の結果を学習データに使用し、原子間ポテンシャルを訓練した。このポテンシャルを用いることで、高精度の分子動力学シミュレーションを低い計算コストで実行可能になった。
注7)金属-半導体転移
物質の電気伝導特性を金属から半導体、あるいはその逆に変化させる相転移のこと。
研究資金
本研究はVILLUM FONDEN research grant (42116)、日本学術振興会科研費(JP19KK0132, JP20H00201, JP21H05235, JP21J12479)、デンマーク放射光中性子科学センター(DanScatt)およびSACLA/SPring-8基盤開発プログラムの支援を受けて行われました。
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