X線で物質中の特定成分だけを見る ―触媒中の白金粒子だけを可視化する方法を開発―(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年02月02日
- BL40B2(SAXS BM)
2024年2月2日
高輝度光科学研究センター
高輝度光科学研究センター・研究プロジェクト推進室のAlbert Mufundirwa研究員ら3名の研究チームは、技術研究組合FC-Cubicの荒尾正純研究員ら3名の研究チームと共同で、X線小角散乱法[1]を用いて、燃料電池等に用いられる触媒中の白金粒子だけを可視化し、その粒径などを正確に計測する技術を開発しました。これは中性子散乱法[2]や、X線では生体分子計測に用いられてきたコントラスト変調法[3]を触媒粒子に応用したものです。材料科学分野で実用的にX線のコントラスト変調法が使えることを示したのは初めてです。本研究成果は、カーボンニュートラルな社会の実現に必要な高機能の燃料電池用触媒の開発に役立つものと期待されます。本開発は、大型放射光施設SPring-8[4]のBL40B2ビームラインにて行われました。 【論文情報】 |
【研究の背景】
燃料電池とは、水素と酸素を化学反応させて、その時に生じる化学エネルギーを電力に変換する装置です。二酸化炭素を発生させないクリーンなエネルギーとして期待されています。この化学反応を仲介するのに触媒が使われます。燃料電池用触媒は、炭素の粒子の上に微小な白金粒子を多数付着させたものが一般的です。白金粒子の直径は3ナノメートル程度(1ナノメートルは1ミリメートルの百万分の1)と非常に小さいのですが、これは触媒の能力が白金の表面積に比例するため、同じ重量の白金を用いて表面積をできるだけ大きくしているからです。従って触媒の性能を評価するのに、白金粒子の粒径を測定することは非常に重要です。
白金粒子の粒径は、電子顕微鏡観察で測ることもできますが、X線小角散乱法[1]を使うと1億個もの白金粒子を一度に測定できるため、統計的にも精度の高い結果を得ることができます。問題は、試料が白金粒子に近い大きさの構造を含んでいると、X線小角散乱法はそれを白金粒子と区別できないため、測定結果に誤差が生じることです。特に白金粒子を付着させる炭素粒子は、単に炭素といっても製造法により様々な特性のものが生じ、その中には内部に多数の小孔をもつものがあります。このようなものはメソポーラスカーボンといって、表面だけでなく内部にも白金粒子を持たせることができるため、高機能素材と考えられています。この小孔が白金粒子に近い大きさのため、誤差が生じるのです。さらに白金は貴金属で資源量も限られ高価なため、なるべく使用量を減らす傾向にあります。すると白金からの信号が減って、さらに誤差が大きくなる傾向にあります。
これまで、このような炭素の微細構造の影響を除いて白金の粒径を測る方法には、異常分散X線小角散乱法[5]しかありませんでした。これは非常に高精度の測定を必要とし、簡単にできる方法ではありません。そこで、より簡単に白金の粒径だけを正確に測定できる方法が必要だと考えました。
【研究内容と成果】
そこで研究チームは、中性子散乱法[2]や、X線では生体分子計測に用いられてきたコントラスト変調法[3]を応用することにしました。これは、試料が2種類の成分を含むとき、まわりの溶媒の密度(X線の場合は電子密度)を1つの成分と同じにすると、その成分がX線から見えなくなり、もう1つの成分だけが観察できるようになるものです(図1)。炭素と白金では電子密度に大きな差があるため、この方法が適用できるはずです。つまり、炭素と同じ密度の溶媒を使えば、炭素がX線から見えなくなり、白金の粒径を正確に測れるはずです。
図1. コントラスト変調法の原理。
(A)空気中の試料。灰色の大きい円が炭素、黒の小さい円が白金粒子。(B)密度の低い溶媒に浸した場合。(C)密度が炭素に一致する溶媒に浸した場合。炭素粒子が見えなくなる。
問題はどんな溶媒を使うかです。生体分子、たとえばタンパク質の水溶液であれば、タンパク質と水の密度はそれほど変わらないので、水にグリセリンやショ糖を溶かすだけでタンパク質を見えなくすることができます。しかし炭素は密度がかなり高いため、グリセリンやショ糖は使えません。そこで、テトラブロモエタンという非常に密度の高い液体を使いました。これと、ジメチルスルホキシドという密度の低い液体をいろいろな比率で混合することで溶媒の密度を調整しました。テトラブロモエタンは鉱山で選鉱に使われる溶媒です。有用な金属を含む鉱石は重いのでこの溶媒に沈みますが、有用でない鉱石は軽いので浮くことを利用したものです。
図2は試料としてバルカン(商品名)という中実の炭素粒子を使い、そのX線散乱強度を溶媒中のテトラブロモエタン濃度に対してプロットしたものです。溶媒の密度が炭素と完全に一致すればX線散乱強度はゼロになるはずですが、炭素粒子の密度は不均一らしく、散乱強度は完全にゼロにはなりませんでした。しかしテトラブロモエタン濃度が50-60%のとき、炭素の散乱強度は空気中の数%となり、実用上は炭素からの散乱を完全に取り除いたと考えて問題ありません。
図2. 炭素のX線散乱強度のテトラブロモエタン濃度による変化。
青が実測値、赤は炭素が均一であると仮定したときの理論値。灰色は青色の曲線を説明する炭素の密度の分布。標記文献より引用。
この溶媒を使い、クノーベル(商品名)というメソポーラスカーボンに白金粒子を少しだけ混ぜた試料について測定を行いました。空気中では炭素の小孔からの散乱に邪魔されて白金の粒子径を決めることはできませんでしたが、50%テトラブロモエタン中ではそれを正確に決めることができました(図3)。
図3. メソポーラスカーボンに白金粒子を少しだけ混ぜた試料のX線散乱曲線。
左が空気中で測定した場合、右が50%テトラブロモエタン中で測定した場合。赤の矢印の肩の部分は球状の構造が存在することを示し、この部分を解析すると挿入図のような粒径分布が得られる。空気中での粒径の平均値(3.46ナノメートル)はメソポーラスカーボンの小孔の大きさで、白金の粒径は求められていないのに対し、50%テトラブロモエタン中では白金の粒径(2.6ナノメートル)が正しく求められている。
【今後の展開】
このコントラスト変調法は簡単にできることが長所です。異常分散X線小角散乱法[5]はX線波長に対する要求が厳しく、シンクロトロン放射光実験施設でなければ測定ができません。しかしコントラスト変調法は波長に対する要求が厳しくないので、実験室のX線発生装置でも測定が可能です。このようにして、触媒の評価がコントラスト変調法によってさまざまな現場で行われていけば、燃料電池等に用いられる高機能触媒の開発に大きく役立つことが期待されます。
【用語解説】
[1] X線小角散乱法
試料にX線を照射して、入射X線の進行方向に対して小さい角度で散乱してくるX線を記録し、試料の構造を調べる方法。X線の波長に対して比較的大きい物体の解析に適する(ここではX線波長0.1ナノメートルに対して白金粒子径の3ナノメートル)。
[2] 中性子散乱法
試料に中性子線を照射して、試料によって散乱された中性子線を記録することで試料の構造を調べる方法。X線をあまり散乱しない軽元素でも中性子線はよく散乱されるので、軽元素の試料を調べるのに適している。
[3] コントラスト変調法
試料を浸す溶媒の密度を調整することで、小角散乱実験等において試料の中の特定の成分だけを可視化する方法。密度を調整する成分として、生体分子のX線小角散乱ではグリセリンはショ糖が、中性子散乱では重水がよく用いられる。なお、中性子線に対しては白金と炭素の密度は殆ど同じなため、中性子散乱のコントラスト変調を本記事のような目的に使うことはできない。
[4] 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能クラスの放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
[5] 異常分散X線小角散乱法
特定の元素が、そのX線吸収端(それを境として特定の元素のX線の吸収が急激に増えるX線波長)付近でX線散乱強度が波長に依存して変化する現象(異常分散)を利用して、X線小角散乱法でその特定の元素の情報だけを抽出する方法。3種類以上の波長で測定する必要があり、シンクロトロン放射光施設以外では実施不可能である。
【研究支援】
本研究は、新エネルギー産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務「燃料電池等利用の飛躍的拡大に向けた共通課題解決型産学官連携研究開発事業」(JPNP20003)の支援を受けて行われました。
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