解析が難しい微小結晶試料の構造を高精度で解明 -新規の薬剤候補物質や有機半導体材料の分子構造解明に貢献-(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年02月28日
- SACLA
2024年2月28日
理化学研究所
東北大学
高輝度光科学研究センター
東京大学
科学技術振興機構(JST)
理化学研究所(理研)放射光科学研究センター生体機構研究グループの高場圭章基礎科学特別研究員(研究当時)、SACLAビームライン基盤グループイメージング開発チームの眞木さおり研究員、生体機構研究グループの米倉功治グループディレクター(東北大学多元物質科学研究所教授)、SACLAビームライン基盤グループビームライン開発チームの井上伊知郎研究員、SACLAビームライン基盤グループの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の登野健介チームリーダー、東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻の森本淳平講師、山東信介教授らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)[1]を、構造解析が難しい微小結晶試料に応用する技術を開発し、薬剤候補物質や有機半導体材料などの分子構造決定に成功しました。 論文情報 |
XFELと電子線3次元結晶構造解析法(3D ED)の結晶構造解析の比較
背景
有機合成化学、薬学、材料科学の分野において、研究対象となる低分子有機化合物の原子の立体配置は欠くことのできない基本情報です。低分子有機化合物の結晶構造解析をする場合、従来のX線回折に適した数百マイクロメートル(μm、1μmは100万分の1メートル)以上の大きさの結晶を形成することは困難な場合が多いことから、微小結晶の構造解析技術が必要になります。
構造決定に必要な試料サイズは、試料を調べるのに用いるX線や電子線などの量子線の散乱断面積(試料に散乱される強さ)によって決まり、散乱断面積が大きければ小さな試料の解析に適しています。電子線の散乱断面積はX線に比べて数万倍も大きいことが知られています。この性質を利用して、電子顕微鏡を用いた電子線3次元結晶構造解析法[4](3D ED)により、通常のX線回折では解析できない厚さ数百ナノメートル(nm、1nmは10億分の1メートル)以下の小さな結晶の構造を、原子レベルの空間分解能[5]で決定できるようになりました。一方、電子線の透過力は低いため、厚い結晶への適用は著しく制限されます。
XFEL施設「SACLA」は、高強度のX線パルスを発生させます。1パルスで試料を破壊する前にデータ収集が可能であり、電子線の散乱断面積との大きな差を補えます。米倉グループディレクターらは過去に、XFELを用いた低分子有機化合物の微小結晶の構造解析技術を開発し、実証実験として蛍光分子ローダミンの構造決定に成功しました注)。この手法では、試料支持板に微小結晶を分散させ、試料支持板を高速で動かしながらXFELを照射し、X線回折パターンを大量に集めます。次に、同じ試料の電子回折から求めた結晶の繰り返し周期(結晶格子)に関する情報に基づきデータ処理することで構造決定が可能になります。解析したローダミンの微小結晶は、試料支持板上でランダムな方位に分散する理想的な試料でした。
一方、支持板への展開時に方位の偏りが生じる平板状の結晶では、結晶平面に垂直な方向からのデータ取得が難しく、データ欠損が生じます。結晶の対称性が低い場合、すべての方位からデータをくまなく集め、構造解析することが課題でした。3D EDでは試料を傾け電子回折を測定しますが、傾斜角度が大きくなるに従い試料中を透過する距離が増すため、この問題はより深刻です。
本研究では、XFELを用いて、そのような解析の難しい試料であり、かつ、新規合成されて構造が知られていない薬剤候補物質や有機半導体材料などへ応用できる技術開発に取り組みました。さらに、開発した技術で得られた構造を3D EDで得た構造と比較して、データの品質を詳しく評価しました。
注)2023年3月21日プレスリリース「XFELと電子顕微鏡による低分子有機化合物の結晶構造解析
https://www.riken.jp/press/2023/20230321_1/index.html
研究手法と成果
共同研究グループは、X線の散乱が少ないポリイミド製の試料支持板(4mm×4mm)の表面にさまざまな微小結晶試料を散布したものを実験に用いました。試料支持板を高速で2次元的に動かしながら回転させ、径1μm程度に集光した波長0.08nmの高エネルギーXFELパルスを10μmの間隔で微小結晶に照射し、X線回折パターンを大量に集めました(図1)。試料支持板の回転により、試料支持板に同一方向で吸着している結晶のいろいろな方向からのデータ収集が可能になりました。
図1 X線自由電子レーザー(XFEL)によるX線回折データ測定の模式図
4mm×4mmの大きさの試料支持板に微小結晶を散布し、高速に移動させながら(上部の赤矢印)回転させ(下部の青矢印)、XFELパルスを1秒間に30回照射し、回折パターンを後方の検出器で記録した。
同じ試料について、高精度クライオ電子顕微鏡[6](日本電子CRYO ARM 300)を用いて、試料の微結晶を回転させながら電子回折パターンを集めました。XFELで得られたデータは、電子線で得られた結晶格子の情報を与え処理し、試料の構造を決定しました。図2に薬剤候補物質であるモノペプトイドとトリペプトイド、有機半導体材料であるPh-BTBT-C10とanti-BTBTT-C6の今回得られた結晶構造を示します。
図2 開発した手法により得られた分子の結晶構造
(a)モノペプトイド。(b)トリペプトイド。(c)Ph-BTBT-C10。(d)anti-BTBTT-C6。灰色は炭素原子、赤は酸素原子、青は窒素原子、黄色は硫黄原子に対応する。
XFELと電子線から得られたデータを詳しく比較したところ、XFELの方がいずれもデータの品質が高く、原子の位置の誤差が小さいことが分かりました(図3、4)。トリペプトイドでは、電子回折データからは構造決定に至りませんでしたが、XFELデータからは構造を解くことができました(図3)。
図3 薬剤候補分子トリペプトイドの構造解析の比較
3D EDより得られた結晶格子情報をXFELの回折像に与えることでデータ処理し構造決定した。緑と橙色のネットは実験データ由来の構造を表す。この試料では、3D EDデータのみでは構造決定に至らず、XFELから取得した位相情報を補った。右図の*で示した領域の実験構造が3D EDでは欠損するのに対して、XFELでは良質な実験構造(緑)が得られている。左上にトリペプトイドの構造式と微小結晶試料の光学顕微鏡像、XFEL回折像を、右上に微小結晶一つの電子顕微鏡像と電子回折像を示す。
図4 有機半導体材料分子anti-BTBTT-C6の構造解析の比較
緑と橙色のネットは実験データ由来の構造で、XFELでは原子が球状に分離し硫黄原子が炭素原子より大きく観測されるのに対して、3D EDでは複数の原子にわたり伸びて見える。左図のいくつかの硫黄原子に*を付した。左端にaniti-BTBTT-C6の構造式と微小結晶試料の光学顕微鏡像、右端に微小結晶一つの電子顕微鏡像を示す。
より詳しく調べると、XFELでは、試料支持板を回転させながら測定することで、データ欠損領域をほぼなくせることが分かりました。XFELデータの信号対雑音比は試料支持板の傾斜角にかかわらず良質であったのに対して、電子回折では試料の傾斜角が大きくなると大幅に下がっていました。これは、電子線の透過力が低いことに起因すると考えられ、同じ電子が試料に2回以上散乱される多重散乱や、試料との相互作用でエネルギーを失う散乱の影響が無視できなくなることによります。電子回折データ処理において、今後解決すべき課題や測定の問題も定量的に示すことができました。
構造解析に必要な試料の量は、電子線とXFELの両解析手法でほとんど変わりません。XFELでは、試料支持板に一様に分散させることで、必要な試料の量をさらに減らせる可能性があります。また、結晶格子の情報を電子回折から取得することで、いろいろな格子のパラメーターを試行する必要がなくなり、計算コストを大幅に下げることができます。以上のように、開発した手法の利点も明確になりました。
今後の期待
本研究により、構造解析が難しかった新規の薬剤候補物質や有機半導体材料など広範な試料の分子構造を精密に解析できるようになりました。本研究成果は、有機化合物の立体構造、化学的性質、機能のより詳しい理解を進め、創薬や材料開発に役立つと考えられます。
今回開発した手法は、解析が難しい微小結晶に対して有用です。また、分子機能と相関の高い構造特性を観察できることから、今後、より機能性の高い薬剤・材料分子のデザイン・開発に寄与することが期待できます。
補足説明
[1] X線自由電子レーザー(XFEL)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。「SPring-8(スプリングエイト)」などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1,000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を生かして、ナノメートルサイズの小さな結晶を用いたタンパク質の原子レベルでの分解能の構造解析や、X線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。XFELはX-ray Free Electron Laserの略。
[2] 電子回折
電子線が結晶性の試料に散乱され干渉して、分子の並びを反映した規則的な点の並びなどの特徴的なパターンが観測される現象のこと。
[3] XFEL施設「SACLA」
理研と高輝度光科学研究センターが共同で建設した、日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における五つの国家基幹技術の一つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLA(サクラ)と命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始され、利用実験が始まった。大きさが諸外国の同様の施設と比べて数分の1と、コンパクトであるにもかかわらず、0.1ナノメートル以下という世界最短波長クラスのレーザーの生成能力を持つ。
[4] 電子線3次元結晶構造解析法
微小で薄い結晶試料に電子線を照射して、その回折パターンから3次元の立体構造を決定する手法。電子線はX線に比べて数万倍も強く物質と相互作用するため、X線結晶構造解析に適さない微小で薄い単結晶試料を使用できる。電子の散乱特性からは、電荷に関する情報が得られる。Electron 3D crystallography、3D ED、マイクロEDとも呼ばれる。
[5] 空間分解能
どのくらい細かくものを「見る」ことができるかの指標。空間分解能の値が小さい(分解能が高い)ほど、物質をより精細に観測できる。原子の大きさは、1オングストローム(Å、1Åは100億分の1メートル)程度で、個々の原子の解像には、1Å程度の空間分解能が必要である。
[6] クライオ電子顕微鏡
タンパク質などの生体分子を、水溶液中の生理的な環境に近い状態で、電子顕微鏡で観察するために開発された手法。分子量の大きなタンパク質の分子像からの単粒子解析法や、微小結晶からの電子線3次元結晶構造解析法などに応用できる。
共同研究グループ
理化学研究所 放射光科学研究センター
生体機構研究グループ
基礎科学特別研究員(研究当時) 高場圭章 (タカバ・キヨフミ)
グループディレクター 米倉功治 (ヨネクラ・コウジ)
(東北大学 多元物質科学研究所 教授)
SACLAビームライン基盤グループ
イメージング開発チーム
研究員 眞木さおり(マキ・サオリ)
ビームライン開発チーム
研究員 井上伊知郎(イノウエ・イチロウ)
SACLAビームライン基盤グループ
グループディレクター 矢橋牧名 (ヤバシ・マキナ)
高輝度光科学研究センター XFEL利用研究推進室
チームリーダー 登野健介 (トノ・ケンスケ)
東京大学 大学院工学系研究科
化学生命工学専攻
講師 森本淳平 (モリモト・ジュンペイ)
教授 山東信介 (サンドウ・シンスケ)
学生(研究当時) 福田泰啓 (フクダ・ヤスヒロ)
学生(研究当時) 白鳥陽太 (シラトリ・ヨウタ)
学生(研究当時) 彭 儀英 (Yiying Peng)
物理工学専攻
助教 井上 悟 (イノウエ・サトル)
教授 長谷川達生(ハセガワ・タツオ)
産業技術総合研究所 エレクトロニクス・製造領域
主任研究員 東野寿樹 (ヒガシノ・トシキ)
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業若手研究「電子線を利用したタンパク質の分子内電荷の決定(研究代表者:高場圭章、20K15764)」、科学技術振興機構(JST)未来社会創造事業探索加速型「超原子座標構造の可視化による創薬の革新(研究代表者:米倉功治、JPMJMI23G2)」、同戦略的創造推進事業CREST「実験・計算・データ科学融合による塗布型電子材料の開発(研究代表者:長谷川達生、JPMJCR18J2)」、同PRESTO「サブナノ有機ブロックの配列による有機構造体の緻密設計(研究代表者:森本淳平、JPMJPR21AF)」などの助成を受けて行われました。
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