固体中で形が変わる金属分子を発見 ―キラルな秩序が引き起こす結晶が歪まない不思議な分子変形―(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年03月14日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2024年3月14日
東京大学
理化学研究所
高輝度科学研究センター
発表のポイント
◆固体中で金属分子の形が冷やすと変化する現象を世界で初めて観測しました。
◆分子内のイオン間距離が約2%変化するにも関わらず、キラルな分子配列によって、結晶全体は0.0001%の精度で計測しても歪んでいないことが分かりました。
◆キラルな秩序に起因した物理現象の発現や、センサーやスイッチングデバイスなどの応用材料開発につながることが期待されます。
ニオブ(Nb)イオンがつくる分子が温度によって変形する様子
東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の鬼頭俊介助教、徳永祐介准教授、有馬孝尚教授、理化学研究所創発物性科学研究センターの厳正輝基礎科学特別研究員らは、高輝度科学研究センター放射光利用研究基盤センターの中村唯我研究員と共同で、GaNb4Se8という化合物において、金属分子の形が冷やすと変化する現象を発見しました。固体中において金属イオンが分子を形成する現象はしばしばみられます。しかし、そのほとんどは規則正しく並んだイオンが、ある温度以下で寄り集まることで分子を形成するというものでした。 論文情報 |
【発表内容】
物質中では、原子やイオンが互いに電子を共有し合うことで結合をつくり、分子を形成します。身近な例としては、水素(H)や酸素(O)が水素分子(H2)や水分子(H2O)を形成することが挙げられます。このような分子形成は、固体中の金属イオンでもしばしばみられます。例えば、二酸化バナジウム(VO2)は、高温では一次元的に等間隔に連なったバナジウム(V)イオンの鎖が、低温では2つずつペアを作るように分子を形成します(図1a)。同様に、二酸化リチウムバナジウム(LiVO2)は、高温では二次元的な正三角格子を形成するVイオンが、低温では3つずつ寄り集まって分子を形成します(図1b)。このような固体中の金属分子形成は、物質の伝導性や磁性の大きな変化を伴うため、応用材料としても注目されています。しかし、通常、分子形成を伴う相転移※4は局所的に大きな構造の変化をもたらすため、結晶自体も大きく歪んでしまいます。このような大きな結晶歪みは、スイッチングデバイスのように外場で相を制御する際に、反応速度の制約となる可能性があります。そのため、格子の歪みを伴わずに分子形成をする物質の探索は、基礎研究だけでなく、応用研究としても期待されています。
図1:固体中でバナジウム(V)イオンが分子を形成する例
(a) VO2: 高温では1次元的に並んだVイオンの鎖が、低温では2つずつペアを作ることで分子を形成する。
(b) LiVO2: 高温では三角格子を形成するVイオンが、低温では3つずつ寄り集まって分子を形成する。赤、青、緑のリボンは電子の空間分布(電子軌道)に対応し、隣のイオンとの間で、電子軌道が重なり合うことで分子をつくる。黒色の矢印は電子スピン(微小な磁石)に対応する。分子を形成する際、上向きと下向きの電子スピンがペアを作ることで磁気的な性質を打ち消し合い、電気は流れなくなる。
本研究では、三次元的な立方晶※5の結晶構造をもつGaNb4Se8という化合物に着目しました。この物質は室温(高温相)でニオブ(Nb)イオンが正四面体の分子を形成しています(図2b)。GaNb4Se8は-223℃で相転移を示すことが知られており、過去の粉末X線回折実験から、立方晶から立方晶への珍しい相転移の可能性が予想されていました。しかし、低温相における結晶構造は解明されていませんでした。
今回、本研究グループは大型放射光施設SPring-8においてGaNb4Se8の単結晶(図2a)を用いたX線回折実験を行い、GaNb4Se8の低温相の結晶構造の解明を試みました。その結果、高温相では正四面体だった分子が、低温相では変形して正三角形分子と孤立したイオンに分かれることが分かりました(図2c)。このように、高温で既に存在する金属分子が、低温で異なる形の分子に変形する例は、これまで知られていません。また、詳細な解析の結果、高温相では各Nbイオンの形式価数は+3.25価という中途半端な値でしたが、低温相では正三角形分子を形成するNbが+3価、孤立したNbは+4価へと変化する電荷秩序が起きていることが分かりました。このとき、+3価のNbイオンは、LiVO2の+3価のVイオンと同じメカニズム(図1b)で正三角形分子を形成していることが分かりました。また、+3価のNbイオンがつくる正三角形分子の中心から+4価のNbイオンに向かって局所的な電気双極子モーメント※6が出現しており(図2cのオレンジ色の矢印)、それらが鏡に映らないと元に戻らないキラルな配置で秩序することで(図2d)、立方晶の結晶構造を保っていることが分かりました。
さらに、光ファイバーを用いた結晶歪み計測(ファイバー・ブラッグ・グレーティング(FBG)法)を用いることで、相転移に伴う結晶全体の変化を精密に測定しました。その結果、Nb分子内ではイオン間距離が約2%変化するにもかかわらず、結晶全体はFBG法の計測精度(0.0001%)の範囲では全く歪んでいないことが分かりました。このような結晶歪みのない金属分子の変形は前例がなく、今後、キラルな秩序に起因した物理現象の発現や、センサーやスイッチングデバイスなどの応用材料開発につながることが期待されます。
図2:GaNb4Se8の結晶中でニオブ(Nb)イオンがつくる分子が変形する様子
(a) 本研究で使用したGaNb4Se8の単結晶。立方晶系に由来する正三角形が見えている。
(b) 高温相の結晶構造。室温で既に、Nbイオンが4つ寄り集まり正四面体型の分子を形成している。
(c) 低温相への相転移によって、正四面体分子が正三角形分子と孤立イオンに変形する様子。このとき、電荷秩序によって、Nbイオンの価数は+3.25価から、+3価と+4価に分離する。また、正三角形分子では、局所的にLiVO2と似た分子形成が起きている。オレンジ色の矢印は電気双極子モーメントに対応する。
(d) 電気双極子モーメントが結晶中で左巻きの渦をつくるようにキラルに配列している様子。
【発表者・研究者等情報】
東京大学 大学院新領域創成科学研究科
鬼頭 俊介(助教)
徳永 祐介(准教授)
有馬 孝尚(教授)〈兼:理化学研究所 創発物性科学研究センターグループディレクター〉
理化学研究所 創発物性科学研究センター
厳 正輝(基礎科学特別研究員)
高輝度光科学研究センター 放射光利用研究基盤センター 回折・散乱推進室
中村 唯我(研究員)
【研究助成】
本研究は、科学研究費補助金「19H05826」「22K14010」「23K13068」「23H01120」の支援により実施されました。
【用語解説】
※1. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring-8(スプリングエイト)では、放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※2. X線回折実験
X線を用いて結晶構造を調べる実験手法のひとつ。X線を試料に照射し、どの方向にどのような強さでX線が散乱されたかを測ることで、試料の中の原子の並び方や原子間の距離を決定する。
※3. キラル
右手・左手と同じように鏡に映したときに元の構造と重ねることができない構造。このような構造を持つ分子や結晶を、キラル分子、キラル結晶といい、左右の区別があることをキラリティという。
※4. 相転移
物質の性質が不連続に変化する現象。例えば、水(液体)は温度を上げて100°Cを越せば水蒸気(気体)となり、逆に温度を下げて0°C以下になると氷(固体)に変わる。そのような状態の変化を「相転移」と呼ぶ。
※5. 立方晶
結晶の周期性を考慮すると、基本骨格は三斜晶、単斜晶、直方晶、正方晶、三方晶、六方晶、立方晶の7種類に分類される。その中で、最も対称性が高い晶系が立方晶であり、立方体と同じ対称性を有している。
※6. 電気双極子モーメント
電気分極の大きさを表すベクトル量。正負の電荷の大きさと距離の積で定義される。今回の場合、+3価のNbイオンによって形成されている正三角形分子の中心から、+4価のNbイオンに向かって、局所的な電気双極子モーメントが存在すると見なすことができる。
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