冷却すると膨張する不思議な超伝導体を開発!~熱サイクルに強い超伝導素子の開発に理想的な材料~(プレスリリース)
- 公開日
- 2024年03月18日
- BL10XU(高圧構造物性)
2024年3月18日
東京都公立大学法人 東京都立大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立大学法人島根大学
日本大学文理学部
ポイント
・ 高圧下で温度調整をしながら放射光X線回折を行い、線熱膨張係数および体積熱膨張係数の圧力依存性評価に成功した。
・ CoZr2超伝導体の体積熱膨張係数を様々な圧力下で測定した結果、2.9 GPa 以上の高圧力下で負の体積熱膨張が観測された。
・ c軸(結晶格子※2の一軸)方向の巨大な負の線熱膨張係数は高圧印加の影響を大きく受けず、a軸方向の正の線熱膨張係数が高圧印加で大きく抑制されるために、体積熱膨張が負に転じることがわかった。
世の中に存在する多くの物質は冷却すると縮み、逆に加熱すると膨張します。これを正の熱膨張と呼びます。これらとは逆の性質を示す「負の熱膨張材料」が稀に存在し、温度変化をしても熱伸縮しない材料の開発に貢献します。 論文情報 |
【研究の背景】
多くの物質は冷却すると縮み、加熱すると膨張します。これを正の熱膨張と呼びます。物質の結晶格子に沿った一軸的な熱膨張の性質は、線熱膨張係数(a軸方向の場合はαa)※3によって評価され、格子体積の熱膨張の性質は体積熱膨張係数(β)※4によって評価されます。これらの熱膨張係数が負になる、すなわち冷却すると膨張するような場合を負の熱膨張と呼びます。さらに、温度変化によって熱膨張しない材料をゼロ熱膨張材料とよび、インバー合金※5が有名です。また、負の熱膨張材料と正の熱膨張材料からなる複合材料を作製することで、ゼロ熱膨張を実現することも可能であり、位置の精度が求められる光学デバイスなどの高性能化に重要な材料です。このような異常熱膨張を示す材料は絶縁体が多い上に、インバー合金のような金属は珍しく、さらに超伝導※6を示す異常熱膨張材料は未開拓の領域です。異常熱膨張を示す超伝導材料を開発できれば、ジョセフソン素子※7等の超伝導素子において熱サイクル※8による劣化が起きない高耐久性素子の開発が可能になります。
水口准教授らのグループは、2022年にCoZr2超伝導体が結晶のc軸方向に一軸的な負の熱膨張を示すことを見出しました(Y. Mizuguchi et al., J. Phys. Soc. Jpn. 91, 103601 (2022).)。CoZr2系(正方晶系CuAl2型構造)のいくつかの物質では、a軸方向は正の熱膨張を示し、c軸方向に負の熱膨張が観測されます。2023年にはCoサイトをNiで部分置換することで、c軸の線熱膨張係数を負から正にスイッチングすることにも成功しました(Y. Watanabe et al., Sci. Rep. 13, 1008 (2023).)。しかし、どのような遷移金属サイトの元素置換を行っても、体積熱膨張係数βは正のままでした。
【研究の詳細】
図1に本研究成果の概念図を示します。図1(a)と(b)はNiZr2とCoZr2の常圧下での線熱膨張係数を表しています。NiZr2はa軸c軸ともに正の熱膨張(図中のPTE)を示すのに対し、CoZr2はc軸方向に負の熱膨張(図中のNTE)を示し、a軸に関しては正の熱膨張です。この違いは以前の研究から、格子定数比c/aの変化と関連していることがわかっています。本研究では、このCoZr2に対してダイヤモンドアンビルセルを用いて高圧を印加し、その状態で放射光X線回折※9を様々な温度条件で行うことで、熱膨張係数評価を達成しました。高圧下X線回折実験はSPring-8のBL10XUにて行いました。格子定数は圧力にも温度にも依存するため、測定中に圧力および温度を一定に保つ必要があります。そこで、バンドヒータによるセル加熱を慎重に行い、X線回折前後での圧力モニタリングを行い、信頼性の高いデータのみを用いて熱膨張係数の圧力依存性を評価することに成功しました。その一例を図2(a)に示します。体積熱膨張係数はβ = 2αa + αc から評価しました。
図2(b)に熱膨張係数の圧力依存性を示します。a軸方向の線熱膨張係数は、2.9 GPaの加圧によって常圧時の半分以下に減少します。さらに加圧すると線熱膨張係数が減少する傾向を示しました。一方、c軸方向に関しては、線熱膨張係数が大きな負の値を維持しました。その結果、体積熱膨張係数が負の値に転じました。今回の測定では室温以上での測定のみのため、低温でどのような熱膨張係数を示すかは未解明ですが、CoZr2などの遷移金属ジルコナイドは低温から高温まで同様の熱膨張特性を示すことが常圧下実験で確認されているため、今回観測した負の体積熱膨張は低温でも維持されると考えています。今後、低温高圧下での精密な熱膨張係数評価を行うことでその確証が得られます。
本研究では、高圧下電気抵抗測定から、体積負の熱膨張が発現する圧力領域でもCoZr2が超伝導体であることを確認しました。さらに、理論計算から、CoZr2のa軸およびc軸方向の伸縮しやすさや電子密度分布の変化も検証しました。今後、Co-CoおよびCo-Zr結合の特徴を詳細に研究することで、新物質開発の指針が得られることが期待されます。
図1.(a,b) NiZr2とCoZr2の常圧下線熱膨張係数の比較。(c) 高圧下でのCoZr2の線熱膨張係数。
図2.(a) 圧力P = 2.9 GPaでのCoZr2の格子定数の温度依存性。左、中央、右のグラフはそれぞれa軸、c軸、体積を表す。 (b) 線熱膨張係数(左、中央)および体積熱膨張係数(右)の圧力依存性。
【研究の意義と波及効果】
今回の研究では、高圧下でのみCoZr2の体積負の熱膨張を観測しています。今後、加圧によるa軸線熱膨張係数の抑制機構が解明できれば、常圧下でも負の体積熱膨張やゼロ熱膨張を示す超伝導体を開発できる可能性が高いです。それによって、熱サイクルに非常に強い超伝導素子が作製でき、超伝導素子の耐久性向上に貢献することが期待されます。また、今回行った高圧下放射光X線回折による熱膨張係数測定は、実施例が多くない新たな研究手法といえ、異常熱膨張物質以外にも広く物質科学研究の進展を促す重要な成果と言えます。
【用語解説】
※1. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。
※2. 結晶格子
物質を構成する原子は周期的に配列されており、結晶格子と呼びます。その周期性から様々な結晶系に分類され、単位格子を取り出した際に、3つの軸(a, b, c軸に沿った格子定数)とそれぞれの軸のなす角度で分類されます。今回の対象物質系は正方晶系で、a軸とb軸は同じ長さで、c軸のみが異なる長さ、それぞれのなす角はすべて90度です。
※3. 線熱膨張係数(αa, αc)
物質の温度が変化した場合に格子定数がどのように変化するかを表すパラメータ。例えばa軸方向のαaは、αa = (1/a)(da/dT)であらわされます。多くの物質ではこの値が正になりますが、負の熱膨張の場合は負になり、ゼロ熱膨張の場合はゼロになります。負やゼロ熱膨張を示す材料を異常熱膨張材料と呼んでいます。
※4. 体積熱膨張係数(β)
物質の温度が変化した場合に体積Vがどのように変化するかを表すパラメータ。V = (1/V)(dV/dT)であらわされます。
※5. インバー合金
鉄とニッケルを主成分とする合金で、室温付近でほとんど熱膨張をしない実用材料。
※6. 超伝導
低温で生じる量子現象であり、電気抵抗の消失、完全反磁性など特徴的な性質を示します。物質が超伝導状態に転移する温度を超伝導転移温度と呼びます。
※7. ジョセフソン素子
2つの超伝導体の間に非超伝導相をはさんだ状態で接合した素子。SQUID磁束系や量子コンピュータで利用されている。
※8. 熱サイクル
超伝導素子はごく低温(例えば液体ヘリウム温度の-269℃)で動作し、停止時には室温またはそれ以上の温度になります。この温度変化の繰り返しを熱サイクルと呼びます。今後、超伝導デバイスの構造が複雑化した場合、熱サイクルが素子の界面劣化等を生じさせる可能性があります。
※9. 放射光X線回折
X線回折は、X線を試料に照射し、格子定数などの結晶構造パラメータを評価する手法です。物質の状態や性質などを分析することができます。
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