大型放射光施設 SPring-8

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電気が流れる交互積層型電荷移動錯体の実現 ――常識を覆す、大量合成可能な新種の有機伝導体材料――(プレスリリース)

公開日
2024年04月16日
  • BL02B1(単結晶構造解析)

2024年4月16日
東京大学
自然科学研究機構 分子科学研究所
岡山理科大学
高輝度光科学研究センター
科学技術振興機構(JST)

発表のポイント

◆電気がほとんど流れないことが通説であったドナーとアクセプターからなる交互積層型の電荷移動錯体の高伝導化に成功しました。
◆ドナーとアクセプターの分子軌道のエネルギーと対称性を考慮した新しい分子設計により、両者の分子軌道が強く混成した特異な電子状態を実現しました。
◆大量合成が可能で、溶液加工性にも優れた新種の塗布型有機伝導体材料としての有機電子デバイスへの応用が期待されます。


ドナーとアクセプターの軌道混成の形成によって、これまで電気がほとんど流れないとされてきた 交互積層型電荷移動錯体の高伝導化に成功(©️株式会社サイエンスグラフィクス)

 電子の豊富なドナー分子と電子の不足したアクセプター分子からなる交互積層型電荷移動錯体※1は、電荷輸送に携わる実効的なキャリアが少ないことから電気が流れにくいというのが通説でした。東京大学物性研究所の藤野智子助教(JSTさきがけ研究者)・森初果教授らの研究チーム、同大学院新領域創成科学研究科の岡本博教授・有馬孝尚教授の両研究チーム、分子科学研究所の中村敏和チームリーダー、岡山理科大学の山本薫教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の中村唯我研究員らは、分子軌道に着目した新しい設計により、交互積層型電荷移動錯体の高伝導化に成功し、一次元単結晶において室温・常圧で最高の伝導度を達成しました。ドナーとアクセプターの分子軌道のエネルギーと対称性を考慮した設計のもと、中性とイオン性の境界領域で、ドナーとアクセプターの分子軌道が強く混成した特異な電子状態を実現することができました。溶液状態で安定かつ大量生産が可能な新種の有機伝導体材料は、いまだ基礎研究の段階にある有機伝導体の材料研究をデバイス研究へと繋ぎ、両研究分野の相互発展を促す次世代の有機伝導体材料になりうると期待されます。
 本成果は英国科学誌「Nature Communications」オンライン版に4月16日(現地時間)に掲載されました。

論文情報
雑誌名: Nature Communications
題名 :Orbital hybridization of donor and acceptor to enhance the conductivity of mixed-stack complexes
著者:Tomoko Fujino,* Ryohei Kameyama, Kota Onozuka, Kazuki Matsuo, Shun Dekura, Tatsuya Miyamoto, Zijing Guo, Hiroshi Okamoto, Toshikazu Nakamura, Kazuyoshi Yoshimi, Shunsuke Kitou, Taka-hisa Arima, Hiroyasu Sato, Kaoru Yamamoto, Akira Takahashi, Hiroshi Sawa, Yuiga Nakamura, Hatsumi Mori*
DOI:10.1038/s41467-024-47298-1

発表内容

 <研究の背景>
 有機伝導体の材料研究は、単結晶-構造相関研究を通じた豊富な知見の蓄積があるにも関わらずいまだ基礎研究の段階にあり、デバイス研究との間に隔たりがあります。有機伝導体単結晶は溶液加工性に乏しく、また大量合成に不向きであると考えられているからです。こうした隔たりを繋ぎうる次世代材料として、電子の豊富なドナー分子と電子の不足したアクセプター分子とで形成される電荷移動錯体への期待が高まっています。電荷移動錯体は、ドナーとアクセプターが交互に積層した「交互積層型」とドナーとアクセプターが分離して積層した「分離積層型」に分類されます。分離積層型錯体においては、これまでに金属状態を含む高い伝導性を示す錯体が見つかっていますが、比較的得られやすい交互積層型電荷移動錯体はほとんど電気が流れないというのが通説となっていました。こうした伝導性の低さは、ドナーからアクセプターへ移動する電子の量を示す電荷移動量δが、0〜0.4の中性領域、もしくはδ > 0.75のイオン性領域にあることで(図1右)、電荷輸送に携わる実効的なキャリアが少ないことが原因と考えられてきました。中性-イオン性の境界領域にある電荷移動錯体を合成すれば電気がよく流れるのではないかと期待されてきたものの、そうした錯体は数十年にわたって実現されずにいました。


図

図1:本研究で開発したドナーとアクセプターの構造と交互積層型電荷移動錯体の一次元性単結晶の電荷移動量と室温伝導度。

 研究グループでは、電子の豊富なドナー分子としてドープ型ポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)(PEDOT)のオリゴマー※2モデルを近年開発しています(論文1–3)。その最短の二量体(図1左上2O)(論文1)およびその酸素/硫黄原子置換体(図1左上2S)が、電子不足なフッ素置換テトラシアノキノジメタン類(図1左下F4F2)に対して、中性-イオン性の境界領域の錯体を構築するのに理想的な電子構造をもっていることに気がつきました。こうした境界領域を実現するには、ドナーの最高占有分子軌道(HOMO)※3とアクセプターの最低非占有分子軌道(LUMO)※4の間での小さなエネルギー差をもつことが必須と予想されてきており、2O/2SドナーとF4/F2アクセプターの組み合わせは、そうした条件をよく満たします。さらに電荷移動後の分子軌道形態の対称性もよく一致しており、両軌道が強く混成した良導性のキャリアの伝導経路の実現が期待されます。

<研究の内容>
 ドナー2Oおよび新規合成した2Sと、アクセプターF4およびF2とを有機溶媒中でそれぞれ混合し、数日かけて濃縮したところ、4種の針状の電荷移動錯体単結晶が得られました。X線単結晶構造解析から、いずれの錯体もドナーとアクセプターが交互に等間隔で積層した一次元構造を示しました。アクセプターの結合長の解析から電荷移動量δを見積もったところ、中性-イオン性境界付近にあり、とくに2SF4のδは0.69と狙っていた中性-イオン性境界に位置していました(図1右)。結晶の電子構造を調べるため、単結晶構造情報を基に第一原理計算※5から結晶軌道を算出しました。結晶軌道は、ドナーのHOMO由来の軌道とアクセプターのLUMO由来の軌道が強く混成しており、ドナーとアクセプターのどちらにも非局在化していました(図2)。分子間相互作用も大きく、キャリア間のクーロン反発エネルギーもとくに2Sをドナーとする錯体において小さく、計算上で高い伝導性の発現が予見されました。


図

図2:ドナーとアクセプターの電荷移動錯体結晶中での混成軌道。軌道がドナーとアクセプターのどちらにも非局在化している。ドナーのHOMOとアクセプターのLUMOがほぼ同等のエネルギー準位であり、両者の電荷移動後の軌道対称性が一致していることが鍵となっている。

 単結晶の電気抵抗率測定を実施したところ、合成した錯体の室温伝導度は、これまでの交互積層型電荷移動錯体と比較して極めて高く、とくに2SF4では一次元単結晶のなかで最高となる0.10 S cm–1であることがわかりました(図1右)。この単結晶は、X線構造解析ではドナーとアクセプターが等間隔に積層した構造が示されていましたが、構造の動的変化を反映しやすい光反射率測定からは、ドナーとアクセプターの間での二量化形成を示唆する結果が示されました。ドナーとアクセプターが等間隔に積層した錯体では、平面状分子の示す対称的な伸縮振動モードは、振動方向と直交するπ積層方向において赤外不活性となるはずですが、赤外活性なモードとして観測されました(図3右上)。第一原理計算から、観測されたシグナルが電子-分子内振動(EMV)結合※6に基づいたものであることが示され、ドナーとアクセプターの間で二量化を伴う構造的な揺らぎ(図3右下)を生じていることが示唆されました。これは中性-イオン性境界特有の電子状態が顕れていることが伺えます。大型放射光施設SPring-8※7のBL02B1にて室温での単結晶構造解析を行ったところ、二量化揺らぎを支持する散漫散乱も観測されました。これらの測定結果から、合成した錯体では、二量化に伴うスピンの組み残しなどの効果により高い伝導性が発現したのではないかと考えられます。


図

図3:交互積層型電荷移動錯体の電気抵抗率の温度変化。2SF4は282 Kで抵抗率の異常を示した。同時に対称性破れを伴うπ積層の二量化形成に基づく電子-分子内振動(EMV)結合由来のシグナルが増大した。

 また、興味深いことに、この錯体の電気抵抗率を測定したところ、282 K(9 ℃)において急峻かつ可逆な温度変化を示し、同時にEMV結合由来のシグナル強度の増大(図3右上)が見られました。詳細な構造解析の結果、b軸およびc軸に二倍周期をもつ超格子※8へと構造転移をしていることがわかりました。交互積層型電荷移動錯体において、282 K(9 ℃)とほぼ室温かつ常圧でこうした構造転移を示す例はかつてなく、中性-イオン性境界特有の構造的な揺らぎが反映されたものと考えられます。

<今後の展望>
 本研究では、ドナーとアクセプターの分子軌道に着目した設計により、交互積層型電荷移動錯体を高伝導化し、一次元単結晶のなかで最高の室温伝導度の発現に成功しました。加えて、単結晶X線構造解析と第一原理計算による電子構造解析によって高伝導化の起源に迫りました。本研究で使用したオリゴマー型ドナーは鎖長・配列・末端構造などによる高い分子設計自由度をもっており、アクセプターとの組み合わせによって、多彩な電荷移動錯体を構築できると期待できます。これはオリゴマーの構造制御性を活かして、電子状態(分子軌道エネルギー)を制御、設計できることを示していると言えます。この交互積層型電荷移動錯体は、大量合成が可能で、また有機溶媒への高い溶解性を示し、溶液中でも分解されずに長時間安定に存在することから、塗布型伝導体材料としても高い潜在性を有しています。次世代の有機伝導体材料としての高い可能性に期待が寄せられます。

<参考論文>
論文1:Kameyama, R.; Fujino, T.*; Dekura, S.; Kawamura, M.; Ozaki, T.; Mori, H.*Chem. Eur. J. 2021, 27 (21), 6696-6700. doi.org/10.1002/chem.202005333.
論文2:Onozuka, K.; Fujino, T.*, Kameyama, R.; Dekura, S.; Yoshimi, K.; Nakamura, T.; Miyamoto, T.; Yamakawa, T.; Okamoto, H.; Sato, H.; Ozaki, T.; Mori. H.* J. Am. Chem. Soc. 2023, 145 (28), 15152–15161. doi.org/10.1021/jacs.3c01522.
論文3:Fujino, T.*; Kameyama, R.; Onozuka, K.; Kazuki, M.; Dekura, S.; Yoshimi, K.; Mori. H.* Faraday Discuss. 2024, 250, 348–360. doi.org/10.1039/D3FD00134B.

発表者

 東京大学
  物性研究所
   凝縮系物性研究部門
    藤野 智子 助教 
     兼:科学技術振興機構 さきがけ研究者
    森 初果  教授
 
 大学院新領域創成科学研究科
  物質系専攻
    宮本 辰也 助教 (現:名古屋工業大学 准教授)
    岡本 博  教授
    鬼頭 俊介 助教
    有馬 孝尚 教授
     兼:理化学研究所 創発物性科学研究センター センター長
 
 自然科学研究機構 分子科学研究所
    中村 敏和 チームリーダー
 
 岡山理科大学
    山本 薫  教授
 
 高輝度光科学研究センター(JASRI) 回折・散乱推進室
    中村 唯我 研究員

研究助成

JST戦略的創造研究推進事業さきがけ「物質探索空間の拡大による未来材料の創製」(研究総括:陰山洋、研究代表者:藤野智子、課題番号:JPMJPR22Q8)、JSPS科学研究費助成事業(研究代表者:藤野智子、課題番号JP21K05018;研究代表者:森初果、課題番号:JP18H05225/JP21K18597/JP22H00106;研究代表者:岡本博、課題番号:JP21H04988;研究代表者:出倉駿、課題番号:JP20K15240;研究代表者:吉見一慶、課題番号:JP22K03526/21H01041)、MEXT科学研究費助成事業新学術領域研究:「水圏機能材料:環境に調和・応答するマテリアル構築学の創成」(研究代表者:藤野智子、課題番号:JP20H05206/JP22H04523)、「ハイドロジェノミクス」(研究代表者:森初果、課題番号:JP18H05516:A03-2)、MEXT「マテリアル先端リサーチインフラ」事業(課題番号:JPMX1222MS1002)、公益財団法人 内藤記念科学記念財団(研究代表者:藤野智子)、池谷科学技術振興財団研究助成(研究代表者:藤野智子)、花王芸術・科学財団(研究代表者:藤野智子)、野口遵研究助成金(代表代表者:出倉駿)の支援により実施されました。なお、本研究は出光興産(株)との共同研究により行われました。


【用語解説】

※1. 電荷移動錯体 :
電子が富む官能基をもつ電子供与体と電子が不足した官能基をもつ電子受容体とで構成され、両者の間で電荷の移動が生じて形成した錯体。

※2. オリゴマー :
構成ユニットの繰り返しで構成された分子の中で比較的小さなもの。構成ユニットの数で○量体と表記する。

※3. 最高占有分子軌道(HOMO) :
電子をもっている分子軌道の中で最もエネルギーが高い軌道。

※4. 最低非占有分子軌道(LUMO) :
電子が入っていない軌道で最もエネルギーの低い軌道。

※5. 第一原理計算 :
固体の電子状態や物性を研究する目的で固体物理の分野を起源として発展してきた、量子力学に基づく計算方法。基本的に局所密度近似を使って三次元周期系の電子状態に関する情報が得られる。

※6. 電子-分子内振動(Electron-molecular vibration: EMV)結合:
分子内振動によって分子軌道のエネルギーが変化する分子内振動と電子系の結合。2S-F4の場合、分子の伸縮振動によって分子軌道のエネルギーが変化し、2SドナーとF4アクセプターの間の電荷移動が生じる。

※7. 大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その利用者支援などは高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。SPring-8(スプリングエイト)では、放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※8. 超格子:
複数の種類の結晶格子の重ね合わせにより、基本単位格子よりも長い周期構造をもつ結晶格子。



本件に関するお問い合わせ先
〈報道に関する問合せ〉
東京大学物性研究所 広報室
Tel:04-7136-3207 E-mail:pressatissp.u-tokyo.ac.jp

東京大学大学院新領域創成科学研究科 広報室
Tel:04-7136-5450 E-mail:pressatk.u-tokyo.ac.jp

自然科学研究機構 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当
Tel:0564-55-7209 Fax:0564-55-7340 E-mail:pressatims.ac.jp

岡山理科大学 企画部 企画広報課
Tel:086-256-8508 Fax:086-256-8528 E-mail:kikaku-kohoatous.ac.jp

科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432 E-mail:jstkohoatjst.go.jp

高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
TEL:0791-58-2785 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

〈JST事業に関する問合せ〉
科学技術振興機構 戦略研究推進部 グリーンイノベーショングループ
安藤 裕輔(あんどう ゆうすけ)
Tel:03-3512-3526 Fax:03-3222-2066 E-mail:prestoatjst.go.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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