大型放射光施設 SPring-8

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ガラスがより硬く割れにくく変身する過程を直接観測 ~放射光X線マルチスケール構造解析に基づく構造変化モデルの提案~(プレスリリース)

公開日
2024年04月19日
  • BL13XU(X線回折・散乱 I)

2024年4月19日
NIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)
公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)

1.NIMSとAGC株式会社、JASRIからなる研究チームは、ガラスが部分的に結晶化し、強度や耐熱性が向上したガラスセラミックスと呼ばれる材料に変化する初期過程を観測することに成功しました。さらに、放射光計測を中心としたX線マルチスケール構造解析の結果に基づき、ガラス中に結晶の核が生成するメカニズムを原子レベルからナノメートルの空間スケールで矛盾なく説明できるモデルを提案しました。

2.ガラスセラミックスを得るためには、熱処理によって部分的に結晶が析出するように組成を設計・制御したガラスを合成することが必要となります。ガラスセラミックスの構造については、母相であるガラスの中に結晶の種である結晶核が生成し、そこから結晶粒子が成長していくと考えられていますが、ガラスの中に結晶核がどのように生成・成長してガラスセラミックスが得られるのかは明らかにされていませんでした。

3.今回、研究チームは、応用面で最も一般的かつ重要な酸化ジルコニウム(ZrO2)を添加したリチウムアルミノケイ酸塩ガラスを対象に選び、そのガラスがガラスセラミックスに変化する初期過程を、放射光計測を中心としたX線マルチスケール構造解析によって観測しました。ナノスケールでの構造計測では、熱処理前のガラスにもともと存在したジルコニウム(Zr)が豊富な領域とZrが希薄な領域の間の分離が熱処理によって促進され、Zrが豊富な領域でナノサイズの微小な大きさを保ったまま結晶核の形成が進行することが明らかになりました。さらに、Zrを選択的に観測できる構造計測技術を駆使することによって、ZrO2結晶核の周囲にはZrが酸素(O)を介してシリコン(Si)やアルミニウム(Al)と連結したZr–O–Si/Al結合が存在することを初めて見出し、初期の結晶核の構造を明らかにしました。そして、ガラス中に結晶核が生成するメカニズムを原子レベルからナノメートルの広い空間スケールで矛盾なく説明できるモデルを提案することに成功しました。

4.本研究で用いられた構造解析手法は、複雑な組成と乱れた原子配列を有する実用材料にも適用できるものです。今後は、様々な実用材料の機能発現メカニズムを明らかにし、その知見を基にした新規高機能材料の合成を目指していきます。

5.本研究は、NIMSマテリアル基盤研究センターの小野寺陽平主任研究員、小原真司グループリーダー、AGC株式会社の滝本康幸マネージャー、土屋博之マネージャー、李清マネージャー、JASRIの田尻寛男主幹研究員、伊奈稔哲研究員からなる研究チームによって、日本学術振興会科学研究費助成事業・学術変革領域研究(A)「超秩序構造が創造する物性科学」(20H05878、20H05881)、基盤研究(C)(19K05648)の一環として行われました。

6.本研究成果は、日本時間2024年4月19日9時に学術誌「NPG Asia Materials誌」にオンライン掲載されました。

論文情報
雑誌名: NPG Asia Materials
題名 :Formation of a zirconium oxide crystal nucleus in the initial nucleation stage in aluminosilicate glass investigated by X-ray multiscale analysis
著者:Yohei Onodera, Yasuyuki Takimoto, Hiroyuki Hijiya, Qing Li, Hiroo Tajiri, Toshiaki Ina, Shinji Kohara
DOI:10.1038/s41427-024-00542-y

【研究の背景】
 ガラス※1は古くから人類によって作られ、利用され続けている機能材料であり、現在も我々の生活に欠かせないものとなっています。ガラスを高温に加熱すると結晶化しますが、組成を制御して合成したガラスを適切な条件で熱処理すると、ガラス中に微細な結晶粒子を析出させることが可能であり、このような材料をガラスセラミックスと呼びます。ガラスセラミックスはガラス特有の透明性、絶縁性といった性質を有したまま、割れにくく、急激な温度変化にも強いというガラスの弱点を補う特性を示し、モバイル機器のカバーガラスや、IHクッキングヒーターなどの調理器具のトッププレートとして用いられています。また、近年では人工歯などの生体セラミックス材料としても応用が進められるなど、次世代材料としても注目されています(図1)。
 ガラスセラミックスの機能の発現には、ガラスの母相中に析出した数ナノメートルの微細な結晶粒子が重要な役割を果たすことが知られています。微量の核形成剤を添加することで、核形成剤由来の結晶粒子を効率よく生成することができ、ガラスセラミックス合成においては一般的な手法となっています。ガラスセラミックスの構造については、結晶粒子が十分に成長した状態についての研究例は数多く報告されているものの、ガラス中に結晶粒子が出現し始める結晶核形成の初期過程の観測、特に、乱れた構造中の最近接原子間距離を超えたスケールに形成される構造(中距離構造と呼ばれる構造)の観測はこれまで行われていませんでした。


図

図1  ガラスとガラスセラミックスの違い


【研究内容と成果】
 今回、研究グループは、核形成剤として微量の酸化ジルコニウム(ZrO2)を添加したアルミノケイ酸塩ガラスを原料とし、その熱処理によって結晶化度を制御して合成したガラスセラミックス試料の構造変化を実験的に調べました。解析方法は放射光※2計測を中心として用い、あいちシンクロトロン光センターのBL5S1およびBL8S3を利用した従来の回折・散乱・吸収分光に加えて、大型放射光施設SPring-8※3のBL13XUではZrO2結晶粒子中のZr周囲の構造を選択的に観測できるX線異常散乱法※4を導入しました(図2)。従来用いられてきた元素選択的な構造計測としてX線吸収分光(XAFS)がありますが、X線異常散乱法ではXAFSでは観測が難しいガラスのような原子配列が乱れた材料の中距離構造を解析することができます。本研究では、XAFSとX線異常散乱、X線回折、そしてX線小角散乱という複数の手法を併用することで、原子サイズから数十ナノメートルまでの広い空間スケールでの構造解析を実現しました(図3)。
 熱処理前のガラスと、結晶化の初期過程にあるガラスセラミックスのX線異常散乱データを比較したところ、広い空間スケールでZrに関連する構造が変化していることが示唆されました(図4左)。特に、Zr周囲の中距離構造を実空間で解析した結果、Zrは酸素を介してガラスの骨格構造を形成しているSiやAlと結合を形成していることがわかりました。このZr–O–Si/Al結合は、Zrを中心とした多面体とSiまたはAlを中心とした四面体の稜を共有しています(図4右)。一般的なガラスには見られない構造である、このような稜共有構造がガラスの熱処理によって増加していくことが、今回、X線異常散乱法によって初めて観測されました。
 さらに研究グループは、ガラス中に結晶核が生成するメカニズムを説明できるモデルを原子レベルとナノメートルの空間スケールで提案しました(図5)。ナノスケールにおいては、熱処理前のガラスで既にZrが豊富に存在する領域とそうではない領域の分離が起こっており、熱処理によってその傾向がさらに進行すること、結晶粒子の析出はZrが豊富な領域で起こっていることが示されました(図5上)。一方で、最近接原子間距離から中距離の空間スケールにおいては、Zrが豊富な領域において、熱処理によってZrの凝集が起こり、ナノメートルサイズのZrO2結晶格子に類似した周期的な構造が形成されることがわかりました。さらにZrが凝集した領域の周囲はSiやAlによるガラスの骨格を形成するネットワーク構造によって囲まれており、そのような構造がガラスセラミックス形成における初期の結晶核となることが示されました(図5下)。提案された構造変化のモデルは、本研究で実施されたすべての構造計測データを説明できるだけでなく、先行研究において他の手法で実施されたナノスケール構造計測や、ガラスにおける結晶核形成の理論研究の結果とも矛盾しないものとなっています。
 本研究ではX線異常散乱法の導入により、これまで計測が困難であった中距離構造をも観測できる先駆的な構造解析を実現させました。そして、本手法によるZr–O–Si/Al結合の発見が、ガラス中に生成する初期の結晶核構造を決定づけることにつながりました。

図

図2  X線異常散乱の原理

(左)X線吸収端付近では吸収端元素のX線散乱能力が異常分散項f’の影響で大きく変化する。
(中央)X線異常散乱実験では、ある元素の吸収端の近傍で、吸収端に近いエネルギー(Near edge)とやや遠いエネルギー(Far edge)の2つのエネルギーのX線を用いて試料のX線散乱パターンを計測する。
(右)AとBの2つの元素で構成された物質について、元素Aの吸収端近傍の2つのエネルギーのX線を用いてそれぞれX線散乱パターンを測定し、その差分をとることで、元素Aに関連する構造情報のみを抽出したデータを得ることが可能となる。元素A以外の元素のX線散乱能力は変化しないので、元素Aが関連しない構造情報(例えば元素B同士の相関)は差分をとることで消去される。
図

図3 本研究で実施されたX線マルチスケール構造解析手法群と各手法が解析できる空間スケール

図

図4 (左)ガラスおよび結晶核形成初期過程にあるガラスセラミックスのX線異常散乱データの比較。
(右)X線異常散乱データから得られた実空間関数

図

図5  本研究で明らかになったガラスとガラスセラミックスのナノスケール〜原子スケールでの構造変化


【今後の展開】
 今回の成果は、これまで観測が困難であった乱れた原子配列の中に秩序が生まれる過程を明らかにしたもので、広く研究されてきたガラスセラミックスの研究分野において、既報の研究結果とも矛盾なくガラス中に結晶核が生成するメカニズムについて新しい知見を提供するものです。また、本研究で実施した構造解析アプローチは、複雑な組成と乱れた原子配列を有する実用材料中の特定元素周囲の構造観測にも適用可能です。今回確立された元素選択的な計測を中心としたマルチスケール構造解析法によって、今後、様々な実用材料の構造と物性の関係性の理解が進み、新しい高機能材料の合成がより活性化することが期待されます。


【用語解説】

※1. ガラス
原子が規則的に並び、ある構造単位が長周期的に繰り返される構造(長距離構造)を有する固体である「結晶」に対し、長距離構造を持たない固体は「非晶質」とされ、その一部がガラスに分類される。ガラスは原料物質を高温で加熱し融液としたものを急速に冷却し、結晶化を経ずに固化させることで得られる。高温融液を結晶化が起こらない速度で冷却すると、融点(凝固点)よりも低い温度まで冷却されても固体化せず、過冷却液体となる。さらに冷却が進むと結晶化が起こらずに固化し、ガラスが得られる。過冷却液体からガラスへの転移を「ガラス転移」と呼ぶ。ガラスの定義は「非晶質」かつ「ガラス転移」を示す固体とされている。実用されているガラスの大部分は酸化物を主成分とする酸化物ガラスであり、酸化物ガラスは単独でガラスの骨格を形成する網目形成酸化物と網目を切断し修飾する修飾酸化物、網目形成と修飾の両方の働きをする中間酸化物から成る。ガラスの一般的な材料特性としては、透光性(透明)、絶縁性、化学的耐食性、組成の自由度が挙げられる。

※2. 放射光
ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。この電磁波を「放射光(シンクロトロン放射)」と呼び、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光が含まれるようになる。放射光が利用できる施設は国内に複数あり、本研究では、兵庫県播磨科学学園都市の大型放射光施設SPring-8、愛知県瀬戸市のあいちシンクロトロン光センターにおいて放射光実験を実施した。

※3. 大型放射光施設SPring-8
理化学研究所が所有する兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す大型放射光施設で、利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っています。SPring-8(スプリングエイト)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※4. X線異常散乱法
試料に入射されたX線が試料中に含まれる特定の元素の持つX線を吸収するエネルギー(吸収端)に近いとき、その元素に対して選択的にX線散乱能力に大きな変化が起こる(異常分散効果と呼ばれる)。X線異常散乱法は、この各元素の異常散乱効果を利用し、特定元素周囲の構造情報のみを実験的に抽出して解析できる手法である(図2)。本研究では、SPring-8の世界最高性能の放射光を利用することでZr元素を対象としたX線異常散乱実験を実施した。



本件に関するお問い合わせ先
(報道・広報に関すること)
NIMS 国際・広報部門 広報室
〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
E-mail: pressreleaseatml.nims.go.jp
TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017

JASRI  利用推進部 普及情報課
〒679-5198  兵庫県佐用郡佐用町光都1丁目1-1
E-mail: kouhou@spring8.or.jp
TEL: 0791-58-2785, FAX: 0791-58-2786

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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